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表の金満 裏の雪花園

『私だけど、様子はどうかしら』

 聞こえる女の声に、間違いはない。王奉院詠奈。この国の病巣にして最大の権威。法律とは彼女の掌の上にあるルールに過ぎず、真っ当である限りその存在に気づく事はならない。気づいたとて、抗う事は許されない。

『付近に問題はないな。怪しい人物も居なさそうだ。しかし遊びに来ただけなのにまた随分と厳重な真似をするんだなお嬢様は』

『私、好きな人には『幸せな学生生活』を約束しているの。約束を破る訳にはいかないわ。こんな下らない事で邪魔されたら頭がどうかしてしまいそう。引き続き監視をお願いね』

『これは幸せな学生生活なのか?』

『学生の何たるかは私も心得ているわ。火遊びでしょう。イケない事がするのが若気の至り。ならこれもきっとその一部よ。何も問題はないわ。赤ちゃんを身籠ったとしても、責任は私が取るもの。だって彼は私のモノだから無責任でもいいのよ。人間として生きてる貴方には理解しがたい感情かしら』

 王奉院詠奈は堕落している。

 手元の資料には彼女の弱点となりうる男の素性が記載されている。分からないのは、その男に特別な背景が何一つとして存在しない事だ。あれだけの権力を持っているなら幾らでも優秀な男を愛せただろうにどうしてあんな普通の人間を選んだのか。

 あれが一度は国を再興させた一族かと思うと首を傾げたくなる。あの女からは知恵を感じない。何もかもを本能に身を任せているみたいに無邪気で奔放だ。

『……分かりたくねえよ。俺は、女が嫌いだ。だが気になるのは、そんなに好きなのに他の女にも手を出させていいのかって事だ。この国じゃ、駄目だろ』

『みんな私のモノだから問題ないわ。彼にとって私は最高の女だろうけど、たまには味を変えないとどれくらい最高か分からないでしょう? それに……彼は私に買われるまで愛されていなかったの。ならその分の愛を補填するべきでしょう。全身全霊、一秒だって考えなかった日はないわ。好きだから。愛してるから』

『…………国家令嬢ともあろうお方が不用心にもこんな脆弱な通信で愛の告白をするなよ。誰かに聞かれたら狙われるぞ』

『ああ、別にいいのよ傍受されても。傍受させたかったって言うか……聞いてるかしら』



『そこの貴方』



「…………ッ!」

 気づかれていた…………?

 いや、あり得ない。気づくのが早すぎる。それなら今までのやり取りは相手方の返事も含めて芝居だった……?

『貴方は……いえ、貴方達は三つの間違いを犯したわ。一つ、景夜を狙った事。私を狙えばまだ生かしておいてあげたのにあんな酷い事をするなんて。二つ。私の存在を知っている事。王奉院は昔から歴史の影に隠れてきた一族よ。これを知っているという事は直接的にせよ間接的にせよ私達一族に関わった事があるという証拠。ただのお金持ちを狙うだけの犯行だったらもっと小さな家から狙っておくべきだったわね。三つ。私の権力から逃れる為に国外逃亡を考えているようだけど、残念。貴方が逃げ先に選んだ場所、貴方の組織が支部を置いている国はここ程じゃないけど私の力が及んでしまうわ。ゴミを一つ片づけるくらいなら造作もない程度にはね。面倒な法律もないから楽で助かるわ』

「…………!」

 周囲を見る。人影はない。ブラフ……いや、そんな事をする意味がない。警告だ。逃げなくては。

『ああ、私とした事がもう一つ言い忘れていたわ。間違いは三つじゃなくて四つね。長々と話を聞いてくれてどうもありがとう。四つ目よ。お陰様で位置が特定出来たわ。さようなら』

 ペタ、ペタ、ペタ。

 今や無人となったマンションの冷たい床に、裸足の吸い付く音が聞こえてくる。

「……畜生っ」

 銃を構えて応戦の姿勢。扉が開いた瞬間に撃てば解決だ。その隙に逃げる。何故単独で仕事を任されたのかが良く分かった。あの女の力を計る為だ。

「来るなら来い! ぶち殺してやるからな!」

「―――私も暇ではないので」

 月明かりが影となって、長身の女の姿を覆い隠す。構うものか。入り口は一つだけだ。そこに銃口を向ければそれで殺せる。良く狙え。視界が反転しているから、外す。

 視界が。 反転?


 からだ。が。  うごか。





「斬り捨て御免」



 声は、もうすぐ傍で。






















「うう…………ううううう……」

「あー! 景君腰なんか抑えて震えてるっ。可愛いんですけど~!」

「友里ヱさんやめて! 今の俺に近づいたらドン引きするから!」

「ウケるー! いっつもお風呂で見てるのにね!」

「こらこら、沙桐君を虐めちゃ駄目ですよー友里ヱちゃん! 沙桐君は可哀想なんですよ。詠奈様にあんな恥ずかしい水着を着させられて……興奮しないように必死なんです! ねー沙桐君!」

「彩夏さんは一番近づかないで欲しいです! さっきキスしたの誰ですか! 貴方です!」

 詠奈が何処かに居なくなってしまったので絶賛放置もとい恥辱を味わっている。写真を撮りたいという事だから俺の回りには水着姿の女の子が続々と集まってきており、身動きなど取れる筈もなくなってしまった。

 みんなの水着なんて見れる訳がない。見たくないんじゃなくて、見てはいけない。それをしたが最後、俺はこんな訳の分からない水着を履かされているせいで変態になってしまう。

 風呂場ならまだ良かった。ここは貸し切り状態と言えども外だ。その意識がもう違う。必死に抑えているのにさっきから背中にくっついて柔らかい感触を押し付けてくるのが彩夏さんだ。更衣室で不発弾みたいになっている俺に近づいて、一番隠したい場所に直接キスしてきた。

 さっきからこうなっているのはその唇の感触が直に刻み込まれたせいで落ち着かないのだ。

「え~沙桐君に酷い事言われちゃいました。私はちょっと緊張を解そうとしただけなのに」

 そんな余裕っぽい雰囲気を出す口調とは裏腹に彩夏さんの顔は赤い。この人はいつもそうだ。積極的で、思わせぶりで、こっちをその気にさせるような言動はするのに恥ずかしがっている。その曖昧な純情がまた、どうしても俺の本能を刺激する。

 彼女の水着は上下がフリルとスカートの白いビキニだ。フリルというのは生地のボリュームから春や獅遠のように胸が控えめな女子でも量感を出せるようにした素晴らしい水着だ。彩夏さんはメイドの中だと上から数えた方が早いくらい大きいので、元々大きかったのが更に大きく見える。今日着る水着は明らかに側面の防御が薄く、真横から見れば今にも零れそうな大きさが見える。

 スカートはミニスカートっぽい事以外は特筆すべき事もないが、くっきりと浮かぶ鼠径部のラインが官能的すぎてまともに直視できない。

 俺の耳元で、彩夏さんが恥ずかしそうな声で囁いた。

「普通の水着に見えますけど、実はこのフリルって偽装なんですよねっ」

「…………ぎ、偽装?」

「谷間しか見えないくらいフリルが厚いように見えるけどただの垂れ布なんです!全員がそうって訳じゃないですけど、ちゃーんと詠奈様のご命令通り過激な水着を着て来たんですよ~」

「…………!」

 詠奈様のご命令なんですから仕方ないですよねー? ほら、私もこれでヘンタイですよ。ヘンタイ同士仲良くしませんか沙桐君? プールで泳いで、一緒に気持ちよくなりましょうよ……?」

「い、いや、俺は……!」



「ごめんなさい。着替えるのに遅れちゃった。それじゃあ早速だけど写真を撮りましょうか」



 この場に居る誰よりも大きく、そして煽情的。王奉院詠奈十七歳、現役の女子高生にして謎の権力を持った俺の初恋の女性が。

 上下黒のビキニスタイルで、ヒップラインを強調するような紐のパンツ、トップスは胸を覆い隠す布を多めに、真ん中の結び目から見えるのは寄せる様な事はしていないと言わんばかりのI字の谷間。

 立ち振る舞いの優雅さとは裏腹に全力で理性を殺しにかかるような格好に、俺は前後不覚に陥らなければならなくなった。まともで居ると、歩くだけで激しく揺れる胸に釘付けで隠すどころじゃない。好きな子が目の前でこんなクリティカルな恰好をしている事に悶絶して、そのまま息を引き取りそうだ。

「景夜。どう?」

「ど、どうって………………」

「君の為にしかこんな格好はしないのよ。せめて感想を言って欲しいわ」

「…………エ…………あ、か、かわいい、と思う」

「そう」

 写真を撮る為の位置は、俺と詠奈を中心に据えて後は周り次第だ。周囲で女性の愉しそうな声が響く中、詠奈は俺に胸を押し付けながら無愛想からは程遠く卑しい笑みを浮かべた。

「普通の水着って、こういう結び目は飾りなんだけど。私のは上から下までもれなく本物よ。紐を少し引っ張るだけでも……ふふっ、今日は素敵な日にしましょうね。夕方の不幸なんてどうでもよくなるくらい!」




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