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一文吝みの百知らず

「…………いつも身体を揉ませていた甲斐が……ん。あったわね」

「マッサージも少しは形になったみたいで嬉しいよ。何ならもう一回眠っても良いんだけど」

「それは……君次第ね」

 就寝時間でもないのにベッドに潜るのは中々ない事だ。カーテンを閉めて二人きりの世界。詠奈の背中を指圧出来るのは俺しか居ない。淑女としての恥じらいからか詠奈がはしたなくなるのはこのベッドの上からお風呂場だけだ。はしたないの基準が何処にあるのかは俺にはさっぱりだけど、今回だけは明確に分かる。

「景夜……腕を回して。君を近くで感じたいの」

「な、なんか変な気分だな。嬉しいけど、お前が甘えてくるなんて」

「今日だけはごめんなさい。本当にもう疲れちゃった。どうして揃いも揃って余計な事しかしないのかしら。ん…………そう。上手。さっきまで雨が降っていたせいかしら。身体が濡れてきちゃった……」

「……いや、お前が晴らしただろうが。厳密には天候兵器の責任者の人だろうけどさ」

 詠奈が享楽に耽っている間、部屋の外では速やかな処分が行われている。拘束された二人は警察に引き渡されたのだと思う。そんな温い対応をしたら詠奈の存在を腹いせにバラされるのではないかと心配していたが、彼女は「心配ないわ」とだけ言ってそれ以上は黙ってしまった。

「本当に仕返しとかされないのか? 政治のお偉いさんなんだろ?」

「その度胸があるなら謝罪には来ないわ。景夜。彼らが一番愛してやまないものは何か分かる?」

「…………お金?」

「少し外れ。既得権益よ。立場を重んじるのはそのせいで、それを糾弾しようとする者を消せば後はどうにでも出来ると信じているのが彼ら。でも私は―――既得権益という意味なら最高峰。端から勝ち目なんてないのならいっそ全てを差し出してでも命乞いすれば良かったのに」

「お前を陥れようって奴は現れないんだな。お前が偉いのは何となく分かるよ。最高峰ってのもまあ……。でもそういうのって別の言い方だと目の上のたん瘤って言うんだ。引きずり落とそうとする奴の一人や二人くらい」

「私を陥れるなんて不可能よ。物理的に殺害は可能だけど、君以外に命をあげるつもりはないわ。どうぞ、殺したければ核爆弾でも細菌でもご自由に。そんな輩が居るなら死ぬより重い報復をしてあげるわ」

 それは半分虚勢みたいな物だとは思う。兵器を使って死なない人間が居ない。だが詠奈の言葉の節々からありとあらゆる類の自信が滲み出ている。まるで本当に殺される事はないと信じて疑わないように。

「景夜のニオイ…………心が落ち着くわ。まだお風呂に入っていないから男のニオイが強いけれど、それがいいの。包まれてるみたい……」

「だ、大分疲れてるんだな。俺のニオイにそんな興奮するなんて」

「癒されてるのよ」

「息が荒いけど」

 こんなに甘えたがりの詠奈なんて初めての事だからどうしていいか分からない気持ちもある。今の所要求には全部従っているけれどまだまだ不足らしい。艶っぽい吐息混じりの声は男性の本能を擽る。身体に触る指に力が入って、詠奈を組み伏せるようにベッドを押し潰す。

「…………ん、はぁ。景夜……好き……しゅき……しゅきぃ……」

「俺も大好きだよ詠奈。疲れてるお前をあんまり見たくないし、やっぱり寝た方がいいって。今度はもう起こさない。夕食になるまでは。今日はもうゆっくりしよう。お疲れ様」

「…………愛…………し…………」

 

 詠奈は再び眠りの世界へと落ちてしまった。


「…………ふぅ」

 このまま彼女が起きるまで隣に居るのもいいけど、外の様子が気になる。少し寝顔を見ていたが最早起きる様子はないので放置してもよさそうだ。それにしても一糸纏わぬ姿である彼女をそのまま寝かせておくのは忍びなかったので上から布団をかけて、最後に頭を撫でる。

「ちょっと行ってくるよ。お休み」

 部屋を出て玄関ホールまで降りてくると、聖がホールの掃除をしている所に遭遇した。メイド服に変わった汚れはないが、床にはそこかしこに血痕が残っている。

「景夜さん。詠奈様はどうなされましたか?」

「寝てるよ。学校でのやり取りも含めてよっぽど疲れたんだな。今日来てた人はもう……処分したのか?」

「はい。お気づきかと思いますが多くの使用人が地下へ出払っています。掃除の為ですね。私は姉さんに来る必要はないと言われたのでここの掃除をしています」

「そっか。じゃあ手伝うよ。処分された死体の取り扱いなんて心得ないから迷惑掛けそうだけどこれは単なる汚れだからさ」

 物置からモップを持ってきて、血痕を見つけ次第擦ってみる。何があったかは知らないしあまり知りたくもない。俺は詠奈の傍にいるだけだ。今回の出来事もやはり俺の興味をそそった。彼女が権力者な事はもう明らかだとして、そこまでの権力がどうしてあるのか。

「聖。詠奈にひれ伏してたあの男の人達って誰か知ってるか?」

「あれは……過激派政党の方ですね。お金持ちから徴収すれば貧困は解決出来るっていうのが口癖の……私と姉さんが詠奈様に買われる前から党首だったので覚えています。禿げてるからですけど」

「…………支持率は?」

「あまり良くなかったと思いますけど……でも大人の世代には結構考え方が浸透しているイメージです。でもこの話は続けるだけ無駄だと思います。ついさっき解散等届が受理されましたってニュースが」



「はッ?」



 警察に引き渡されたと聞いていたのに、話が違う。政党とはそんな簡単に解体されていいモノなのだろうか。

「私の部屋でニュース見てもいいですよ。テレビで特集組まれてます。党関係者が関与してた不正や犯罪が次々明るみに出てちょっとした騒ぎになってるので」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。このタイミングでそれは都合よすぎないか? それって」

「詠奈様のお力ですね。友里ヱさんが文書を関係各所に送付したからこうなりました。党代表者の家宅捜索等も行われているそうですが、家宅捜索とは名ばかりの家財押収ですね。恐らくあの人の肩を持った関係者にも被害が及ぼうとしているので直ぐにでも手を切られるでしょう」

 財産は没収され、既得権益の根っことなる政党は解体され、交友関係は全て断ち切られる。彼らには命以外の何が残るのだろう。立場が足元から崩れるどころか表舞台に二度と上がれないよう徹底的に磨り潰されている。

「そこまで……か。でも何もかも奪うならやけっぱちになって詠奈の存在をばらすとか……」

「それは―――私にも良く分かりません。過去王奉院が似たような行いをした事実はございますが……ただの一人、一団体もそのような行為には出なかった。もしくは出られなかったので」

 

 

 














「やっぱお前すげえよ。人様死んだってのに何事もなく庭で運動とか」

「体育祭が近いんですよ。今更運動やめるなんて嫌です」

 詠奈の情報は目の前で振るわれる強権も含めて少しずつ集まってきたが決定的な事は何も分からない。図書館で歴史について調べれば少しは分かったりするのだろうか。

 そう言えばこの屋敷にも書庫があるから、そこで調べれば何か見つかるかもしれない。ただ書庫は詠奈が水絹千癒みなぎぬちゆに管理を任せているので彼女の許可がないと入れない。彼女は殆どの時間を寝ているからまず起きている所に鉢合わせないといけないので骨が折れそうだ。気長に狙おう。

「……っていうかコックさんはいいんですか? 夕食も近いしそろそろ下準備とか」

「そういうのは厨房に入ってくれる子が済ませてんだろ。それに今日はもういいんだ。彩夏ちゃんの専門分野っつうか……目の前で握るっつって聞かねえから休ませてもらってんだよ。お前もこんなジジイが夕食の場に居る寄り別嬪さんが居た方がいいだろ? お?」

「握る……お寿司ですか?」

「ま、そういうこった。疲労回復の料理も考えたそうなんだが、身体的な疲れというより精神的な疲れだから食べる手間を省いた方がいいだろうって考えなんだろうよ。俺はこのまま煙草吸って寝るぜ。お前もあんまりハリキリすぎて筋肉痛なんてやめろよ? 後で止めなかった俺の責任とか言われても困る。死ぬのは痛えからな」

「大丈夫ですよこれくらい。毎日みんなの手伝いしてるし。疲労回復みたいなのは、出来れば体育祭の昼休憩とかで……あ、でもみんなは来れないか。流石に多いし、みんな美人だから目立つし。っていうか女性ばっかりの所に行くのは気が引けるし」

「……あんま突っ込まねえつもりだったけどその女共と一緒に風呂入ってる奴が言う言葉じゃねえぞ。お嬢とは毎日一緒だし、何してるかは聞かねえけど。残念……いや、喜ばしいのか。全員お前のカッコイイ姿見たさに来るって言ってるぞ」

「え…………え!? ま、マジで言ってます?」



「あっちのランドリーで働く子らも行きたいって言って色々話し合ってんぞ。俺が教えたって事はくれぐれも内緒な? 一応、突然来られたら驚くだろうから同じ男として教えといてやっただけだ」

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