足るを知る楽園
「それじゃあコック、留守番はよろしくね」
「ジジイは留守番かよ。つっても気楽でいいんだけどな。あーもし不審者が来ても俺は知らんぜ。テレビ見てるだけだからな」
「ああ、それなら防犯システムを作動させてくれればいいから問題ないわ。山の中にも警視庁から数百人、軍隊から選りすぐりの精鋭をその半分忍ばせているから万が一にも不審者が来る事はないでしょうね。不審者は見つけ次第射殺許可も出しているから」
「…………そんだけ居たら紛れるだろ。誰が誰か分からねえぞ」
「それも大丈夫。春お手製のトラップが大量に仕込まれているから彼らには一歩も動かないまま監視を命じたわ。あの子のトラップに安全性なんて考慮されていないから誰かが紛れようと動けばそれまで。そんな訳で宜しくね」
いつの間にそんな準備をしていたのだろう。メイド全員が出払う関係で多くはもう既に施設の方へ到着したようだ。俺達は学生気分を満喫した帰りの八束さんと彩夏さん、たまたま居合わせた水絹千癒を連れて車に乗り込もうとしている所だ。運転手は彩夏さん。残りは後部座席で暫し車に揺られる事になる。
「それじゃあ景夜、行きましょうか」
「詠奈って偉いんだから、襲われない為にもみんなと一緒に行った方が良かったんじゃないのか? 俺みたいに襲われないとも限らないぞ」
「だから気にしなくていいのに……って言っても、君は優しいから難しいわね。大丈夫、少し町中を支配下に置かせてもらったから心配ないわ」
「沙桐君、不安なら私が膝枕してあげましょうか~?」
「学校から戻ったかと思えば穏やかじゃないですね……」
「景さん。久しぶり……」
会話の流れなど無視して車内で声を掛けてきたのは普段はボサボサの髪の毛もいつになく整えてきた千癒だ。普段は寝てばかりで作業にも従事しないから詠奈に及ばなくても相当に髪が長い。既にその詠奈はポニーテールに結び直している―――俺が結んだが―――千癒は何の手も加えていない。
「千癒。久しぶり。お前がまさか参加するなんて思ってなかったよ。前話した時は外が嫌いだって言ってたから」
「夜だし、日光は気にしないで済むから……」
殆ど自室か書庫に引き籠っている影響で他の事比較しても特別色白な千癒は金色の瞳を持っている事と、屋敷の中では詠奈の次に胸が大きい事で有名だ。大浴場には来ないが半年ほど前に個室に別で作られた浴室に一緒に入って、その時確認した。予め伝えておくが不可抗力だ。俺が裸を見たくて入ったのではない。それだとヘンタイになる。柔らかかった。
自分の意思に拘らず眠りに落ちる妙な体質の持ち主だが、一度眠った後は暫く眠れないそうだからプールで泳いでいる最中に眠るなんて事はないと信じたい。
外の景色でも見てのんびりしようなんて、そんな事は許されていない。カーテンを敷かれている現状、ここは実質的な密室状態にある。同行する誰かしらと会話でもしないと今すぐにでも発狂する自信がある。金の瞳を一点に留めて身じろぎしない千癒とは対照的に、俺は妙に落ち着かなかった。
「学生気分はどうだったかしら八束。友達との付き合いの感想も聞きたいわ」
「……嫌ではないです。剣道の話などは興味深く聞けました。同時に詠奈様の御傍に控えなくても良いのかと不安に悩まされる事もありました」
「気持ちは分かりますよ、八束ちゃんっ。いつもいつもお帰りなさいませ詠奈様ってやってたのに急にしなくていいってなったら落ち着きませんよね~!」
「あら、彩夏。私は挨拶を強制したつもりはないわ。あの堅苦しい挨拶が嫌ならしなくてもいいけど?」
「詠奈様も人が悪いですよー。所有物の立場を思えば主人を敬うのが道理って最初に言ってたじゃないですかー!」
「……そんな事、言っていたかしら。所で景夜」
「―――え?」
ずっと黙っていたら。案の定、話を振られた。目を向けた頃にはもう三人からの視線を浴びている。
「ずっと黙っているようだけど、緊張しているの?」
「そ、そりゃあ緊張するだろ……! み、水着が恥ずかしいのはそうだし……こ、こんなの初めてだから」
「ええ、みんな初めてでしょうね。でも君が居るから喜んで来てくれたのよ。今日はきっと大事な日になるわ。私の計画を狂わせないでね?」
「な、なあ! それなんだけどやっぱり……よ、よくない、と思う。高校で習っただろ。保健体育でさ、その―――」
詠奈に左腕を取られる。
「嫌なんじゃないんだ。ただ、その。倫理的にどうかなと思いまして。道徳的にも良くないっていうか」
「ほうほうっ」
「学校での教えを破るのは模範的な生徒としておかしいと……思う」
「…………混浴も今の時代はさほど道徳的ではないと思いますよ景夜様」
「家の中は……いいじゃないですか。良くないけど、でも今度は外だし。貸切ったとしてもどうなのかなって」
「へえ」
全員が顔を赤くしている事を不審に思って左手の先を視ると、手が無意識に詠奈の胸を激しく揉みしだいていた。彼女が上から操作しているのではなく。俺が。
「―――!」
「いい景夜。学校はいい場所よ。けどあそこは精神的に平均化された人間を作り出す為の工場みたいな所なの。私のモノに当てはめるには型が古いわ。従わなくていいの」
「い、いや! それでも!」
「沙桐君。えっと、私こういう色仕掛けみたいなのって苦手だから言っちゃいますけど、ブレーキがかかるようだったらおサルさんになるまで女の子の大事な場所を触らせろって指示を出されてるんですよー。…………触りたい、ですか?」
彩夏さんは冗談を言う様な陽気な性格ではあるけれど、顔を赤くして内腿をモジモジさせている。間違ってもこれが冗談で言っているとは思えない。違うなら性質が悪すぎる。
最早言葉を失くした俺は黙ってうなだれる事しか出来なかった。両手を八束さんと詠奈に握られて、気分はさながら拘束された囚人。
「詠奈……………ずるいよ、そんなの」
「ずるい? 遅かれ早かれだと思うけど」
いや、こんな幸せに毒された囚人はいないが。
ナイトプールは屋上にあるようだ。本来は見ず知らずのカップルなどを隣り合わせに、来訪者もまた恋人と人目の中でイチャつく為の施設なのだろうが、現在は貸し切り状態。レストランなどの施設使用も含めて右から左まで詠奈に購入された人間しか居ない。
もう誰かは水着に着替えている物と思ったが、詠奈の到着までは許されていないようだった。待ちくたびれたとも思わないが、俺の姿を見て最初に囲んできたのはランドリーで働く子達だった。
「「「景夜さーん!」」」
詠奈に購入された者の中で男性は二人。内一人がコックなので、ここには俺を除いて女性しか居ない。何処もかしこも女性女性。女性恐怖症なら処刑のフルコースだろうし、そうでないなら楽園か。詠奈の鑑識眼を潜り抜けた子は幾ら立場が弱くても美女には違いない。ここでミスコンを開くとか言われても、結構信じられるくらいには。
「景君おひさ~! 詠奈様、諸々の注文の完了を確認しましたよ」
「そう。ご苦労様」
「……何かしたのか?」
「ここには前から目をつけていたから少し工事をね。追って説明するわ。それじゃあみんな、待たせてしまってごめんなさいね。更衣室に行って着替えましょうか」
詠奈に連れられるがまま更衣室の入り口まで。仮にも公共施設なのできちんと男女が分けられている。この点はあん……
「ちょ、俺は男の方に行かないと」
「それは出来ないの。少し工事を急いだから物置みたいになっててね。だから景夜は女子更衣室で着替えて。お風呂でいつも裸を見ているんだから気にする事ないじゃない」
「気にするよ! 気にしなかった事一回もないよ! お前の命令だから従ってるだけで……え、ちょっと待ってくれ! 更衣室とシャワー室が地続きって事は―――」
「一緒に使うのよ、勿論」
シャワー室は完全個室というより区切られた空間を半端な扉が区切っただけの大雑把な個室であり、入ろうと思えば三人は入れる。外から見たら首の下から膝の上くらいまでが扉に隠される程度の個室だ。
工事というのは更衣室自体の拡張だろう。詠奈の指示に従ってもう着替えている最中の子も居て、その子は椅子に花柄のブラを置いていた。パンツはまだで……ここまで着てようやく、その真意を悟った。
「………………これ、もしかして俺が早く着替えないと」
「ええ、もたもたしていたら全員の生着替えを目撃しちゃうわね。ケダモノじゃないならすぐに出るべき。そうは思わない? この後は一旦集合写真も撮りたいし、ねえ?」
「あ、ああ………………」