攻城夜戦の英雄
一度逃げたら、次からその選択肢はもっと簡単になる。
一度嘘を吐いたら、次からもっと楽に嘘を吐ける。
人間、怖いのは初めての事で。それは未知であり、恐怖であり、故の抑止だ。一度も犯罪をした事がない奴は犯罪を犯す事が怖いから犯せないでいる。複雑な理由は考えなくていい。単純に『やってみたら思ったより呆気なかった』だけなのだ。
俺もこんな状況でないなら立派な犯罪者だ。平然と雄の本能をむき出しにして歩いている。それは文字通りの拷問でやっぱり死ぬ程恥ずかしい事だけれど、みんなが受け入れてしまうから抑えられない。
誰か否定してくれと願うばかり。それだけで自分は止まれる。客観的な視点を持つ男性が一人傍にいるだけで俺は幾らでも踏みとどまれた。
「あ、すごぉ……景夜さん、ふっと………………ぅあっ!」
「清女脱落。せっかく価値を高めるチャンスだったのに捕まってしまうなんて」
「や、やあだめ! まだイっ…………ああああああああ―――!」
「み、みんな逃げないとこうなるからな! 俺は、勝つためにちゃんと全力で追うぞ!」
食事も終わり、みんなで遊ぶ事になった。まともを演じなくても嫌われない事を身体で覚えてしまった影響は多大であり、プールの中で俺以外の全員を鬼とした鬼ごっこが更に理性を外してしまった。あまりにも勝ち目がないからって捕まえた判定になる条件が『三分以上身動きを取らせない事』となったものの、女体の暴力には勝てなかった。右も左も上も下も胸ばかり。身体中を埋められる勢いで挟まれていたら負けてしまったのだ。
そのお返しとばかりに今度は俺が鬼となった。捕まえられたらその女子には何をしてもいいらしい。今の俺にとってはそれが意味する所など……。
あまりにも凄惨なお仕置きにプールサイドでピクピクと腰を震わせて横たわる少女を見て、全員が呆気に取られている。見せしめには十分―――いや、むしろ見世物だったかもしれない。彼女が俺に掴まって酷い事をされているその全てを、生き残りの女子は釘付けになって見ていた。古来より処刑は庶民の道楽として楽しまれてきた側面もあるのでそういう事……にしてくれないと困る。
「さっき彩夏に混ぜてもらったお薬が効きすぎたのかしら。う……ぁっ」
開けたビキニを身体の上に乗せたまま詠奈ははしたなく大股を開いて横たわっている。偉そうにしているように見えるかもしれないが彼女は本当に偉い側の人間だ。だが最初に俺に捕まってお仕置きを受けた。
プールに浸かっていたので当たり前だ…………ビキニパンツの下から液体が大量に滴る…………うん。身体は良く拭こう。
「脱落した子はプールから上がってね。でないと窮屈になってしまって、すぐに捕まってしまうわよ」
「うおおおおおおお!」
幾らプールが広くてもこれだけ人が多いと限度もある。中には泳ぎが苦手な子もいて、そういう子は直ぐに捕まえて鬼としてのお仕置きをした。うちの高校で保健体育は習わなかったという事にしておかないとあまりに軽率、あまりに不埒。次々と鬼の暴力に屈していく女子を見て、生き残った皆は顔を赤らめて絶望していた。
「え、詠奈様ってもしかして景夜さんを買ったのは世継ぎを作りたいからって理由……?」
「好きな人だからよ獅遠。好きな人と毎日同じ場所で寝られるなんて夢のようだと思わないかしら。女としての本能が渇く暇もないくらい、べったべたに愛してくれるのも……私は好き」
「獅遠、捕まえたぞー!」
「え、嘘、いつの間に!? 詠奈様に気を取られたんだけど! ちょっと、景夜さん待って! 私こんな小さいんだよ、無理無理無理せめて心の準備……あぐっ」
鬼ごっこの才能なんてあっても小学生でしか使わないと思っていたが、こんな時に活用出来たのか。いや、まずそんな才能自体初耳だけど、不気味なくらい簡単に捕まってくれるからそう思うしかない。
一つ欠点があるとすればプールという足場の悪さ故か分からないが足腰が立たなくなるくらい負担がかかる事だ。はぎとられた水着を抱えながら「変態!」と言ってその場に丸まる獅遠をよそに俺は詠奈の下へ歩いていく。
「? 私はもう捕まったけど」
「何しても良いって、捕まえた瞬間なんて言われてないだろ。げ、元気にしてくれよ」
剥き出しの本能は人に見せてはならぬ物。原始の時代でなければ知識が通わずとも罷り通る常識。だが今は、その本能を突き出した。
「…………古来より戦争に負けた国の女は酷い目に遭うというけれど、こんな気持ちなのね」
「屈辱的か?」
「私の気持ちは考慮されないのよ、こういう時はね。いつでもどこでも、喜んでさせてもらうわ」
大々的な遊びが終わってからも、それぞれと個別に遊んだ。一緒に写真を撮ったり水鉄砲で遊んでみたり、ボール遊びをしてみたり、余分を残さず遊びつくし、気持ちよくなった。二人でも三人以上でも、一度壊れた理性は止まらない。クラスメイトの男子を比較に出せばそのほとんどが妄想で済ませるような興奮を、俺は別の手段で問題なく処理した。
「そろそ。ろ。帰らないといけません……ね!」
彩夏さんに腰が引っこ抜けそうな勢いで激しくマッサージをしてもらいながら、両手は友里ヱさんと千癒の胸に伸びている。そして背中は春に密着してもらって俺はリラックスできるようになってしまった。普段から働いているだけあってメイドの子は殆ど旺盛というか、例外は千癒くらいだ。結局書庫については何も話せないまま時間が来てしまったけど、手元が柔らかいからどうでもよくなってしまった。
因みに詠奈はすっかり息があがり切って休憩中だが、俺達の行動には平然と口を挟んでくる。
「それじゃあ今度もシャワー浴びましょうか。今度はみんなで。楽しかった時間もいつかは終わるのね。でも退屈だった時間も紛れて良かったでしょう?」
「…………えい、な。そういえば。うっ! ……ああ―――お前ちょくちょく何処かに行ってたみたいだけど、本当に何もなかったのか?」
「君と気持ちよくなってから生まれたての鹿ちゃんみたいになってたけど、いつそんな事があったかしら」
「いや、その前。お前だけ実は楽しんでないみたいな事があったら……嫌だなって」
こっちは真面目に心配しているのに、詠奈は鼻で笑って俺に手を伸ばした。
「余計な心配はしなくていいの。大体、楽しんでいなかったらこんな場所には居ないわ。言ったでしょう、私は執務をしないようにしているの。まだ二十年も生きて居ないのに余生のような怠惰しか残されていないわ。だから大丈夫。それよりも手を貸してくれる? 立ち上がれないの」
「…………その、ごめん。少し激しすぎたかも」
「謝らなくていいのに」
いろいろな意味でふにゃふにゃになった詠奈を抱きかかえながらシャワー室へと赴くと、既に多くの子がシャワーを浴びようとしている……いや、シャワーだけを起動して、誰かを待っているようだった。視線の先には俺が居る。
「景夜さん。あ、あ……洗ってくれます、か?」
「ちょっと聖、誘うのは私がやるって言ったのに!」
「…………どういう対応をするかは君次第ね。私はもう何も言わないわ」
「貴方の種が欲しいです、景夜様」
ありとあらゆる方向が直視で憚られる女の園。誰もが水着を開けさせ、或いは一糸纏わぬ姿で俺を誘おうとしてくる。そんな淫らな奥ゆかしさの中で唯一、ストレートに誘いをかけてきたのは八束さんだった。
詠奈の前だから、様付けか。
長身の美女の肉体美には多くを語るまい。競泳水着は敢えて肩から脱いだ所で止められており、続きは俺にして欲しいという事らしい。
「如何ですか?」
「…………じゃ、じゃあ。順番で……」
「私は最後でもいいわよ。その代わり……ここに居る全員の二倍はお願いね?」
俺が死ぬ。文字通り精魂尽き果てるだろう。
でも、人権が失われているようだし、それでもいいか。
「沙桐君がこんな人だって学校でバレたらもう彼女とか出来ませんねー!」
「い、いいんじゃない……? 私達には関係のない話だし」
「千癒ちゃんも沙桐君が好きなんですかー? その割にはあんまり下に降りてこないですけど」
「眠ってるだけ……っていうか、違うから。私と景さんは友達みたいな関係であって」
「うんうん! ここに居るみんなの中で千癒ちゃんが一番激しく声が出てましたよ~!」
「…………醜かったよね、ごめん。声が低いからどうしてもあんな感じになっちゃうんだ」
「ん~でも、気持ちいいって事なら仕方ないと思いますよー? それに醜いって言ったら最後の集合写真! 沙桐君に手を出されなかった人だけ普通に水着を着てていいって言われたのに、結局みんなに手を出したって事が分かりましたよね!」
そう、俺はみんなに手を出してしまった。だから今更何処で手を出そうが出すまいが変わらないのだ。彩夏さんの言う写真は最初に撮った写真と比較される為に撮影された。水着の上か下か、或いはその両方が開けてしまって手で抑えるみんなの姿が映っている。
詠奈の裸に百万がどうとかという話もあったような気がするけど、これは明らかにそれ以上の価値がある。アイツも安く買い叩くつもりだったのだろうか。百万じゃ足りない。詠奈じゃなくて、ここに居る女子のどんな身体でも。
「あの写真を撮った以上、一番醜いのは不純異性交遊を性懲りもなく繰り返した沙桐君ですから、千癒ちゃんが気にする事は何も無かったり!」
「彩夏さん、もしかしなくても俺を挑発してますか?」
「きゃ~け・だ・も・の~♪ うふふふ。こんな据え膳でよろしければ幾らでもどうぞ! 大好きな人には食べてもらいたいって、当たり前の事ですよね♡」
「景君ガチでケダモノなんだよね~。これSNSにあげていい感じかな?」
「それは絶対やめてほしい!」
一夜限りの享楽染みた楽園は、終わりと共に艶やかなボルテージを上げつつあった……