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国家令嬢は価値なき俺を三億で  作者: 氷雨 ユータ
valueⅡ お金持ち
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金は良き召し使いなれど悪しき主なり

二章終わりです。

 佐山は学校に来ていなかった。須合に必要とされている事も知らずに襲われる可能性を考えておっかなびっくりまるでお化け屋敷でも歩いているような足取りになってしまった。八束さんが隣を歩いてくれていたから安心はしていたがやっぱり刃物を見ると足がすくむのが人間。それも自分に向けられる事が明白なら猶更だ。

「この場合は……どうなるんだろ」

「友里ヱから連絡を受けています。既に起床しているようですがまだ自宅を出てはいないようですね。傍受された電話によると家にずっと須合からの電話が掛かってきていたようで、今初めて対応に当たっているとの事」

「起こされたから事態を把握して……俺からお金を貰う為に佐山を頼りにいったのかな。寝起きで直ぐに行動に出来るのは凄いと思う。あと 八束さん。メイドが出ちゃってる」

「え、あ。…………つ、次の授業が終わったら昼休みだよ。良かったね」

 かなりぎこちない喋り方だけど、ハーフという事ならまだギリギリ言い訳出来るか。同じクラスに居るように見えるが休み時間には何処かへ消えて行ってしまう。当たり前だが八束さんの籍など用意されておらず、飽くまで制服のみだ。休み時間が過ぎて何処かの教室で授業を受けても「お前は誰だ?」と言われてしまう。

 だから授業の時間になれば消えるしかないのだが、誰も知らない美女が、休み時間にひょっこり俺の前に現れては何処かへと消えていく。さながら怪談を聞いているような現実にクラスメイトはどよめきを隠せない。


「あの子誰だよ! 紹介しろよ!」

「めっちゃ美人過ぎる! え、詠奈とちょっと悩むなー俺!」

「身長高いのって俺的にはナシだったけど、あそこまで高いとなんかいいよな」


 さっきは授業などおかまいなしに話しかけられて俺も巻き添えを食らった。友達っぽさをまるで理解出来ない八束さんに誰が何を吹き込んだのかは永遠の謎だが、よりにもよってあの長身美脚にミニスカートなどと犯罪的な組み合わせを提案した輩が居る。普段はクラシカルなメイド服を着ていて露出も少ないだけにこれは非常に新鮮で、男子の目ばかりか女子すらも悉く目を奪った。

 わざわざ髪もサイドテールに縛ってブレザーを腰に縛らせたのは誰だろう。俺の予想では多分友里ヱさんだ。メイクもちょっと違う気がする。具体的に何処がかは分からないが印象が違う。普段の彼女より幼く見えるだけだ。

「…………」

「景夜君?」

「いや、何でもないよ。うん。何でもないって」

 視線が気になるのは質問攻めにうんざりした経験が生まれたからか、それとも八束さんが他人に関心が無さすぎるのかどちらだ。詠奈はこの件にはまるで関与しようとしない。普段は本を過ごして休み時間をやり過ごしている。



「沙桐景夜ああああああああああああああああああああ!」


 休み時間もそろそろ終わる頃、八束さんも隠れる準備を始めようかどうかという時にアイツはやってきた。佐山明名。何と彼女は制服に着替える事もなく、寝間着のまま学校までやってきていた。俺の名前や所属場所を知っている筈はないと思いたかったが、体育倉庫に呼び出された時点でそれはない。その時の流れで雅鳴が漏らしても不思議ではないだろう。

 八束の存在は目立つだろうが佐山の目には入っていないようだ。というか彼女の目には俺しか入っていない。机の前に立つなりバンと机を叩き、目やにのついた目を血走らせて俺を睨みつけている。

「な、何!?」

 包丁の類は持っていない、本当に身の着のまま。手ぶらのまま。詠奈にお願いしたらあのお店に入店した事実も消せるだろうけど記憶まではどうにもならない。バラされたら高校生としての立場も危うくなるから、ここで一番困るのは道連れ上等精神。

 詠奈は大丈夫だと言ったけどそれは飽くまで合理的な分析だ。人間はいつまでも合理的に動ける訳じゃない。時には感情が先行する事もある。平静を装いつつも冷や冷やしていたし、手を掴まれた時はもう死んだかと思った。


 八束さんもカランビットナイフを袖から出しかけていたし。


「あ、りがとおおおおおおおおおおお!」

 結果から言ってしまえばそれは杞憂で。俺は呆気に取られたまま手をぶんぶんと勝手に振られている。

「私の恋のキューピッド! 最初来た時はマジでぶっ殺してやるつもりだったけど、そういう事だったのね! 私にお金をこれ以上払わせないようにしてくれたんだ! ありがと、ありがと、ありがと!」

「…………よ、良かったな? 何のことか、分からないけど」

「うんうん、そういう事でいいから! 私近いうちに退学する! 私を必要としてくれる人が居るから! アンタの事は絶対に忘れない! 結婚式にも呼ぶから! じゃあね!」

 恋は盲目と言うけれど、あれは究極だ。須合がどうやって一度は恋から覚めた筈の彼女を落としたかは分からない。惚れた弱味という奴なのか、それとも実は女性に対する詐欺は初めてじゃなくて、同じようなケースがあったから対応出来たのか。

 風のように去ってしまった佐山の足取りは羽のように軽く、忽ち吹き飛ばされるように姿を消した。クラスの誰も状況を理解出来ていない。詠奈だけは本を閉じて「言ったでしょう?」と言わんばかりにウィンクをして見せた。

 騒動に乗じて八束さんは出しかけた刃物をしまい、何事もなかったように教室から姿を晦ました。さしものクラスメイトもこの騒動に気を取られて八束さんどころではない。


 ―――幸運にも助けられたな。

 

 感謝されてしまったけれど、自分がおもちゃにされている自覚は最後までないようだ。申し訳ない気持ちはあるけれど、助け舟を出そうという気は一切起きない。それはむしろ楽しんでいる詠奈の気分に水を差すだけだ。だからどんな結末でも俺は助けないし、今更助けられない。

「……真実の愛、ね」

 制服の裏ポケットからかつて詠奈から貰った手帳を取り出す。特に何にも使っていないが、開いて最初のページには相合傘が。『えいな』と『けいや』の文字が書き込まれている。

「…………」

 真実の愛。

 俺と詠奈のそれが真実とは断言しない。俺達も佐山もお金が絡んだ関係である事は間違いないのだ。だから結末を見届けるのは……楽しみとか抜きにしても、見ておきたい。

 お金を使う詠奈と、互いに振り回される事になった佐山達。



 たったそれだけの違いが、どういう風に変えていくのかを。

















 屋上では二人の愛の行く末を見届ける上映会が始まっていた。二人が集まったのは駅前の広場で、ドローンが上空からその様子を撮影している。須合の方の鞄に盗聴器を仕掛けたらしいから、音声はそこから拾っている。音質はあまり良くないが二人の会話を聞くくらいなら造作もないし、それで十分だった。


『須合さん! 話って何? 私に大切な話があるって! 私は昨日の事気にしてないよ! だって須合さんから謝ってくれたし……ゆ、許すのが良い奥さんだもんね!』

『明名ちゃん。その……昨日お店に居たあの人とはどういう関係なのかなって思って。謝るって言っても適当に謝るのは簡単じゃないか。ちゃんとその辺りをハッキリさせて欲しくて』

『アイツは……私と同じ学校に居る奴だよ。学校じゃ彼女いないって空気出してたのになんか雰囲気おかしかった……あいつ未成年なのにあんな所来るとか信じらんない!』


「思ったより粘らなかったな。俺の情報を教えたら用済みになる事なんて分かってたと思うんだけど」

「そこまで打算的になれる様な子なら、こんな詐欺とも呼べないような手段には騙されないと思うけど」

「…………でも、お金で繋がってた縁なのにここにきて感情がどうとかってのは何だか行動原理として一貫してないよな。今じゃ佐山はお金を払って繋ぎ止めてた側だってのにさ」

「人が必ずしも合理的な選択をするとは限らないわ。例えば君の母親だって私からお金をもらい続ける選択肢もあった。でもあっさり君を手放した。それは全く合理的な判断ではないわ。親子にも人の相性という物はあるから致命的にかみ合わなかったのかもしれないけれど、それでも合理的というならお金を引き出すクレジットカードとして割り切るべきだった」

「それは……詠奈。お前の方からそれを言うって事は、そうと分かっていてもお金を出してたのか?」

「私は欲しい物があったらどれだけお金を積もうが自分の物にするわ。あの時は景夜君が欲しかった。欲しくて欲しくてたまらなかった。一生に一度の買い物よ。後にも先にも『好きな人』は現れないから。ロマンチストな事を言うなら、私はあの時運命を買ったの」

「…………お金を大切にって価値観はないのか?」

「お金は使って初めてお金としての価値になるのよ。だからいいの。幾ら払う事になっても今ここに君が居てくれるなら私はそれで」

「……詠奈様」

 


 映像の続きを見る。



 話している内に少し進んでしまい、二人は口論になっていた。


『嫌! そんな用事で私と会いたいって言ったの!? 大切な話があるって言ったじゃん!』

『十億だよ十億! それが貰えるかもしれないのは十分大切な話じゃないか! お店が爆発しちゃったんだよ! 十億あれば立て直せる!』

『十億なんて要らないでしょ! 須合さん社長なんだから直ぐ手に入るよ! ねえ……ほ、ほんとに? ほんとにその為に呼び出したの? お金持ちなんでしょ? 十億なんてなんでもないって言ってよ!』


「潮時ね」

 八束さんが水筒から注いだ珈琲を口につけながら詠奈は静かに呟いた。横顔から表情は窺いしれない。嘲笑っているようでも、悲しんでいる様にも見える。


『…………………いいから早く教えろよ! もう俺の会社は倒産したんだよ!』

『…………え』

『経営が悪かったんじゃない、勝手に倒産したんだ! そんな法律があったなんて知らなかった……ていうかあるのかよ!? とにかく、もうお金なんてない! 全部回収されたんだ! 社長社長ってうるさいんだよさっきから! じゃあ社長にまたなってやるから早くその子の居場所を教えろ! いいから!』

『………………………………』


 具体的な表情が見える程ドローンは近づけられないが、放心状態に陥っている事は何となく察せられる。どれだけ須合が演技をやめてまくし立てても彼女は押し黙ったままで、動こうともしない。


『嘘つき』


「こういうことわざがあるわ。百年の恋も一時に冷める。真実の愛という言葉に勝手に惑わされた彼女にはお似合いね」


『嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つきいいいいいいいいいいいいい!』


「まやかしの愛なんて存在しないもの。愛してしまったならそれが真実。愛していなくとも、それが真実」


 佐山は服の下に隠し持っていた包丁を取り出すと、衆人環視の中で須合へと飛びかかって―――身体に刃物が突き刺さる音。


『私が好ぎだっでいっだのにぃ! 愛じでるって! 卒業じだらげっこんずるっでえ!』


「残念だけど彼女が愛していたのはお金で……彼の事はそれほどでもなかったみたい。こんなに軽い愛の言葉も中々ないわね」

 残念そうに溜息を吐く詠奈の横で、壊れてしまった佐山の声と事件現場を中継するドローンの映像が流れる。



『須合ざんの嘘づぎいいいいいいいいやああああああああああああああああああああああああああああああああああああわだじは本当にずぎだっだのにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!』


 真実の愛とは鏡のよう。恋する自分を見て恋を知る。鏡にひび割れが入っても、その先の風景など見ようともしない。真実などと大仰な言葉が無様な現実を飾ってしまった。

「素晴らしい反面教師になったわ。真実の愛とやらが無残な最期を迎えた事は残念だけど、私も気をつけないとね。景夜君への愛は本物でなくちゃ」

「…………心配しなくても、それは本物だよ。偽物になる何てこともない筈だ。俺達の赤い糸は……とっくの昔に三億円が保証してくれたんだからさ」

 パソコンを閉じて詠奈の手に指を重ねる。彼女がくれた手帳を握らせて、微笑んでみた。








「いつだってお前は太陽だよ。友達だった時からずっと恋焦がれてる。いつも有難う詠奈。お前の為に俺は生きているんだ」

 

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