表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/175

後生大事や金欲しや死んでも命のあるように

「コックさん。こんな所で会うなんて珍しいですね。厨房では何度か会ってますけど」

「おう。絶賛追い出され中だ」

 コックの名は薪野創玄まきのそうげん。俺よりずっと前から詠奈の所に居るだろうけれど、俺は彼を知っている。買った理由も見当がつく。俺が詠奈と出会う前から彼はテレビに天才料理人として持て囃されており、そのあまりの料理の技術は『美味しさで昇天する』とも言われる程だった。その腕前は三ツ星をつけられるレストランでいかんなく発揮され幾度も特集を組まれる程の人気だったが、ある政治家が彼の料理を食べた後に『他の料理が全て不味くなって食べられない』などと言い出してから様子が急変。間もなくその政治家は自殺してしまった。

 彼は本当に美味しさで人を殺してしまったのだ。

 日に日に不安定になる政治家の音声データ、人死にが出て不謹慎だがこの上なくネタになりそうな題材。マスコミはこれを見逃さず、掌を返したように彼を叩いた。美味しさで人が死ぬなんてそんなバカな話はない、現に俺や詠奈は死んでいないだろう。

 だが『料理を食べた後に自殺した人が居た』事は事実。天才料理人は職を追われ、そこを詠奈に買われたのだろう。煙草を吸っているのはトラウマが消えないからだと最初に話した時教えてくれた。舌を濁らせないとまた人を殺すかも、と。

「追い出され中ってどういう事ですか?」

「お嬢が居ない間に面倒が起こったって事よ。屋敷の中に入んのはオススメしねえぞ、ジジイからの忠告は聞くもんだ。重苦しくてたまんねえからな」

 四十路はジジイを自称する程の年齢だろうかと思いつつ、頭髪のそこかしこに見える白髪を見ていると言い返せない。この人は見た目以上に老けて見える。

「……何があったんですか?」

「国民平等会って知ってるか? テレビで結構目立ってんだが」

「いや……そもそも詠奈の部屋にはテレビないし」

「は? テレビないのにどうやっていつも過ごしてんだよ!」

「詠奈と喋ってるだけですけど……」

 好きな子とお喋り出来る時間は何より尊いし一瞬で時間を過ぎ去らせてしまう。テレビなんてなくても別にいいんだとここに来てから考えが変わった。詠奈と話さなくても、メイドのお手伝いをしたり、暇を持て余してる人と話してれば時間はどうしても経過する。

「……まああれだな。政府は国民に信用されたければありとあらゆる秘密を開示せよ―って騒いでる連中だ。国民が全ての情報を握られてるなら政府も全ての情報を握らせるべき? 民間団体っていう体裁だがそいつらがどんなにやらかしても一向に報道されないもんで、あからさまにお偉いさんが後ろについてる感じの団体だな」

「はあ。それが来たんですか?」

「お嬢を訪ねに来たんじゃねえぞ、買い物帰りの友里ヱちゃんが絡まれたんだ。どうもお嬢の素性を知っているよりかは土地が豪華なもんで目をつけられたんだな。無視してたら道を塞いできたらしいんでいざ話を聞いてみたら―――これが間違いだった」

 他人事だからか創玄さんはとても楽しそうに話している。煙草は灰皿を見るにもう三本目か。詠奈に吸わせたくないから多少距離を取っているけれど気にも留めない。

「………………んん…………」

「活動支援を要求してきたんだよ。国民平等会なんて名ばかりの無法集団だからな。金持ちが金持ちなのは政府の重要な秘密を握っておりその口止め料で金持ちになってると信じ込んでやがる。それを白日の下に晒されたくなかったら俺達に支援しろってよ」

「友里ヱさんに言ってもそんな権力ないと思いますよ。後、お偉いさんが居るなら別に活動支援なんて要らないんじゃ」

「ま、庇うにも限度があったんだろうな。そうでなくてもよ、お金は貰えるなら別に幾らでも貰いてえだろ」

「まあ……そうですね」

 詠奈の傍に居るとそんな感覚も次第に理解しがたいモノになってくる。自分でも昔に比べたら金銭感覚がどうかしていると思う。今はお金が無尽蔵にあるけれど、そうでない人間は確かに、貰えるなら欲しいのか。

「友里ヱちゃんにそんな権力がねえのはその通り。それでも無視して帰ろうとしたら山に火をつけるっぽい事をそれとなく言ったらしくてな。キレた友里ヱちゃんが招き入れて全員拉致しちまった。他の子も事情を知って平等会の裏に控えてるお偉いさんに電話を掛けたら大慌て。お嬢が帰ってくる少し前にこっち来て、今は執務室って所に居るらしいぜ」

「執務室……」

 俺も行った事がないけれど、場所は分かる。普段の生活で足を運ばない且つ詠奈の権力が分かる場所。要するに四階だ。日常生活は一階から三階で完結しているから行く事がない。

「でもそれならコックさんとは何の関係もないですよね」

「や、処分の準備を始めてるっぽいからな。妙な薬品がくせえのなんの。だから追い出されてやってるんだ。おめえにも悪い事は言わねえから入らない方が良いって言いたかったんだが……お嬢起こすのは不味いか?」

 所謂お姫様の状態で抱えられる詠奈は気持ちよさそうに寝息を立てており起こすのは忍びない。でもそんな状況になっているなら起こさないと他の子に迷惑が掛かりそうだ。

「…………面倒ですね。体育祭近いから今日も軽く運動しようかなって思ってたのに」

「その程度しか思わないのはすげえな」

「だって俺には関係のない事ですし。それよりも体育祭で詠奈に格好いい所見せられるかどうかって方が心配ですよ。詠奈を何処で起こしたらいいかな」

「目覚めのキスでもしちまえよ。俺は気にしねえからさ」

「うーん。まあでもそれくらいしかないですよね……」

 噴水の縁に座って、抱えていた詠奈を膝に乗せる。身体を曲げてゆっくりと、静かに唇を重ねた。
















「王奉院詠奈様、この度は私共が後援する団体がご迷惑をおかけしまして誠に―――」

「…………」

 愛想が悪いのは詠奈の数少ない欠点なのかもしれないけれど、それにしたってこの場に居る全員を睨みつけるような目つきは初めて見た。ついでに執務室に入ったのも初めてだ。

 部屋の両側面の本棚には様々なジャンルの本がある。経済、金融、支配者の歴史、心理学。中央には革からして高級そうな長いソファが二つあって、最奥には代々王奉院が受け継いできたとされる金と銀の錫杖、そして表面に硝子コーティングをされた机。俺と被害者の友里ヱさんを隣に置き、この家の主である詠奈は腕を組んで今にも土下座をする勢いの禿げた男性二人を見下ろしている。

「……謝罪をしに来たと聞いたけど、言葉一つで済ませるつもりかしら。貴方がたは自分の父や母に何も聞いていないの?」

「い、いえいえ! そんなつもりは! 詠奈様の納得の行く金額を補償したいと思っております。ですから今回の件はなにとぞ不問に―――」

「私共から改めて指導しておきますので! なにとぞ! なにとぞ!」



「三百億」



 詠奈は命乞いのような言い分を遮断するように珍しく大声で言い切った。

「もしくは彼らをこちらで処分させるか。選ばせてあげる。どちらも嫌というなら別に構わないわ。今日は帰っても大丈夫。その代わり、明日から執務をしないといけなくなるわね」

「そ、それだけはお許しください! 詠奈様はどうかこれからも執務をなさらないようお願い申し上げます! これは私共だけではなく国の総意なのです!」

「お言葉ですが王奉院詠奈様、我が国は民主主義を掲げております。故に―――」

「ああ。もういいわ。そんなキレイゴトは聞き飽きちゃった。要するに自分に都合の悪い事はしてほしくないだけでしょう。せっかく選ばせてあげたのに興が冷めたわ。友里ヱ、二人を拘束して。警察に引き渡すから」

「もち、承知しましたー!」

「それと獅遠に処分の事を伝えて。何をしても赦すわ」


「「な、何を! 私共はただ―――」」


「ただのガキだからって甘く見過ぎよ。何が国の総意? 主語を大きくするのはやめて頂戴。王奉院わたしたちの力を借りておいてそんな言い草が通用すると思って? ……そんなに立場にしがみついているのにどうして強気になれたのかしら。両親の苦労もこれで水の泡ね。残念」

 執務室から男性二人が手錠をかけられた状態で追い出される。友里ヱさんが出て行って、ここには俺と二人きり。詠奈は椅子から立ち上がると溜め息をついて俺に抱きついた。

「景夜。今日は沢山疲れたわ。癒して頂戴」

「詠奈…………」




「貴方の事しか考えられなくなるくらいぐちゃぐちゃにして。もう……今日はもう、散々」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 下っ端の下っ端が親分知らずに喧嘩吹っ掛けたってことかぁ…… ヘトヘトのところに大事ではないけど普通にめんどくさい案件ぶちこまれるのはしんどい()
[一言] んー、この国は王奉院家の代理が運営してるってことなのかな? 何か理由はあるんだろうけどややこしい政治してるな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ