役不足 価値不足 金銭不足
実は協力に対して何も言っていないのだけど強引に連れて行かれた。友里ヱさんは凄く強引な人だ。まあでも、断る理由は思い当たらない。三人が三人とも詠奈の命令で動いている。その為に協力するなら仕方のない事だ。特別待遇だからと忘れる勿れ、俺達は所有物に過ぎない。
「景夜さん。友里ヱさん」
「おひさー聖ちゃんっ! 調子はどう? ろくでなし共を根こそぎ狩り取った感じ?」
「はい。首尾は未だ順調と云うべきでしょうか。不測の事態も起こらず少々味気なさも残る経過となっております」
「んーここでトラブル期待しても何もないと思うけどな。詠奈様が望むのはきっと作中のトラブルだからねー」
「映画自体気が早いんですけどね」
確かに請け負ったが、まだ撮影場所も具体的な参加人数も脚本も聞いた覚えがない。決まっていないから当然だが、それくらい曖昧な段階から俺達は働かされている。
御主人様の気分で急遽面倒を背負ったとぼやいても赦される……かは詠奈次第。ただまだプールも終わっていない段階で準備するのは学生として如何な物だろう。
「景君は分かってないなー。もしかして映画って公開予定日の直前に一気に撮影するって思ってる?」
「いや、流石に一か月前でしょう? そこまで馬鹿にしなくても」
人を世間知らずみたいに扱うのは心外だ、と口を尖らせるも友里ヱさんの反応は変わらない。むしろ頭を抱えて残念そうに首を振った。
「あ~っと。確かにホームビデオならそうかもね? でも一応映画だよ? しかも何の忖度もしなくていい映画。沢山お金かけられるならかけるっしょ。撮影期間を年数で数える映画だってざらにあるのにどうしてそんな単位が最初に出るんでしょうかね~?」
「詠奈様はそこまでの超大作を撮るつもりはないと仰っていましたが。景夜さんの見通しもあながち間違いとも思えません」
「ああ無理無理。賭けてもいいけど詠奈様って絶対凝るタイプだからね。あの人が退屈嫌いなの流石に分かってるっしょ? 言っとくけど、景君もしんどいよ。間違いなく閉所にかなり閉じ込められるからね。殺されないからって油断してると長引いて辛いよ~」
この人は俺を乗り気にしたいのか萎えさせたいのかどうしたいのだろうか。聖と顔を見合わせて首を傾げるくらいしか出来ない。詠奈の性根はそれなりに知っているつもりだけど、友里ヱさんのそれはまたなんか、少し違う。
含蓄がある、というのは素直すぎるか。ただ、経験でもしていない限りこんな倒懸の難を知るかのような、どっちつかずの慈愛は言葉にならないと思った。察するに余りあるという言葉が許されていいなら、察する事さえ烏滸がましいとも感じた。
「もしかして俺が生存者側として参加するのって、結構気まずい決断だったかな……」
「うーん今更だよ景君♪ もう私と共犯者なんだから逃がしたりしてあげないぞ! 聖ちゃんは参加しないんだっけ? やっぱ無理があった? 一年生に巨乳が居なかったとか?」
大きさについてとやかく突っ込もうとさえしないのは二人共が大きいからだ。友里ヱさんのも揶揄いたかったというより純粋な疑問に近い。彼女の話し方は軽薄っぽい印象を受けるが、その性格は実に真面目その物だ。その気になればもっと人を食ったような態度だって出来るのにしないのは何故か。それこそが性根だ。
「私と姉さんは食料の配達係を希望しています。景夜さんも含めて仕込みの方々を餓死させる訳には……ただ如何せん撮影場所も決まっていないものですからこれ以上は」
「アイツも気分屋だなあ…………」
我儘で権力があるからすぐ実行に移せる代わりに計画性という物とまるで縁がない。俺はそういう所も可愛いと思っているけど、いざ働いてみると大変だ。たまったもんじゃない。
「聖は参加出来ないっぽくて残念ですね友里ヱさん」
「まぁ~しょうがないよね。そういう事もあるよ。そろそろ部活動で人も捌けてくるし、せっかくなら三人で帰ろっか。途中まで帰れると思うし、詠奈様が隣に居ないなんて新鮮でしょ?」
詠奈は珍しく先に帰ってしまった。俺が参加すると表明してから俄然やる気になってしまって、撮影場所を探しに行くらしい。広すぎて多少使っても全然スペースの余っている中庭や、それこそ持て余している別館を使えば手間が省けると思うけど、それは万が一にも俺との関係が明らかになるのを避ける為にやめたのだろうか。
「八束ちゃん! これから暇! 遊ばない!?」
「……構いませんけど」
二人と腕を組みながら昇降口を下りていると、八束さんが猛烈にデートのお誘いを受けている所に遭遇した。遠目に見ているだけなので二人共気づいていない。彼女には何の仕事も任されていないのだろう。こうしてみると普通の学生……いややっぱあのモデル体型は無理があるかも。
「……私達もこっそり遊ぶ? 景君が選んでいいよ」
「どうせ誰かに監視されてるオチでしょ。詠奈の目を盗むなんて多分無理な事くらい分かってますよ」
「不純異性交遊という点では、もう私達は十分愉しんだと思います」
「おっおっお。一番えげつない声出してた人は言う事が違いますなあ♪ 言ってる事は全く正しいんだけどね。どう? 一線超えた女の子二人に挟まれてる気分は?」
「…………目立つから辞めて欲しいんですけど、友里ヱさんが面白がりそうなのでこのままでいいです」
モテているという誤解が生まれそうな件はこの際気にしなくてもいいのだが、二人共が紛れもなく美人であるのがこの問題の救えない所だ。彼女達は制服を着ているだけで学籍は存在しない。潜んでいるから誤魔化せているだけで俺が話題に上がってしまうと必然的に注目度が上がってこの二人の正体について探られるようになるだろう。そうしたら詠奈も、二人は動かしづらくなる。
「真実であればよいなら役者に演技なんか求めないと思いますけど、二人は正味どれくらい死ぬと思いますか?」
「最終的な参加者が確定してないから何とも言えないけど、十人は死ぬ気がするね」
「私は景夜さんが生きてたら後は何でもいいです。全員死んだら面白い……のでしょうか」
「人が死ねばいいってもんじゃないだろ映画は……俺は出来れば誰も死なないで欲しいけど死ぬまでやるんだろうから無駄だろうな。詠奈が初日で死んだふりするっていうなら男子の精神状態も中々危うそうだし」
「―――時に景夜さん。詠奈様とは学校でどのくらい……その。子づくり、を」
「…………幾ら聖でも言わないぞ。俺は詠奈の命令しか聞かないからな」
サンルームに腰かけてのんびりと午後を楽しむ。平日にも拘らず紅茶が身体にしみいるのは身体の疲れが溜まっているからだろうか。快楽と疲労は表裏一体なのだと身をもって学んだ。最中はあんなにガクガク足腰を震わせているのに周囲の目がある所では平然と立ち振る舞える彼女は異常としか言えない。
「沙桐君、私をお茶に誘うなんて見る目がありますねっ!」
対面に座ってお茶を淹れてくれるのは彩夏さんだ。今はメイドというよりどちらかというと話し相手として声を掛けた。奉仕してくれるのは染みついた癖という奴だ。
「珍しく暇そうでしたから。俺もやる事あんまりないし。ていうか何で忙しくないんですか?」
「やりくりしようと思えばこれくらいは出来ますとも! そういえば詠奈様からお聞きしましたよ、映画に出演なさるんですね! 私とコックは調理担当なので会えないと思いますが、沙桐君の大活躍を祈ってますよー!」
「調理担当?」
「はい。それは―――」
じりりりりりり!
玄関ホールに備え付けられた電話が珍しく鳴り響く。暇を持て余していた様子の季穂が受話器を取って耳に当てた。
「はい……もしもし。え!?」
季穂は階段を見上げてから―――一階にいる全員を見回して、やっぱり理解が出来なかったのだろう。スピーカーに直して、音量を最大にする。
『王奉院詠奈を殺害した。お前達はもう、そこに居る必要はない』
用件はそれだけで、向こうから一方的に電話は切られた。俺達は玄関ホールに移動すると、困惑してくるくるその場を回る季穂を宥める。信じがたい情報だ。あり得ない。意味が分からない。
「…………? どうかしたの、みんな」
王奉院詠奈は電話を聞きつけて私室から降りてくる真っ最中だった。