王に奉祀る歴史を探して
「え、詠奈様。今のは……」
「暗殺報告ね。世の中には考えなしに私を排除しようとする愚か者も居るのよ。でもお陰で助かったわ。偽装死体をどうやって用意するのか悩んでいた所なの」
「流用したんですかー?」
「体育祭の話なら違うわ。あの子は有能だからこんな風には使わない。世の中にはタダで整形していいならしたいって人もいるのよ。私はそういう人に自分の顔を貸しただけ。顔にコンプレックスがある人は喜んで受け入れてくれたわ。その人が勝手に殺されただけだから気にしないで。私はちゃんとここに居るわ」
「そ、そういう事じゃないだろ!」
詠奈も含めてこの異常性に誰も気づいていないのか。詠奈に詰め寄って、肩を掴んだ。
「で、電話してきたって事は電話番号がバレてるんだろ! 偽物ってバレたら危ないじゃないか!」
「……電話はこっち側よ。傍受されても仕方ないような回線だから少しややこしい言い方になってしまったけど」
「……殺したのは別の人だけど、電話はお前の仕込みって事なのか? でもなんでそんな事を……?」
誰かを騙したかったという意図はなさそうだ。詠奈は楽しそうじゃないし、何より電話を取った季穂が本気で驚いていた。彼女だけじゃない、他の誰もその事を知らなかったのだ。つまり驚かして楽しもうというつもりはなくて―――
「撮影場所が決まったのか?」
自分を殺す事は不可能だと宣う彼女が偽装死体を用意したがる理由は映画の為に使うくらいしか考えられない。そして映画の為に使うならロケ地は決まったという事だ。
「察しが良くていいわね。物件……厳密には土地だけど。あんまり人気が多い場所では撮影に手間がかかって仕方ないから。条件としては市街地から孤立していて、出来れば周囲がここみたいに囲まれていると良かった。海外まで飛んでしまうと負担がかかりすぎるから国内で探していたんだけど今さっき見つかったのよ。取り敢えず出発しましょうか。参加者全員で内覧……と言っていいかは分からないけど行きましょうか。参加しない子はお留守番お願いね」
「詠奈様! 八束さんがまだ帰ってないみたいですけど!」
「あら、それは困るわね。あの子は主役でもあるから流石に……みんなも準備があるでしょうからいいわ。恐らく夜まで帰ってこないから私も形から入る練習をしないと。それじゃあ解散。景夜もやりのこした事があったら今のうちにやっておいた方がいいわよ。もしする事が何もないなら―――私の部屋に帰ってきて。一緒に話し合いましょう」
やり残した事……ついさっきまでサンルームで彩夏さんとお茶をしていただけだ。何かしたい事があったらまずそんな事はしていない。だが詠奈がわざわざそんな事を言ったのだから、俺に何かして欲しいのかもしれない。内覧と言っても見てすぐ帰る気はないのだ。
―――て言ってもそんな急務はないと思うんだけど。
千癒の書庫に立ち入るくらいだが、俺がナイトプールで馬鹿になっていたせいで色々と聞きそびれてしまった。だって気持ち良かったから仕方ないという気持ちと、だからってあんな激しく盛る必要があったのかという気持ちが二つある。出来れば振り返りたくない。
誰がいつの間に撮影したか分からないが、詠奈の部屋には俺の痴態を収めた写真が数百枚と始まりから終わりまでのビデオがフルで残されている。殆ど未成年が見てはいけない物だが、詠奈は法律なんて守る気は更々ない。もし振り返ろうという気が起きたのならあれを見ればいいだけだ。
「彩夏さん。申し訳ないんですけどちょっとデザートとかって……お願い出来ますか? 三時のおやつっていうにはちょっと遅いんですけど」
「はい、喜んで! 厨房を借りられるかどうかは分かりませんけど……詠奈様も準備をしろって仰ってましたし、あんまり気が進みませんけどコックと打ち合わせも兼ねて作っておきます! カップケーキでよろしいですか?」
「お願いします」
「はいはいっ。出来るだけ早く戻ってきてくださいね?」
彩夏さんの唇が頬に軽く触れる。彼女は気恥ずかしそうに笑って厨房の方へと去って行った。俺の用事について知る由もないだろうに、何故かバレてしまった。本人的には誇れる経歴ではないにせよ、伊達に違法風俗で利益を出していた訳ではないか。身体も売らずに……
階段を上って三階へ。書庫の隣にある千癒の部屋を訪ねると、今度は直ぐに扉が開いた。
『お、おほ、お、うぇ、い゙…………!』
「……一般常識語るようで悪いんだけど、そういうの見てる時は扉を開けない方が良いと思うんだよ」
「―――え、景さん!? な、何で……詠奈様かと思った……のに」
相手が誰かを確認しないで取り敢えず扉を開ける防犯意識の薄さは如何な物だろう。確かにここは世界一安全と言っても差し支えないかもしれないが、それにしてもだ。
「書庫を開けて欲しいんだ。詠奈について知りたくて」
「……う、うん。いいけど……書いてあるかな。詠奈様の事なんて」
「個人情報を見たいんじゃない。王奉院って何なのかとか。権力の正体とかそういうのが見たいんだよ。アイツを知るって、そういう事だと思うからさ」
書庫の規模に関しては凄まじいが、個人の所有量には限度がある。ここに入りきらなかった書物は別館と地下に移されており、あそこがあまり使われない事も含めて現状あそこは巨大な書庫と言ってもいい。そこの鍵もやはり千癒が持っているので彼女が居ないと何処にもアクセスできない。
「い、一緒に探そうか……?」
「実はお前に完全記憶能力があって場所が完全に分かるって事はないか?」
「一度読んだ本なら全部覚えてる……けど。手に取った事ないと思う」
「そうか……国の歴史が書かれてる部分ってどの辺りだ?」
「日本書紀?」
「いや、そんな古くなくていいや。その言い方だと王奉院の記述なんてないだろ。もうちょっと学校で勉強する辺りの……まず王奉院がどの時代に居たのか分からないから指定できないな。まあもう始まりは日本書紀でいいから歴史が書かれてる本を全体的に」
「こっち……」
貸し出す事が前提にないのでジャンル分けはされていても管理者の千癒しか場所が分からないのは難儀だ。こんな風になっている理由はメイド服を着せているようなもので……つまり詠奈の拘りだ。
『本を手に取って捲る……大切なのはその過程、巡り合わせよ。手に取った本が面白いかどうかも分からないまま読み耽る。それもまた楽しみ方の一つよ』
「この辺りは全部そうだけど……一番上の本とかは違う。全部覚えてる」
「そうか。じゃあ少しずつ読んでみるかな……因みにさ。この辺りの本って図書館でも借りられるか? 借りられない本はあるかな?」
「出版物じゃない物なら……右上の方。国に寄贈された当時の書き物とか民間の手記みたいなのがある。ただ、昔の文字が読めないと厳しいと思う……多分」
「あー……そうだよな。現代人に配慮した文章なんかある訳ないよな。千癒は読めない?」
「翻訳って事なら……時間かかるけど、出来るよ。私は映画に参加しないから、その間に……やってみる。頑張ってね」
「本当か、有難う! うん、やっぱり困ったら誰かに頼らないといけないよな! 自分一人の力で解決なんて出来る訳ないんだから」
それは詠奈とて例外じゃない。彼女一人でこの屋敷を管理出来る訳がないから、みんなに仕事がある。メイド服を着せているのは単なる趣味でも、仕事は単純な人手の問題。ランドリーだって、そもそもこれだけ大量に人が居る場所で洗濯物を完璧に処理するには別で施設が必要なのも不自然な事では―――
―――――?
それは、妙だ。詠奈がメイドを買う方法は八束さんや彩夏さんに聞いた通り、直接赴いて契約している。俺もそう。友達という過程を経て三億円で購入された。彼女達の働きがあって生活の今がある。
なら買う前は?
アイツは一人でこの屋敷を維持していたのか? 誰かを雇って中に入れるだけでもリスクがあるような立場だろうから、一々雇っていたとも考えにくい。何より一人暮らしで誰かを一時的に雇っていただけならランドリーが存在する意味がない。
元々もっと誰かが、住んでいた?