金は片行き王奉院
「は、はひ…………」
「身体の方はまだまだ元気そうだけど、これ以上は君の頭がおバカになってしまいそうね。盛った君に押し潰されたら一体どうなるのか気になる所ではあるけど、それは夏休みのお楽しみね…………ふふ」
「な、な、何もしません……しないよ……うう」
「あら、そう? みんな楽しみにしているのだけれど。私なんていつどんな場所でも……まあいいわ。景夜は明日どうするつもり?」
天蓋についたカーテンは閉じて、俺と詠奈の二人の時間。それぞれ一回は干渉をしたものの、二人の今後がどうなるかは全く読めない。眠るまでの一時、両手を繋ぎながら向かい合うように俺達は今後について話している。
「十億って言っちゃったから、持っていくしかないだろ……動かせない? 俺の価値じゃ」
「そういう訳ではないのだけれど、持っていく必要はないわ。カメラからずっと見ていたけれど、君は身元を明かした訳ではないでしょう? 普通お金を払わないで帰ろうとするなら、身元を明かすなり担保を用意させるのがああいうお店の手口なんだけど、お金に惑わされてうっかりしてたのね。だから十億は払わなくても良いわ」
「……? でも俺が行かないと話が動かないだろ。前金をポケットに入れてお終いじゃないか」
「明日の朝、人がいない頃を見計らって店内を爆破するから」
「爆…………はッ!?」
同音異義という概念がある。飛行、非行、罷工。同じ音で違う意味を持つという意味だ。何を言っているのか分からないと言いたくても爆破という言葉にそんな物はない。爆破は爆破。
「な、何の為にそんな事を?」
「お店が物理的に使えなくなればお店に行かない理由を考える必要はないわ。爆破は事件でも事故でも何でもいいけどマスコミに報道させる。ほら、こうすればそのニュースを見たという体で行かない理由が出来るわね」
無茶苦茶な権力にはもう突っ込まないつもりでいたけど、平然と誰かを動かして爆発物を用意するその発想は何処から来るのだろうと末恐ろしくなる。でも彼女にはなんでもない事なのだろう。殺人をしても咎められないのならもう何でもありだ。
「……あ、そっか。俺の十億がどうしても欲しいけど俺の身元が分からないから、須合は佐山を頼るしかないんだ。あれ、でも俺が未成年ってバレてた?」
「それはどちらでもいいでしょう? だって彼女が君と揉めていた事は事実なんだから。何故揉めていたのかを問い質せたら後は自ずと繋がってくる。これで彼女はもう一度彼と繋がる機会を得られるわ。情報を教えたらそれまでだから、どうするかは彼女次第」
「………………」
揉めていたのは事実と言うが、どちらかというと俺は彩夏さんの胸を……なんて事を考えている場合じゃない。最初から動きが仕組まれていたかのように鮮やかな手際じゃないか。俺はてっきり関係性を断ち切った事で恨みを買うと思っていたけれど、これなら佐山はそれどころじゃなくなる。
「学校で報復に怯えなくていいと思うと、ちょっと安心するな。何されるか分からないのは怖かったんだ。未成年があのお店に行った事とか道連れ覚悟で言われたらと思うと……」
「道連れしようにも難しいわね。彼女はお酒を飲んでしまったけど君はお金を見せびらかしただけだから。それにそこまでするとは考えにくい。幾ら報復でも、自分が愛する彼に会えなくなるのは嫌だと思うから」
心配しなくても、と言いつつ詠奈は俺を安心させるようにドレスの肩紐を片方脱いで、開けた谷間に顔を埋めさせた。
「君はこの先の人生、何を心配する必要もないわ。私が護ってあげるから不安にならないで頂戴。安心するなら幾らでも激しくしていいから」
「ぐむ………ち、因みに詠奈。お前は二人がどんな結末を迎えると思ってるんだ?」
「真実の愛とやらが本物なら幸せになると思うわ。そうでないなら……まあ、お楽しみね。君に危害を加えない限り私から何かするという事はないわ」
俺は、あまり良くない気配を感じていた。
十億の暴力で切れた縁が、佐山から見れば運命的な偶然によりもう一度繋がる。それはとてもロマンチックだけど、当の須合の懐には前金で払ったお金を持っているかどうかで、会社は倒産、現金は回収されてしまった。一文無しかどうかは分からないが、今では彼女が夢見たお金持ちからは程遠い男だ。そんな男に佐山はまだ愛を貫くのか、それとも冷めてしまうのか。
いやそもそも両親がどう思う。ここ最近の彼女の行動は目に余っている。特に学校での問題行動は伝わったのではないだろうか。真実の愛とやらが本物だったとしても幸せになるとは到底思えない。最低でも家族関係は失いそうだ。
「―――ふぁあ。そろそろ眠くなってきちゃった。でも最後にもう一つだけ。彩夏のを触った感想は?」
「…………き、気持ちよかった、です」
「そう。やっぱり君はケダモノなのね。それじゃあ私も襲われてしまうのかしら。もう片方の肩紐を外されたりして」
「し、しないよ」
「本当に?」
………………。
「お休みなさい景夜。愛してるわ」
「お、お休み詠奈。愛してるよ」
する、する、する。ばるん。
詠奈がいつ指示を出したのかは定かではないが、別に彼女が直接動かなくても八束さん辺りが動けば同じ事だ。この屋敷には俺と詠奈が足を運ぶ場所にテレビがない。朝食室の前までわざわざ運ばれてきたのは八束さんの私室にあるテレビだ。
カメラには爆破された建物が映し出されており、警察は事故と事件両方の線から捜査しているとの話。爆発原因も調査中らしいが結果が出る事はないだろう。出るとしたらそれは嘘だ。造るとしたらガスボンベがどうたらこうたら……それが一番自然か。
「佐山の方はどうなってるんだ?」
「友里ヱの方から連絡がないので、まだ接触されてはいないようです。この事故が起きたのは早朝四時の事。須合の家にも張り付かせていますが動きがないのでまだ起きていないのでしょう。寝耳に水という言葉も温いような衝撃の筈です。十億の見込みが消えたのですから」
「そう。二人が出会ったらすぐに中継をお願いね。こういうのは結末よりも過程が楽しみなの。一体どんな会話を繰り広げてくれるのか、想像するだけで楽しいわね」
「かしこまりました。しかし詠奈様。学校の方は……詠奈様はまだしも、景夜く……さんは休ませた方がよろしいのではないでしょうか」
「八束も心配なのね。私はもっと楽観しているけど、そこまで言うなら貴方もついてくる?」
「「え?」」
俺と八束さんの声が重なって、それでお互いを見つめ合ってしまう。今度こそ何を言っているのか分からない。詠奈は首を傾げて、それから手槌を打った。
「ああ、貴方はまだ行った事がなかったのね。学校にいつでも潜り込めるように人数分の制服は手配したでしょう? 着替えてきていいから、それで貴方も車に乗ればいいのよ。学校では私と彼はお友達という設定だからそこまで一緒には居られないけど、貴方は自由だから」
「いや、いやいや詠奈。それはおかしいよ。八束さんがうちの学校来たら目立つって。地毛が金髪だし、背滅茶苦茶高いし、美人だし。こんな子いたっけって絶対なると思う!」
「先生に話は通しておくから心配ないわ。それにさっきも言った通り私はそこまで心配していないの。ただ八束の気持ちを尊重してあげているだけ。景夜が嫌なら、この話はなかった事に」
八束さんと見つめ合う。座っていて、向こうは立っている。それだけでは片付けられない身長差から視線は山でも見上げるように高くなってしまう。
「や、八束さん…………いいんですか?」
「お任せください。たとえテロリストが校舎に籠城するような事があってもお守りします」
「もしそんな事が起きるようなら全員殺してしまって構わないわ」
思春期特有の全能感に支配された時の妄想を引き合いに出す八束さんと、それに対する真面目な回答をする詠奈。もう俺には何が何だか。だけど、恐れていたのは俺も同じだ。
「じゃ、じゃあ……お願いします。め、メイドっぽく振舞うのナシですよ。変な誤解を生んじゃうし、友達っぽくお願いしますね!?」
「友達っぽく………………?」
ピンと来ない様子の八束さんを横目に、詠奈は春を呼び出して指示を飛ばした。
「須合の家に警察を事情聴取という形で向かわせて起こしなさい。真っ黒い男だけど、楽しんでいる最中だから逮捕は駄目と伝えてね」
「かしこまりました! 私にお任せくださいませ!」
退屈を嫌う詠奈は、待ち時間を許せない。須合と佐山は飽きられるまで道化として踊る事を求められている。休む時間などない。フィナーレは近いのだから。