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千金の子は市に死せず

「は、はぁ……はぁ…………」

 催しの違和感はともかく、事前練習としては本格的だ。条件は多少違っても体育祭で執り行われる種目の全てが練習出来る。そして敵方として付き合ってくれる子も本気だから、全く気が抜けない。

「ま、マジで……ああ……」

「お疲れ様。ギリギリ一位って所ね」

「いや…………やっぱ普段から働いてる子って体力凄いな。障害物競走……地獄だあ……!」

「夜も激しそうね」

「お、お前の冗談に付き合ってる暇は…………て、っていうかお前も走ってくれよ! 参加しない訳じゃないだろ!」

「それもそうね。つい君の走りに見惚れてしまって忘れていたわ。それじゃあ今度は私が行ってくるからきちんと見ていてね。何処でも見ていいから」

「景夜様~テントにお連れしますね!」

 詠奈のキスを受けてから引き継ぐように春がヘトヘトの俺をテントまで運ぶと、幾葉姉妹が左右を挟むように控えて水分を補給させてくれる。指一本動かないは言い過ぎだが殆どされるがままで、内心忸怩たるものを感じていた。

「景夜さん、お疲れ様。格好良かったよ」

「姉さんとずっと応援していました。友里ヱさんに勝てなかったのは残念でしたけど、本番ではきっと大丈夫ですよ」

「何かしてほしい事はある? せっかく隣の席なんだし何でもするよ」

「………………はぁ。つ、疲れて身体が…………詠奈の走りが見えないから手を支えててくれ」

「おっけー。いいよ」

「姉さん、でもどうやって固定しましょう」

「こうすればいいの」

 二人は俺の手をそれぞれ掴むと内腿に挟んで掌を握り込ませる。確かに両手を引っ張られたまま固定されたら身体は崩れ落ちないが、だからってそんな方法はちょっとどうかと思う。俺が少し指を動かしたらブルマ越しに色々触れるのに何とも思わないのか。



『それじゃあ次は詠奈様による玉入れで~す! 詠奈様~如何に主人と言えども今回は手加減出来ませんからね! それじゃあゲームスタート!』

 


 わざわざハチマキまで巻いて、表情には出ないけど詠奈もいつになくやる気十分と言った様子。彼女は権力的には超人的でも運動は決して完璧ではない、玉入れの精度は高いが、それも精度が高いくらいだ。速度は普通だし、身長も低い方だから入れる為に苦労している。玉入れはタイマンじゃないから、彼女一人がどんなに頑張っても負ける時は負ける。そこはクラス次第だ。

 多くの男子が目を奪われるのは彼女の雄姿というよりも跳躍で大きく上下に揺さぶられる胸に違いあるまい。時々浮き上がる生地が細い腰を見せつけてグラマラスボディを強調する。規定のパンツからブルマにいつの間にか履き替えていたせいか、いつもより活発な印象もあった。


『は~い終了! いやー流石に八束さんが居るとこっちの勝ちになっちゃいますね~!』


「はぁ…………負けたわ」

「あんまり気にするなよ詠奈ー。本番じゃ俺の他にも男子が居るからさ」

「……当てにすると失望した時が酷いから、程々に頼っておくわ」

 

 その後も俺と詠奈の特訓は数時間続いた。


 俺以外の男子が存在しない(コックは厨房だろう)という点がずっと気掛かりになるかと思えばそんな事もなく、詠奈の応援と己自身の頑張りに集中出来た。参加してくれている子は便宜上敵と味方に分かれているだけで応援は実況の彩夏さんも含めて全員でしてくれた事も大きいかもしれない。至る所から聞こえる黄色い声援、自信を持たないままで居ろというのはむしろ難行で、負けても勝っても称えてくれると卑屈になるのがいっそ馬鹿らしくなる。

「頑張れー詠奈ー!」

「はぁ……はぁ…………はぁ……」

 

『さあー詠奈様が追い上げます! 季穂ちゃんを抜いてーゴールテープまで一息! 連子ちゃんは逃げられるのか!? 創代つくよちゃんは神樂ちゃんを抜けるのか!? 神楽ちゃんは一位をおおおおおっと! 詠奈様が最期の力を振り絞ってえええええ! あー惜しい! 惜しくも二位! 詠奈様頑張りました! これがラブラブパワーなんですね! 神楽ちゃんは一位おめでとー! 一応得点計算すると総合一位だし、後で私から手作りメダルを進呈しまーす!』


 体育祭のちょっとした練習のつもりが、思ったよりも熱が入ってしまって全員が疲労困憊。幾葉姉妹も汗を流しながら必死に平静を取り繕おうとしている。これで本番より盛り上がっていたらどうしようか、という違う不安まで浮かんでしまった。

「みんな、お疲れ様。今日は私と景夜の練習に付き合ってくれてどうもありがとう。この片づけは明日以降で構わないわ。今日はお礼も兼ねてみんなで一緒にお風呂に入りましょうか」

 詠奈は汗ばんだ手を俺に向けて、取ってくれるのを待っている。ああすっかり疲れて、俺も一々何か言い返す気力もない。

「……きょ、今日はめでたい日なのか?」

「私なりの誠意よ。さ、大浴場へ行きましょうか」

 普段は俺と詠奈の二人が先に入っているから想像は着きにくいけど、地下室に作っただけあってあそこは相当に広い。屋敷に住まうメイドだけでもまだ広いし、ランドリーの子が集結してもまだ広い。湯船は銭湯よろしくいくつかの区画に分かれているとはいえあれを沸かすにはどれだけの準備が必要か。

 

 こんな状況でも、いやこんな状況だからこそ断る事が出来ない。


 お風呂に入りたいのは誰だって同じだ。そして形の上だけでも恥ずかしがる余裕が今の俺にはない。陰謀論などとややこしい物を挟まずとも至って単純な話。先頭で詠奈に手を引かれて更衣室に到着すると、詠奈は両手を挙げて無防備な姿勢を取った。

「私から脱がせてくれる?」

「ああ、それなら…………って、え? 私からって」



「一人ずつ、君の好きな順で他の子も脱がせてあげて。ちゃんと下着まで」

 

 

 疲労困憊の時に起きる身体の興奮は、何も欲求がもたらす物ではない。だけど今回に限っては……背徳的な衝動に興奮した。これは普段からそうだと言われても返す言葉がないが、疲れているとどうしても『自分はまともであるべき』という理性が吹き飛んで正直になる。

  

 頭の中がピンク一色になりながらも、どうにかこうにか湯船の中へ。


「そ、そう言えば鹿野崎については対処が済んだのか? ずっと体育祭してた記憶しかないけど」

「ええ、彼の価値観に理解を示すつもりはないけど、それを拗らせる方法は概ね察しがついたから協力してもらったわ。当日も同じ様にしてもらうつもりだから、これでもう邪魔は出来ない筈。君も出来れば関わらないであげてね。碌な事にならないから」

「景夜さん。隣行くね」

「明日が楽しみですね~♪」

「あそこまでされたら後ろ向きな事言えませんよ。が、頑張ります」

「顔を赤くしながら言ってもあまり説得力がありませんよ景夜君。せめて前向きというなら……眼を細めるのではなく、ちゃんと詠奈様の方を見てから言うべきです」

 恥ずかしがりながら言う時点で説得力がないという意見は分かるが、この状況でそれをこなすのは非常に難しいと思う。何処に目を逸らしても一糸纏わぬ姿があるのは、ちょっと目に毒とかいう温い話では済まされない。

「八束、意地悪しないの。景夜は頑張ったんだから私の方から手助けしないと」

「詠奈……!」

 思ってもなかった助け舟に感謝したのも束の間、詠奈は俺の足の間に入ってきて、絶対に目が逸らせないような位置にやってきた。

「え…………」

「はい、どうぞ」

「………………ほ、本当にするのか?」

「十分リラックスは出来ているでしょう? いつもはこんな事許さないんだけど、今回は協力したお礼よ。声は小さくても構わないわ。ここは良く響くし―――皆が近くに寄ればいいだけの話だから」

「え!」



「さあ、選手宣誓をお願い。明日はきっと―――幸せになれるわ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 詠奈さんの身体能力が一般的なの珍しめな気がしますけど可愛くて良いですね [一言] 景夜くんの理性は化け物……?
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