飽いたお金の使い方
「え、映画……?」
「そう、最初はデスゲームを考えていたんだけどルールを整備するのが億劫でね。きっちりかっちり整備するのは簡単だけどああいうのって抜け穴を作った方が面白いでしょ? かといって露骨な抜け穴じゃまるで主催者が間抜けに見えるわ。八束にも相談したんだけど、あの子は『人を殺したいなら普通に斬ればいいのでは』って言うから」
「……参考にならなかったんだな」
「これだから人斬りは困るわ……まあいいの。あの子には別の役割があるから。それで君はどうしたい?」
「―――脚本をまずは見せてくれ。それがないならざっくりした流れでもいい」
「私は素人だから名作を撮ろうとは思わないわ。だから流れもシンプルよ。まず私が主催者側だけど、参加者には驚いてもらう為に死体になって離脱。後はカメラから動きを見て柔軟にやるつもり。パニックホラーと言ってもフィクションでやるつもりはないわ。ノンフィクション、捕まったら普通に死んでもらう」
詠奈がパニックホラーと言った時点でそんな気はしていたが、参加者が全く気の毒だ。お金より尊いものはあるが、命はお金に代えられる価値観。それを知っていたら容易に想像出来る。死んでもらう参加者、いやその関係者には金に物を言わせて命を買うのだろう。
勿論、どんなにお金を積まれても家族は売らないという人間もいるだろう。だが実際に現金を見せられたら首を振ってしまう人間もいるのだ。たとえそれが世界人口の一パーセントだったとしても参加者には十分すぎる母数となる。
「フィクションで衝撃を与えるにはある程度真に迫る必要があるけど、最初から真であるなら衝撃は保証されるわ。最初から主催者側なら君には表向き死んでもらって私と一緒に移動してもらう。生存者側ならこっち側には居ないで向こうで動いてくれて構わないわ。君を起点に話を動かす事が出来るからこっちとしては楽だけど……怖い思いはさせてしまうかも」
「俺も殺すのか?」
「まさか。襲わせるけどはぐれたり暗闇に逃げていい感じに紛れてくれるとこっちも見逃しやすいわ。そういう状況でもなく追い詰められたなら……偶然という体でこっちから助け舟を出すけど」
生存者側と言いつつどちらも主催者に与している気がしないでもないけど、俺に裁量権があるかないかはかなり大きいように思う。例えば一人二人くらいなら俺が口を挟めば生存させられるかもしれない……ただ、そこまでして生かしたい人が居ないし、パニックホラーで死人が出ないのは面白さとして良くない気がする。
話している内に弁当箱が空になってしまったので詠奈と食後のキスをする。
「ん………ちゅ。質問はある?」
「俺以外に仕込みは?」
「他に買った子を何人か紛れ込ませるつもり。もし仕込みでもなく生き残ってしまったらその子を買うわ。極限状況で生き抜けるような子にはきっと価値があるから」
「…………誰が追いかけてくるんだ?」
「それはまだ未定。外から雇うか中から出すのか……こればっかりは特殊メイクとか必要なのかしら。茶番と見破られたら困るからあまり頼りたくないのだけど。案外誰も使わないっていうのはありよ。仕掛けや裏方で殺せば勝手に不和が生まれてそれはそれで楽しめそうだし」
「…………じゃああれだな。俺は生存者側で動くよ。ちょっと怖いけど、でもその方が詠奈を喜ばせられそうだから」
自分は飽くまで所有物。その事を忘れてはいけない。忘れるのは思い上がりというものだ。俺からその言葉を聞いて詠奈は困った様に眉を下げる。
「勘違いしているようだけど、私はいつも幸せよ。だって君が傍に居てくれるから」
「俺もだよ詠奈。いつも夢を見せてくれて有難う。お前を好きになってよかった」
ブラウスのボタンを外して、生地に抑えられていた胸をさらけ出す。黒い下着に覆われた、この両手に収まらぬ誇るべき大きさ。価値至上主義者にとってはこれも見事な財宝だ。
「……たまには君の方から襲ってくれるのも、いいわね」
「それについては良く分からないんだけど」
「特権階級という意味でも主人という意味でも私の方が立場が上なのに、君に力では敵わない。どんなに反抗しても君がその気なら私はされるがままに犯されてしまう……この感覚がいいの。いいわ、残り時間は少ないけど楽しくなりましょうか。その後はまた、映画の話」
「何か出来る事があるのか?」
「学校で参加者を集めるのよ。君には希望者を集めてもらいたいわ。話の続きは十分に集まってからね」
「え、いいのか!?」
「参加者、どうしても欲しいからさ」
停学になった男の名前は神木雄大。そんなに彼女のエッチな写真が欲しいなら受けてくれるかもと思っていた。開催場所は聞いていないが詠奈は途中退場する役目、もとい死を偽装する事で緊張感を与えたいらしい。それなら彼女の事が好きな奴が居た方が良いと思って声を掛けたら、乗り気だった。
停学と言っても、言い渡された瞬間から家に帰らされる訳じゃないから、誘うタイミングは今日しかない。本当に良かった。
「いつ撮影するかはまた伝えるけど、取り敢えずここに署名してくれ」
「いやー助かるわ~! お前の事マジでクソだと思ってたけどこういう事だったんだなー! そうだよな、写真と言わず詠奈を直接振り向かせるチャンスじゃん! えーまじでどうしよ! だってアイツ処女だろ? 俺が貰っちまったらもうみんなに自慢するかも……」
「―――割と最低な行為だからそれはせめて家でやってくれ」
彼以外の署名も直ぐに集まった。表向きの筋書きは詠奈が企画した旅行という設定だ。だから彼女の好感度を稼ぎたい男子は勿論、詠奈が居ない間にイジメられる事が想像に難くない女子は参加表明をしてきた。そんな彼女をイジメたい女子も参加するらしいが、詠奈は全員死んでも問題なさそうなので仕分ける必要も無さそうだ。
彼女の権力を以てすれば同意がなくとも連れ回すことは可能だが、参加を希望した人間の親と交渉を行って命を買えるかどうかを確認するらしい。人命に関して詠奈は相当無関心であり、控えめに言ってどちらでもいい。買えないなら落選したとか抽選から漏れたとか理由をつけて外す。買えたら参加決定。
―――こう見ると、人気あるよな。
署名は苦戦する事もなく着々と集まってくる。多少選り好みしても許されるくらいだ。ただきちんと顔を合わせて署名を貰っているのに、どう数えても一個多い。知らない名前がある。俺が席を離れた隙にでも書いたのだろうか。別にいいのだけれど。
「景君、そっちはど~う? 集まった?」
「まあまあです……友里ヱさん!? 来てたんですか?」
「おひさ~。そうなの、急遽呼ばれてねー。いやー制服がきついね。景君と楽しみ過ぎて大きくなっちゃったかな?」
今日の友里ヱさんは髪をハーフアップに纏めて制服を着ている。こんな性格であまり外出をしないからか化粧をしている所はあまり見た事がない。ただ今回に限ってはつけまつげをつけていたりアイシャドウを描き込んでいたりして普段の彼女とは少し印象が違う。
「誰とも面識ないのに署名って集まるんですか?」
「詠奈様の御友達って言えばもう簡単。みんな引っかかっちゃうんだねー詐欺とかに気を付けた方がいいねって感じ。そうそう、この映画は私も参加するんだけど景君も出るんだってね! 盛り上げる為にも一緒に頑張ろうね!」
所謂仕込みだが、俺と違って友里恵さんは突然生えてきた詠奈の知り合いに等しい。生存者側で不和が生まれるなら真っ先に疑われるなら彼女だろう。やっぱり俺はこっち側を選んで正解だったかもしれない。
「出来るだけ選り好み出来るようにはしたいですよね。他に集めてる子って居ますか?」
「一年は聖ちゃんが集めてると思うよ。断れないように脅したりしてね。さっきもトイレでいちゃついてるカップルが居たって話知ってる? 現場を抑えて参加させるなんてやる事がえげつないよね~景君もそう思うっしょ?」
「聖はまあ……仕方ないような」
もう詠奈も気にしていないと思うが、一時は機嫌を損ねてしまった。それが恐怖となって焦りを生み出して過激な手段に出ている可能性は皆無じゃない。
「放課後までには大分集まると思いたいねー…………そうだ景君。生存者側で参加するなら物は相談なんだけど」
「はい?」
「イジメをなくしてみない?」
友里ヱさんの顔から、張り付いていた笑顔が消えた。
「…………え?」
「私、イジメって大嫌いなんだよねー。詠奈様みたいに特権があるならそれも仕方ないって思えるけど、弱者の皮を被っといてそんな事をする奴がマジで駄目なの」
「……支倉の件があってそれを言っちゃうんですか」
「あれは景君にも害があったし契約書読んでないし詠奈様の身にも危険が及びそうだったじゃん。仮に気が進まなくても命令でしょ~。従わないと」
それはその通り。詠奈に反抗すれば至って単純に価値が下がる危険性がある。無価値と判断されれば自分が同じように処分される可能性があるなら、従うのは正解だ。
「でね、今積極的にイジメに関与してる奴を集めてるんだ。悪いけど景君、イジメられてる子を全員守ってくれる? 詠奈様は殺そうとするだろうけど私もこっそり協力するからさ」
「…………それは、優しさですか?」
「ううん、実験だよ♪ 抑圧されてきた子はその反動で自分が嫌いな奴と同じ様になってしまうかどうかの実験。別に難しい事は言ってないよ、ただ普段通り振舞えたらいいだけだもんねー。詠奈様に買われてからずっと答えが出てない疑問があってさ、その解消をしたいの。協力してよ」
「やったー! 景君大好き! それじゃ聖にも持ち掛けてみようかなっと! 悪いけど放課後また落ち合おっか!」