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金銀は回り持ち

新章です。

「今年も体育祭の時期がやってきたぜええええ! 詠奈、見ててくれよな、俺のかっこいい姿を!」

「…………」

 体育祭。建前はどうでもいい、身体能力の高い奴が活躍する行事だ。彼氏彼女が居るなら良い所を見せるチャンスであり、小学校の頃のような足の速い奴が正義みたいな風潮こそ薄まったものの、やはり身体能力が高いに越した事はない。女子からのウケがイマイチでも同じ男子のウケが悪くなる事はまずない。アイツはスゲーと一目置かれるようになればその後の学校生活でもしかしたら得をするかもしれない。

「……俺も運動はどっちかって言うと好きだけど、設営は面倒だな」

「マジそれな! 勝手に設営されてたりしたらいいんだけどな~」

「門とかやたら重いよな。発泡スチロールとかにしてくれっていっつも思ってるわ!」

 戯言の一種なのでどうか聞き流してほしい。詠奈に頼めばやってくれると思うが、十中八九お金を要求されるのでクラスメイトも流石にここで頼ろうとはしない。彼女が何かを買う値段に対してこれらの協力は破格の安さであるものの、万を超えれば多くの人間にとっては高い買い物になる。

 別に払わなくても詠奈個人はきちんと協力してくれるし、払う道理が何処にもない訳だ。設営の不満が漏れたのを皮切りに女子も男子も口々に設営が面倒だと担任に訴えている。でもどんなに訴えた所で通る事はないだろう。代々そういうルールの下でやってきているのに今更変わるとは思えない。



「―――分かった。設営はお前等も部活忙しいだろうからな。やらなくていいってのは無理だが、設営自体を前倒しにしよう。それで、お前らが入るのは明日からでいい。今日からやる奴は各学年の帰宅部って事にする!」



「…………え?」

 拍手喝采、人類大勝利。そう思わせるような歓喜の声に包まれて、一人俺だけが困惑していた。面倒でもやるつもりだったけど、それは話が違うような。

「お? お? お? お? うちの帰宅部と言えば~景夜! ざまあ~!」

「部活入ってねーからだよバーカ!」

「いやあ悪いな! 俺等が楽する為に精々頑張れな! な!」

「……厄日だなあ」

 部活動に入らなかった事がこんな弊害を生むとは思わなかった。去年はこんな要求通らなかったのだから思う方がおかしいのだ。かといって部活動には入りたくない。詠奈と過ごす時間が減るだろうし……高校の部活動は温くない。程度の差はあれど何処も厳しい指導をしている。特に運動部は実績もあるから厳しい。

 甘えていると分かっているけど、厳しい指導は苦手だ。多分昔の自分に戻ってしまう。言われるがまま従い自分の意思を持たず、決して何も疑わない自分。そういう意味でも部活には入りたくない。他に理由があるとすれば詠奈を好きな奴が居た場合に話が面倒になる可能性を嫌がっているとか。入らない理由は考えるだけで無限に出てくる。

「まあ……運の尽きだと思ってやるけどさ。俺以外の帰宅部って言うとどれくらいいるんですか? 三年生が沢山居てくれると嬉しいんですけど」

「一年の方は二名、二年はお前含めて三名、三年は一名って所だな」

「うわきつ……」

六人で設営がどれだけ出来るのかは未知数だ。恐らく設営時間は部活が終わる時間と同じくらいだし、普段それくらいまで残らないからストレスが……屋敷でメイドの手伝いをするのとは訳が違う。あれは俺の自由意思だし、疲れてると思うならサンルームで夕食までのんびり過ごしていればいい。

 授業の終わり際五分を使って告げられた情報は俺にとって最悪であり、体育祭は途端に憂鬱な物のように感じられてきた。勝つも一興負けるも一興、でも単なる準備は面倒くさい。

「…………待ってください。その代わり応援団に俺を入れるのはやめて欲しいです。あれって有志という名の強制くじ引きですよね」

「分かった。お前を抜きにして行う」

 不公平だ、と嘆く声が飛び交うが何が不公平だ。設営の分の手間を請け負っているのだからこれがフェアだ。応援団なんて御免被る。大声を出すこと自体がまず慣れていないのに。

「…………それじゃあ私も抜いてくれますね」

「ん?」

 詠奈は手を挙げて、少し首を傾げるように言った。



「帰宅部とは部活動に所属していない事を揶揄した言葉ですよね。それなら私も帰宅部です。景夜君と一緒に頑張りますね」





「不公平だーーーーーーーーーー!」
















 先生の言った帰宅部三名の内二名は俺と詠奈だ。先生も最初からこの六人で全て終わらせられるとは思っていないからやれる所まででいいと言ってくれたが、だからって教師が誰も監督していないのはどうかと思う。常に居るというよりたまに様子を見に来るつもりなのかもしれない。

 現に集まった帰宅部はまるでやる気を感じられなかった。特に三年唯一の帰宅部である女子先輩は最初から携帯を弄っている始末。

「指示がないのね、意外だわ」

「一応この紙を見て設営しろって事らしいよ……髪大丈夫か? もうちょっと短くするように縛った方が良かった?」

 元々の髪の毛が長いから髪を縛っても大して短くならない。ポニーテールというにはあまりに長く、手で持って振るったらそれはもう鞭だ。着替えるのが面倒だったが制服が汚れるのも嫌だったので二人して体操服に着替えてきた。やる気のない三人を差し置いて二人で紙を見ていると、足音が近づいてくる。

「か、彼女?」

「あん?」

 どうしてみんな詠奈じゃなくてまず俺に話しかけるのだろう。近寄りがたい雰囲気は確かに出ているけど、だからって声を掛けるのも躊躇われる程じゃない。振り返ると見覚えのない顔が二つ。男子が二人。話しかけてきたのは坊主頭の方だ。目が髪に隠れるほど髪の長い男子の方は露骨に人見知りをしているというか、最早怯えているから違う。

「いや、友達だけど。何?」

「こ、こんな可愛い子が帰宅部なんて嘘だろ! お、お前あれだろ、沙桐景夜だろ。逮捕されたアイツ……アイツに付き纏われてた!」

「佐山な。そうだけど、そっちは?」

「お、俺は宗山総次むなやまそうじ! こっちは鹿野崎栄太かのざきえいた帰宅部の先輩後輩って事で仲良くさせてもらってるんだけど。良かったらお前等も帰宅部同盟に入らないか!?」

「私は同盟なら間に合ってるからいいわ」

「俺も……興味ないっていうか。帰宅部って部活じゃないし。入るも何もここに居るなら全員そうだろ」

「いや、そこを何とか……!」

 二人は……というか宗山は俺に話しかけているが、その視線は詠奈の方を向いている。しゃがみこんで胸のボリュームが強調されているせいだろうか。それとも体操服の生地からわずかに黒いブラジャーが透けているから? いずれにせよ二人は顔と胸を見て鼻の下を伸ばしている。

 女性はそういう目線に敏感だという話は真実だ。詠奈に限らず屋敷のメイドは全員俺の視線に気づいてしまう。だが男の俺も、話しかけられているのに視線があらぬ方向に向いているなら流石に気づける。

 詠奈目当てだ、と。

 一時だけ存在していた八束さんの事で質問攻めにあって苦労した時期もある。少なくとも二年の男子は目を引く様な女子が殆ど居ないと思っている証拠だ。可愛らしい女子なんてどのクラスにも一人や二人いると思うのだが、それはお眼鏡にかなわなかったと。

「景夜君。無駄話はそこまでにして設営を始めましょう。出来る所までね」

「ああ。そうだな。取り敢えずお前達も設営協力してくれよ。同盟とか関係なしに先生に怒られるぞ」

「お、おう! それじゃお前は遠くの作業をしててくれよ! 俺達はその子と―――」

「名前も知らない癖に馴れ馴れしいのだけれど」

 詠奈は俺の手を掴んでさっさと体育倉庫の方へと言ってしまう。

「椅子を用意出来ないしテントは明日用意すれば良いわ。門を作りに行きましょう」

 門と言っても学年が入場する入り口の目安程度だ。ほんの少し校庭に設置物が生まれる程度は何の障害にもならない。そもそも校庭を使うような部活は体育祭が近くなると練習場所を変えるからそこまで気にする必要もないのだが。

「詠奈、その…………ごめんな。いつもエッチな目で見て」

「君はもっと徹底して欲しいのだけど」

「いや……なんか傍から見ると醜いっていうか。ちょっとどうかと思ったからさ」

「だからってそう簡単に割り切れる君ではないでしょう。お風呂ではしたなく本能を漲らせている姿を毎日見ているから知っているわ」

「うっ…………」

 倉庫の中に入ると、詠奈は杭を持ち上げて俺に渡した。

「君以外の目線なんてどうでもいい。価値なきモノの視線に気を取られたら貧乏がうつってしまいそう。だから景夜君。ちゃんと私を守ってね。そうしたら……君の為にチアガールにでもなってあげようかしら」



 

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