悪貨は良貨を駆逐する
鹿野崎後輩の事は気になるし、詠奈の事がもしかしたら分かるようになるかもしれないきっかけになる事も認める。だがそれはそれとして近づきたくない。価値観が違い過ぎる人間と一緒に居てもお互い辛いだけだ。
それを言い出したら詠奈はどうなのかという話は当然あるが、彼女とは何年も友達として過ごした仲だ。ただ尋常ならざるお金持ちというだけで価値観は至って普通というか、倫理観が緩いだけで、その辺りは問題ない。
「そうか! 僕達を監視する為にわざと雨を上げたんだ! クソ、政府は何処まで動きを縛りたいんだ。これ以上目覚めたら困るからか!?」
お近づきになりたくないような後輩の様子をそれとなく見るには、設営の時間が最適だ。何も二年生だけが全ての負担を背負う仕事ではない。一年生も三年生も自分のクラスの分は自分で設営する。本部は生徒会や先生がやって、それで初めて設営は完了するのだ。
「いやあ、アイツさ。雨が上がった後はいつもまともになるんだけどあの異常気象があるからさ」
宗山については学年自体は同じという事もあって直ぐに見つかった……いや、勝手にこっちにやってきた。詠奈を見に来たのだ。彼女はクラスの男子から不埒な目線を浴びながらも女子と共同で作業をしている。不埒な目線で言えば彼もまたその一人であり、椅子を降ろす度に揺れたり机を運ぶ時にせりあがる胸や、後ろ姿のお尻、そもそものウエストの細さを見て興奮していた。
胸で体操服が突っ張るとそれだけ太って見えるのは自明の理だが、今回に限ってその心配はない。
詠奈は暑さのあまり体操服を臍の上で縛って動いているからだ。
揺れだってそのせいで強調されている。素肌が見えるならどう見えるもこう見えるもなくありのままの彼女が分かる。特別男子の下心が強いのもそういう理由だ。
この期に及んで名前を隠すと妙に勘繰られる気がして流石に名前は教えた。宗山は「詠奈ちゃん」「詠奈ちゃん」と馴れ馴れしく一人で勝手に呼んでいる。王奉院の名前については何とも思わないようだ。
「それにしてもやっぱでっ……こう手でわしっとしたくなる!」
「俺に言われても……本人に聞こえたらいよいよ脈なんてないぞ」
「いいんだよどうせ聞こえてないんだから! お前はどうだ? したいと思わないか?」
「…………」
したいっていうか。い抜きっていうか。
やはり陰謀論者を友人に持つだけあってあの取り乱し方も気にしてないようだ。そこは肝が据わっているというか鈍感というか。異常現象は起きたけどそれはそれとしてと割り切りが出来ている。
「なあ、鹿野崎ってあんな風に煙たがられてるのがデフォルトなのかな」
「や、今回は特別だな。雨の時以外はおかしくならないって言っただろ。それが今回ずっとあんな調子だったら流石にうざがるだろ。多分アイツ孤立するなー。帰宅部同盟の面子として構ってやりたいが、詠奈ちゃんとどっちを選ぶかってのはちょっと悩む」
「いや、どう考えても向こうだろ。ああいう特殊な世界観の持ち主が辛うじて社会的に繋がってるのはお前のお陰だと思うよ。孤立したらもっと拗れていよいよ訳が分からなくなる」
「これを見てくれ! 手首の注射痕! 子供の頃、病院で注射してもらった記憶はあるか? 予防注射なんかじゃない! 受信機を埋め込まれたんだ! 政府にとって都合の悪い事をする奴は電磁波で操られる! 僕はもう壊したが―――」
「ちょっと煩い! 黙って作業してよ!」
「お前の妄想もう聞き飽きたからいいって! ていうかサボんなよ!」
「違う、サボってるんじゃない! どうして体育祭を開かせたいのか政府の意図を考えてるんだ……!」
もう殆ど孤立しているような気もする。
助けたいけど、助け方が分からない。今までの親切と違ってどういう対応が正解かも分からないし、下手に触れると火傷するのは詠奈の一件で味わった。それでも助けずに入られないと言う程の主体性もないから、ただ視ている事しか出来ない。別に、本人が助けを求めている訳でもないし。
「そう言えば雨でナノマシンがどうとかいう話は何処行ったんだ?」
「あの手の話に因果関係も時系列もねえよ。お前が言いたいのはあれだろ、ナノマシンを雨から入れてるのに受信機を入れる意味とかそんなんだろ? 気にすんなよ時間の無駄だって」
「だけど……」
孤立している人を見ると、詠奈と出会う前の俺を思い出す。友達は選べと言われたからその通り選んでいたら、一人ぼっちになっていた。選ぶ側のつもりで居たのが選ばれる側で、俺は誰にも選ばれなかったのだ。
「…………」
設営は進めながらも、彼の事はどうしても気になってしまう。ちょっと心配だ。陰謀論を肯定する訳じゃないけど少しでも気が楽になるような出来事があればいいと思う。例えば彼の信じる世界は存在するのだという証拠が見つかってしまうとか。
校庭全体を見回して、そんな物はないと馬鹿みたいな再確認。クラステントがあるだけで、陰謀論のいの字も感じられない。みんなまともで…………
「え?」
改めて確認する。クラステントは学年ごとに大雑把な位置が決まっており、後はそこから伸ばすようにクラスが並んでいく。紅組と白組の区分けもあるが、結局基本は変わらない。一例で分けるなら紅組がA・B・Dで白組がC・E・Fみたいに並んでいく。
さてそれはいいのだが、テントの数が一つ多い。かといってそれは教員でもないし保護者席ですらない。クラスに所属していると思わしき集団は全員体操服を着ているが明らかに慣れていない様子であり、そもそも男子が一人も居なかった。
「…………え、え、え?」
作業の手も思わず止まるくらいには信じられない事が起きている。隣をたまたま詠奈が通りがかったのを見て慌てて引き止めるくらいには衝撃を受けていた。
「え、詠奈さん? あの、ちょ、ちょっといいですか?」
「……どうかした?」
詠奈を独り占めするような真似は男子からの反感を買うと言いたいが俺に限ってはいつもの事だ。例によって態度から恋人判定されていないお陰で俺に対する男子の警戒度は極限まで下がっている。
体育倉庫の裏にあるトイレまで連れ込むと、一時的にロールプレイをやめて彼女を問い詰めた。
「ちょ、見慣れた顔があるんだけど」
「?」
「知らない所に見慣れた顔が居るのはなんだよ! え……あ、あそこのテント設営してるのお前が買った子だよな!? ランドリーで働いてる子も含めて全員覚えてるよ! 八束さんに制服配ってたみたいに服を持ってるのはいいとして、何で設営参加してるんだ!?」
「ああ、そう言えば景夜君には言っていなかったわね。皆が君の雄姿を見たいって言うから先生に言って体育祭開催中に限ってクラスを一つ増やしてもらう事にしたの。二年G組って所かしら。基本的に競技には参加しないしうちのクラスの応援だけをするつもりだから安心して?」
違う、そういう事じゃない。詠奈は一体俺を何だと思っている。疑問に対する回答の仕方がもうズレている。価値観の違いを感じているかもしれない。
「観戦って……そ、そういう方法でするのか!? っていうか他の奴に気づかれるだろ! どう説明するつもりだよ!」
「先生にはG組という事以外は言わないように伝えてあるし、それでも知ろうとする生徒は停学させるからいいわ。君はもしかしたら家に居る時のように干渉される事を気にしているのかもしれないけど、それは許可していない。君の昼休憩に付き合うのは私と八束と彩夏だけよ」
それならいいでしょ、と詠奈は首を傾げてみせる。そういう問題じゃない。しれっとクラスを一個増やした事が問題だと言おうにも、心なしか楽しそうな彼女の無表情を見ていたら言えなくなってしまった。
「……け、権力を表向きに出すのはどうなんだ? バレたくないんだろ?」
「バレるバレないもその権力とやらでどうにかなるわ。目の前で不正をされてもそれを咎める力が無ければ文字通りお咎めなし。少し利権が絡むだけで民間非営利組織の不正なんて幾ら露骨でも簡単にもみ消せてしまうし、君は気にしなくてもいいの。素直に応援を受け取ってあげて。ちゃんと、私も約束通りチアガールになってあげるから」
「え、あ……」
陰謀論のせいですっかり忘れていたけど、そういう話もあったっけ。詠奈は俺をトイレから連れ出すと、さり気なく女子トイレの方へと移動して、個室に俺と閉じ籠った。
「自信を持って欲しいから、想像してくれるかしら。クラスの男子が私に欲を掻くその傍らで、君は私で欲を発散するの。それは誰にも出来ない事。君にしか出来ない事よ」
便器に座って、足を開かれる。
「が、学校で……す、するのか? 一応『友達』なんだけど!」
「友里ヱが教えてくれたの。キスは友達同士でもするんですって。いいじゃないの。まだお互い―――ハジメテは取ってあるんだから」