金的を射当てる難しき事
俺の身体は大層正直というか、欲求に素直なご主人様が居ると所有物にも影響が及ぶというか。チアガールという単語を聞いた途端に身のこなしは軽くなり、感じていた倦怠感も一気に吹き飛んでしまった。理由の大半は下心に間違いなかったが残り少しは純粋な興味だ。彩夏さんとかならいざ知らず、あの詠奈がチアガールなんて想像出来ない。「頑張れ! 頑張れ!」と応援してくれるのか?
その性格からは微塵も繋がらない恰好を見たくないかと言えば嘘になる。しかもスカートの下にズボンをはくなんて野暮な事は言わないとまで念を押されたら頑張らない訳にはいかない(下着どころか何も履かなくても気にしないらしいが俺が自重した)。
「景夜君は意外と力持ちなのね」
「こんなの全然何でもないよ! 家でいつも手伝ってるし!」
実際ランドリーの手伝いが一番体力を消耗している。それに比べたら大した事がない。遅れても誰にも……いや厳密には明日の負担が増えるけど、それはどうでもいいし。
それにしても詠奈に惹かれてくれたお陰で男子二人もサボらず作業を続けてくれるようになったのは僥倖だった。三年の女子だけはいよいよ携帯で彼氏らしき人物と話しているが、あれはもう放っておいても良いと思う。邪魔してくる訳でもないし。
「…………あ」
「ん?」
しかしそう良い事ばかりで終わる一日ではない。季節が季節だから雲が多いのは仕方のない事として、雨が降り出したのだ。
「天気予報って確か曇り止まりだったよな。外れたのか」
「予報という物は確定した情報ではないから。外れる事もあるでしょう。当日晴れなら問題ないわ」
とはいえ雨だと作業は出来ない……いや厳密には出来るが濡れて風邪でも引いたら最悪だ。もしかしたら雨が止むかもしれないという可能性にかけて全員で体育倉庫へと避難。運動部の奴等はこんな天候でも大会が近いなら走るとか走らないとか。やっぱり部活は厳しそうで苦手だ。
「や、やっぱりこうなるのか……」
鹿野崎と呼ばれる後輩が呟いた一言に真っ先に反応したのは詠奈だ。だが声を掛ける気にはならなかったようなので、代わりに俺が拾っておく。
「やっぱりってどういう事? 予報が外れるって分かってたのか?」
「お、俺が何かイベントに参加するといつもこうなんだ。去年は休んでたら晴れだっただろ? ああやっぱり……」
「あー……雨男みたいな?」
「違う、政府の陰謀だ!」
話の流れが突然おかしくなってしまった。一体予報が外れた雨が降る事の何処に陰謀要素があるのだろう。宗山はこれに関しては完全無視を決め込んでおり、いつもこんな様子である事が窺える。
「聞いた事あるだろ! 政府は雨の中にナノマシンを仕込んで国民の体内へ入れさせるんだ。そうして身体の中に入ったナノマシンで国民を操作して思うがままに操るんだよ! ニュースを見てるだろ、色んな所で不祥事や悪事が明るみに出てるのに誰も関心を持たないのは何故だ!」
「ああこいつ、雨が降るとこんな感じだから」
「……」
政府の陰謀と言われたら詠奈の方向を見るしかない。法律も組織もありとあらゆる垣根を超えて自分の意のままに動かせる人間。王奉院詠奈は陰謀と言われて何を思う。
無愛想なので判別出来ない。
聞いてしまった者の責任か、最期まで付き合うとしようか。
「えっと……それとこれと何の関係があるのか分からない。まずそういう話が本当にあったとして、どうしてお前がそれを知ってるんだ?」
「俺と母さんは目覚めたんだ。政府は国民に真実を気づかせたくない! だからこうしてイベントの度に雨を降らせて洗脳しようとする!」
…………?????
思考回路がどうしても理解出来ない。
そんなバカな政府が居てたまるかという話は置いておくべきだろうか。いいや敢えて言及しよう。真実を気づかせたくないなら政府が行うべきはそんなちゃちな嫌がらせではなく皆殺しであり、それを秘密裏に隠蔽すれば後はそれでおしまいだ。丁度詠奈が支倉を処分した時のようにやればいい。誰も気づかない。
「天気予報は政府が今日はどんな天気にするかを決めてるに過ぎないんだ! でも俺が体育祭に出るって掴んだからきっと急遽雨にして……」
自分中心に世界が回っていると言えばいいのだろうか。大きなスケールの敵に対してあまりにもやる規模が小さすぎる。宗山は遂に堪えきれなくて吹き出していたが、鹿野崎は気にしていない。彼の身体は既に操られていて手遅れなのだと。
それでも気が合うから多少の年齢差も気にせず友達になっているだけで、信じてくれないのは仕方ないのだとか何とか。
「…………迎えを呼ぼうかしら。景夜君、ちょっと」
詠奈は体育倉庫からは出たものの雨に当たらないように屋根伝いに外周へ回る。何となく呼ばれた気がしたので付いて行くと、携帯を手に電話をかけている所だった。俺の存在に気づくと、わざとスピーカーにしてくれる。
「迎えなんてここに呼んでいいのか? 流石にあの車はまずいんじゃ……」
「あそこを抜け出す為の建前よ。景夜君、さっきの話だけど、彼はどうも信じ込んでいるのね」
「え? …………ああ。でも違うんだろ。そんな事する意味ないし」
「そうね。する意味がない……というか言う事を聞かせるだけなら他に幾らでも手段があるし。雨に溶け込むナノマシンをばら撒くなんて費用もどれだけ嵩むやら……でも中々面白い世界観よ。退屈しのぎに付き合ってあげる」
携帯が、繋がった。
『もしもし、エーナね? 電話なんて不便だけど、これが文明だから仕方ないのよね』
『ねえ。私の住む地域に雨が降ってしまったようなの。このままだと体育祭も雨天延期か中止になってしまうかも……予報ではそうはなっていないけど当てにしていないから、貴方の方で雲を晴らしておいてくれる?』
『……今度は私に何をくれるの?』
『……新婚旅行の費用をすべて負担するわ。貴方には足りないと思うけど、これは国からのお願いでも何でもなく、雌としての依頼よ』
『ふーん。エーナも一途なのね!』
電話が切れて、詠奈は珍しく胸をなでおろしたように息を吐いた。
「じょ、女性の声が聞こえたけど……誰に電話してたんだ? 買った誰かか?」
「何も全てを買うばかりではないと何処かで言った筈よ。それに、あれを全て買おうとするのは気が引けるわ。ちょっと高いから……」
「高い……って」
上を見上げると、不可思議な現象が起きていた。
雲が真っ二つに割れたかと思うと、虚空に吸い込まれるように消え去ってしまったのだ。積乱雲のような厚みも関係ない。そうある事が正しいかのように雲は去り、隠れていた太陽が姿を現した。
「…………そ、そりゃ高いか。天候兵器使わせたよなどう見ても…………え、本当に天候操作出来るのか!?」
「景夜君のかっこいい姿が見られるのに、こんなくだらない事で体育祭を中止にしたくないの。それに今の光景を見れば陰謀論の彼はどんな反応をするかしら。ちょっと、見てきてくれる?」
何処に本音と建前があるのか分からないが、『友達』でも主従関係は継続中だ。体育倉庫の方に戻ってくると、鹿野崎も宗山も、はては携帯で彼氏と話していた三年生の女子も。目の前の出来事にどう理解したらいいか分かっていない様子。
「うっそ…………」
「お、俺が気づいた事に政府も気付いたんだ! 隠蔽の為に……見ただろ! 雨は人工的なんだよ! いいや天気なんてものは全て政府の手による創作だ! 雷は何処に落ちてると思う? 反逆者の粛清の為に―――」
「一年、さっきからうるさいんですけど。雨止んだなら私帰るねー。どうせ働いてないし―。そんじゃ後はよろしく後輩共ー」
三年女子が帰るのと入れ違いになって詠奈が何食わぬ顔で戻ってくる。
「無事に晴れてくれたようだし、作業を続けましょうか。景夜君、紙を見せてくれる?」
「あ、ああ……」
「みんな、早く目を覚ました方が良い! 政府が何故ここまで大掛かりな事をするか! それはこの世界を裏で操る恐怖の大王が居るからだ! そいつは一人で国を操って―――」
「…………それはあながち間違ってなさそうだな、詠奈?」
「的外れよ。言ったでしょう、私は執務をしないようにしているって。君と一緒に堕落した生活を送れるならそれで満足よ。みんな、私には動いてほしくないようだから」
明日は早めに投稿