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天上至宝の剱と鬼

「先生! 冗談きついんですけど本気ですか!?」

 流石にどうかと思って校長先生に抗議をした。だが俺が幾ら抗議をしたところで国家からの命令に背ける筈もなく。いや、それどころかどうも俺の知らない内にモンスターペアレント……ざっくり文句の多い保護者と思ってくれればいいが……を持つ生徒は退学させられており、女子更衣室との間に開通されたトンネルに文句を言えるような状況は最早存在しなかった。

「…………マジかあ」

 鼻の下を伸ばすとかじゃなくて、ここまで来るともう怖い。詠奈の裸しか見えない状況ならまだしも、彼女自体は同姓にもまあまあ交友があるから話しかけられる流れで中を見られる可能性もゼロじゃない。そこに俺が居たらどう思われるか……


 ―――名実ともに変態になるのは避けたいよ。


 これを避ける為には詠奈の色仕掛けを回避すればいいけど、好きな女の子からの誘惑ってどうやれば回避出来るんだろう。ちょっと俺はその策を知らない。剣道でも初めてみれば分かるようになる? いやでも、部活は詠奈との時間が減るから嫌かも。

 珍しく一人の時間が欲しくて特別棟の屋上で座り込んでいると、背後から近づいてくる足音。振り返ると、指定の学ランを着た見覚えのない男子が立っていた。一見して女性にも見える中性的な見た目だけど喉で判断出来る。

「…………な、何?」

「ここ、普段は俺しか使ってないんだ。珍しいね、こんな所に他人が居るとか」

「いや、そうじゃなくて」

 俺が訪ねたかったのは彼の服装だ。服はいい。問題は頭。今時まずほとんどの学校で姿を消した学帽を被っているのだ。お陰様で一瞬、タイムスリップでも果たしたものかと思ってしまった。

「その帽子は……?」

「注文されたから着けてるだけだ。昼寝する時はこうやって目深に被るとアイマスクみたいになって便利だけどね」

「…………もしかして詠奈に買われた人か?」

「正解。でも俺は君と違って全部買われた訳じゃないよ。買われたのは飽くまで腕前さ」

 学帽姿の男子は屋上の縁に座ると寝転がるように身体を倒した。

「今日ここで会うまでもなく、ずっと前から君の護衛をしてるよ。何で俺なんかに学籍用意してまで守らせんのかは分からないけど、愛されてるんだなあ」

「…………何で姿を現したんだ? 今までずっと隠れてたのにおかしいぞ」

「いやだから、そっちが来たんだって。お陰でサボってるのがバレちゃったよ。俺の方こそ聞きたいな、何で急にこっち来たのさ」

「……」

 詠奈に買われたのは腕前だけ。つまり彼に何か相談しても彼女の耳に入らない可能性は高い。正直、打ち明けたいと思っていた。だが我儘な事にある程度心を許せて詠奈が権力を行使できない様な人間にこそ話すべきだとも思っていた。

 メイドさん達だって別に秘密はそうぺらぺら喋らないけど、全ての権利を買われているから詠奈が喋れと言ったら喋るしかない。そういう意味で言い出せなかった。

 この男は心を許せるかどうかの判断すら怪しい初対面ではあるものの、詠奈の信用を得ている一点でその判断は肯定的に下せると思った。

「…………最近詠奈が凄い積極的でさ。それは嬉しいんだけど、学校の更衣室を繋げるのはやりすぎだと思うんだ。どうしようもなくて……漫画とかにあるさ、心を無にする事が出来れば凌げるのかなって思わないでもないんだけど」

「おー煩悩を捨てるって所か。あれは一朝一夕で身につかないものだって分かってるだろ。意識しても無理だ。深呼吸をしても全く落ち着かない人間だっているように、やり方を自分で掴んでなきゃ猿真似だよ」

「…………かといってプールを欠席するのも嫌なんだ。どうすればいいかな」

「どうすればいいたって、今回は無理だろうな。だって君は受け入れているのに拒否しているなんて微妙な事をしようとしてるんだ。だから今日は必要経費と割り切って次回以降に対策をするのはどうだ? それこそ心を無にする練習でもしてみるかい?」

「どうやればいいんだよ。瞑想?」

「おいおい、傍に詳しい奴が居るんだからそっちに聞いてくれよ」

「詳しい人って…………誰だよ」


 キーンコーンカーンコーン。


 たった十分の休み時間にこんな場所で寛いでいる方が間違いだったのだ。次の授業には確実に遅れる。身体は反射的に駆け出して、質問の答えを聞くより先に教室へと戻って行ってしまった。


 ―――名前、聞き忘れたな。


 でもあんな目立つ姿なら分かるからいいか。















 プールの時間が近づくにつれてそわそわするのは俺だけじゃない。詠奈に惚れている男子なら誰でもそうなる。やたらとトイレに行く奴が増えるのは俺と同じように心を無にする事が出来ないからだ。

 その一方で詠奈は無愛想だから心を無にしているように見える。こんな彼女が家では甘えてくると知ったら彼らはどう思うだろう。俺も逆の立場ならとてもじゃないが信じられない。

「授業はこれでお終いです。次は~体育ですか。プールなので、早めに行かないと後悔しますよー」

 

「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 男子のはしゃぎようを尻目に詠奈は黙って教室を後にする。後を追うべきか悩んでいると、テンションが上がって仕方ない男子に行く先を阻まれた。

「ようようよう。聞いたぜ、お前お化けが出るロッカー使わされるんだって? まーじ不運だよな」

「お化け出たら教えろよ! な!」

「昼間には出ないと思うけど……ていうかお化けなんて本当に居るのか?」

「居ても居なくてもそれで緊張して泳ぎが下手になったり体調を崩したらどうするかって話だよ。水泳部として言わせてもらうなら居なきゃおかしいけどな」

「まーどっちにせよ自業自得だよな! いっつも詠奈にくっついてる罰が当たったんだきっと! わはは!」

 詠奈の傍にいるのは業なのだろうか。

 ウザ絡みされたまま更衣室まで連行される。断る理由がなかったのが大きい。次善策として用意していた作戦はこれで失敗だ。『人が集まらない内に着替えを済ませる』。これならまだ耐えられたのに。今は羞恥心でしかない。

「あーあ、夜なら一緒にロッカー見てやるのになあ!」

「まあ昼にお化けが出る心霊番組とかねえしな」

 都合よく使えるロッカーだから工事したのだろうけど、なんて場所を使うんだ詠奈は。十中八九お化けを信じていない。これで俺が呪われたらどうしようというくらいには、俺は信じている……というか、忌避感がある。

 人が死んだ場所で寝泊まりはしたくないし、お地蔵さんは蹴りたくないし、食事は踏みつけたくない。これはこれで宗教とは言えない程度の信仰だろうけど、抵抗があるモンはある。

恐る恐る開けると、ロッカーとは名ばかりの通路の先に詠奈が居た。タイミングを合わせたように向こうのドアは開いており、目と目が合うその瞬間。やっぱり詠奈の事は好きだと自覚する。

「…………」

 ロッカーの中を通るのは不自然な事なので俺達はお互いに着替え姿を見ながら何の手出しもしてはいけない。したら最後、気づかれる。

「…………ふふ」

 スカートがパサッと落ちて、下着が丸見えになる。それから服を脱いでと着替えは早い。目を逸らしたら後で詠奈に何をされるか想像もつかないので極力何も考えない事を意識しながら俺も着替えを済ませようとする。


 ―――詠奈の身体、綺麗だな。


 すぐ傍では着替えの終わった男子からプール場へ向かう足音。入水前に浴びるシャワーは何となく一人ぼっちで通ると冷たいうえに恥ずかしい。俺も早く行かないと。


「詠奈―。うちら先に行くからねー」

「ええ」

 

 向こうも同じような状況だ。早く着替えを済ませないと。そう、済ませて扉を閉めれば何事もない。


「おいおいビビッて着替えられねえとかやべえぞ! 昼間にお化けは出ないって言ったの自分だろー! わはははは!」


 詠奈はスクール水着を腰まで履いた所で手を止めると、ロッカーの中を通ってこちらまでやってきた。歩くと、揺れる。とても柔らかそうに揺れている。早く着替えを。済ませないと。

 耳元で囁くような誘惑の声。

「着替えを手伝ってくれるかしら」

 

 気づけば二つの更衣室を挟んで二人きり。ロッカーの扉が閉まり、そして誰も居なくなる。


「女子更衣室には鍵がかかるのよ。私もつい最近知ったんだけど、こういうお友達の関係もあるそうね?」



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