金に飽かして火遊び夜遊び
「景夜。遅いわ」
「ご、ごめんって。まだ夜って言うには明るいしさ……」
電話で催促されるのは初めての事だったから困惑した。慌てて家まで送ってもらうと噴水の縁に足を組んで座る詠奈の姿。申し訳なさそうな顔でやってくる俺を見てホッと安堵したように息を吐いた。
「寝て起きた時に君の顔が見えないと、今までの全てが夢だったのかと思ってしまうの。本当に怖かったんだから」
「お、大袈裟だって。今回が初めてって訳でもないし…………夢でも見たのっ―――」
有無を言わさぬキスは人目も憚らず行われる。と言っても周りには獅遠くらいしか居ないが、会話の為に離れようとしても詠奈に背中を掴まれ腰を突き合わされて全く動けない。
「れろ、ちゅ……えい…………っ!」
駄目だ、離れてくれそうもない。どんな悪夢を見ればこんな露骨に甘えたがるようになるのだろう。こういう弱弱しい姿はベッドの上でしか見せないと思っていただけに対応に困っている最中だ。獅遠に見られている羞恥心が邪魔をして行動に映せない。
一緒にお風呂入っておいて何を言っているのかと言い出されたらそれまでなのだが、だとしても恥ずかしい。この屋敷に住む女性全員、異性として認識している故。
「ん、んぐ……えい、ちょ、まっ……!」
まるで人の言葉など介さないように声は届かず、仕方なしにと俺は少し身体の隙間を作ると両手を滑り込ませてドレスの下から彼女の胸に手を伸ばした。
「ん、ふ、ふ…………」
「あ、あ、あ……そんな、激しく……!」
いやらしい意味なんてない。これは錯乱状態に陥った詠奈を元に戻す為の治療だ。こうでもしないと永久にキスをされている予感がした。それでも十五分掛かったが、ようやく唇が離れて、詠奈は正気に戻ってくれた。
「―――あら、どうしたの獅遠。顔が赤いわよ」
「い、い、いえ1 な、何でもございません……けど。あ、あんまり激しいの見てしまいまして……」
「あら、床の景夜はもっと激しいわよ。ケダモノなの。私がもうやめてって言っても全然やめてくれない、ねえ?」
「やめてって言われた覚えないし、誤解を招く表現はやめてくれ。獅遠が誤解するだろ」
「私の身体が小さいのを良い事に、物みたいに抱えられるのよ」
「おい! やめてくれ! 聞いてるこっちが恥ずかしくなる!」
語弊しかないが一々訂正していても追いつかなさそうだ。獅遠からの視線が痛い。俺をそんな目で見ないで欲しい。詠奈は時々話を盛るんだと、俺はそんなケダモノなんかじゃないんだと言ってやりたい。だが…………
「さ、出かける支度でもしましょうか。貴方も支度は済ませておくのよ獅遠。今日は貸し切りなのだから」
マイペースな詠奈の言動に振り回されていたらプライドなんて幾つあっても足りない。ここは一度全て諦めて、大人しく次の事に意識を向けた方が良い。その方が色々とお得だ。
部屋に戻ると、一先ず自分の恥の事は置いといて直近で起こった危機について話した。
「詠奈。実はついさっき襲われたんだ。心当たりってあるか?」
「…………襲われた? それは無差別な犯罪とかではなくて?」
「王奉院詠奈を呼べって名指ししてたから、間違いなくお前を狙ってると思う」
「……そう。だからって景夜を狙うなんていい度胸ね。私の存在を知ってるくらいだから中々大きな組織の様だけど、関係ないわ。表も裏も、何かの支えなくして活動するのは難しいの。特に資金源はね」
「―――でもそういう組織ってのは、幾らお前でも権力が届かないんじゃ?」
「直接届かせる必要なんてないわ。でも……そう。どうせなら私を直接狙って欲しかったわね。それだったら敢えて泳がせてあげたのに、残念」
少なくとも襲撃に対して詠奈は大した危機感を持っていなかった。これもまた価値観の違いだ。獅遠が手早く片付けてくれたとはいえ俺はそれを危険として伝えたかったのに。彼女からすれば目覚めた時に俺が傍に居ない事の方が恐ろしいと。良く分からない、お金持ちの価値観は。
「景夜は何も気にする必要はないわ。その組織は今夜潰れるから。それよりもどういう水着を持っていくか考えましょう? 景夜がどんな水着を着るのか楽しみだわ」
「貸し切りって言ってたよな? でも他所の建物に入るなら全員参加って訳じゃないんだろ?」
「いえ、屋敷の子は全員参加だけど。二十人、三十人も入らないようなプールなんて小さすぎると思わない? みんな君に見て欲しくて水着を着るんだから、君も手は抜けないわね? 今日は珍しく千癒も参加するそうだから珍しい物を見るチャンスよ。あの子が滅多に外へ出ないのは知っているでしょう?」
「……え。千癒起きてたのか?」
「私と同じ発想をしてたようね。時間まで寝ていたの」
何だそうだったのか。
それなら今日調べるのは元々望み薄だったという事になる。次の機会を待つのも嫌だから予め話を通しておいた方がいいか。詠奈は何着もの水着を棚の外から見つめると、手に取って吟味している(いつ俺に求められてもいいように一通りあるらしい)。
「お、俺の奴って言っても男は上裸だし、な。あんまり選ぶ事はないような気もするんだけど……」
「あら、そうとも言えないでしょ。ほら、こういうのはどう? 一見すると水着のズボンタイプのように見えるけど、ひとたび興奮するとモロに出てしまうのよ」
「絶対駄目だ! それお前が特注で作った奴だろ!」
「そんな事言っても、私が命令したら着ないといけないのよ。無駄な抵抗はやめた方が身の為だわ」
「…………い、嫌。命令されるまで足掻くよ俺は。命令されたら仕方ないけど、お前はしないって信じてる」
「じゃあ君がもし頷いてくれたら、私も含めた全員がもっと過激な水着に着替えてあげるけど?」
詠奈は飽くまで表情を固めたまま首を傾げて俺を試そうとしている。過激な水着とは言うが、みんなスタイルがいいから元々ある程度までは過激な水着みたいなものだ。あれ以上となるとちょっと想像がつかない。
「そうそう。普段はあまりしないのだけど体育祭の時みたいに写真を撮りましょうか。ビデオも回しておきましょう。君だけの楽園……いいえ、私と君の楽園を焼きつけておけば、後で見返したりも出来るでしょうね」
「た、体育祭いつ撮ってたんだよ!」
「あら、保護者は撮るのが一般的だと思ったけど違ったかしら。安心していいわ、体育祭の時みたいに関わらせないなんて言わない。景夜には楽しんで欲しいもの、みんなあなたと接触してもいいって許可は出しておいたから。今夜はみーんな貴方に釘付け。きっと向こうでの食事は楽しいわよ」
詠奈の視線に射貫かれて身動きが取れないでいる。それは圧力でも恐怖でもなくて、男としての本能、もしくは詠奈による逃れられない誘惑。
「勿論君だって写真を撮影してもいいのよ。誰とでも、何度でもね。身体を清潔にするシャワーも今夜は貸し切りだからみんなで入りましょうね」
ごくり、と生唾を呑み込む音は多分聞こえてしまった。もう一押しだと思われただろう。即座に否定するのが理性ある男の生き方だ。正解が分かっているのに口が動かない。理性を本能が拒絶している。
「プールの中では誰に何をしても咎めたりしないわよ。それはみんなに適用している事だから、ぼ~っとしてたら大変な目に遭っちゃうわね。こんな水着を着てたら全く誤魔化せなくてきっと困ってしまうわね……………………着てくれる?」
「ひ………………」
「んー?」
「ひ…………………に………ひ、ひ」
「ああ。そんなのしなくて結構よ。でも最初は私にぶつけてね。貴方はいつもそうやって誤魔化そうとするけど、今日はいいのよ。みんなで気持ちよくなりましょうね」
俺の選択に、詠奈は満足気に微笑んで俺を抱きしめた。
「いい子ね。必死に堪えたのに結局誘惑に乗ってしまうそんな所も好きよ景夜。約束は守るわ。安心してね……うふふ」