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国家令嬢は価値なき俺を三億で  作者: 氷雨 ユータ
valueⅡ お金持ち
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金の生る木は阿弥陀ほど

 恋人という概念は学生とは切っても切り離せない。いや、思春期にはどうしても気に留めてしまう通過点とも言おうか。世の中には色んな女の子が居て、その人間の趣味嗜好に合わせて目移りする事だろう。俺はそうなる前に……というか家庭の事情でそうはならなかったので、詠奈だけが傍に居た。だから恋人という概念を説明しようとするとどうしても頭の中に詠奈が出るし、彼女とシている事が真っ先に浮かんでくる。

 恋人としての演技を見破られない為にまずは形から入る必要がある。これは何処からどう見ても恋人だろうと思わせられたら成功だ。


 なのでわざわざ客引きの視線が届くところでキスをした。


「ん…………」

 いつもの癖で胸に手が伸びそうになるのを懸命に制止する。風呂場ならいざ知らず、ここは大衆の目線がある。身体は正直だし密着しているから彩夏さんに興奮が伝わっているしで割とどうしようもなく最悪な状況だが、今更気にしている場合か。気にしている場合だ。お互い裸を見た事があるなら興奮しないなんてそんなバカな話があるか。そんな風に平静を保てるなら一人になれる時間がないからって寝起きに詠奈を襲ったりしない。

 他の男子と違ってそういう本や動画を何処からも入手できない代わりに、洋館に居る女性を下心なしに見つめなかった日はない。これを辛さと言ったら怒られるどころでは済まないだろうけど、気になる女性に自分の興奮を知られてしまうのは想像以上に恥ずかしいものだ。

「そ、それじゃあ行こうか彩夏……良いお店を教えてもらったんだよね」

「はい。行きましょう!」

 わざと聞こえるように言ってあげる事で、俺達はカモだと認識させる。案の定客引きは俺達を無視してそれとなく道を開けてくれる。仕込みは上々、後は中に入るだけ。詠奈は恐らく店内カメラから様子を見てくれている筈。俺の行動は読めている? 読めなかった? どちらにしても楽しんでくれたらそれでいい。彼女の為なら道化にでもなろう。

 きっとその為なら、幾らお金を使っても気にしない筈だ。クレジットカードは使えないと思って現金を用意してきた。彩夏さんが手に下げる特注のアタッシュケースには二億が詰め込まれている。彼女が用意したというより俺が彼女に払った金額が使われただけだ。

 階段を下りて扉の前に立つ。ノブに手を掛けた所で彩夏さんから耳打ちが入った。

「聖から聞きましたよ~。車の中で詠奈様にした事。あれをすれば絶対に疑われませんね?」

「…………い、いいんですか? 俺は凄く恥ずかしいんです、けど」

「見せつけちゃってください、詠奈様にっ。後で怒られると思いますけど、その時は一緒に謝りましょうねっ」

「そ、それは……彩夏さんの価値に関わるんじゃ?」

「詠奈様がそんな事で価値を下げるような真似をするとでも? それは違いますよ沙桐君。独特な基準でも価値の査定はちゃんとしてます。貴方が後で真っ白になるくらい絞られるくらいで済むと思いますよ~?」

「それは……」

 明日の学校に関わるような、関わらない様な。でもここまで来たから引き返せない。



「おー言われてきた通り雰囲気の良さそうなお店だなー!」



 未成年が大人の女性を連れて入店すれば、視線の集中くらいあるだろう。だが俺が未成年かどうかは顔だけじゃ分からないだろうし、連れの女性の肩に手を回して指をわっしわっしと動かす光景はとてもじゃないが青少年らしい初心さの欠片もない。脇から手を入れるのはやりすぎたかもしれないが、この光景を見て誰が二人を恋人関係以外の何かを見出すだろう。

 彩夏さんは小さく声を漏らしながらも顔を赤らめたまま俺の手を離さない。店員が目の前にやってきて、恥ずかしそうに視線を逸らしながら俺達を空いた席まで案内してくれた。

「取り敢えずこのお店のお酒を出せるだけ出してください」

「は?」

 彩夏さんが持っていたアタッシュケースを開いて、二億円を見せつけると対応に当たっていた店員は顔を青くして「少々お待ちください!」と緊急避難。オーナーと思わしき男性が駆けつけてくると店内全体の視線が俺達の方へと向かうようになった。

 佐山は俺達とは随分離れた席で須合に振り向いてもらおうと頑張っている様子だが、その須合までもが俺達に気を取られており効果を発揮していない。

「二億あるんで、メニューにあるお酒を出せるだけお願いします」

「あ、あの。失礼ですがお客様は……」

「余計な詮索しないでください。こっちはお金払ってるんですけど。二億払ってるのに不満でもあるんですか?」

「い、いえ! ただいまお持ちいたします! それと机が足りそうもないのでそれもついでに!」

「お願いします」

 店でホストよろしく対応に当たっていた従業員の殆どが奥に出払ってしまう。残ったのはこんなぼったくりバーに入ってしまった客を引き止める最低限の人数と、誰からも引き止められていない佐山のみ。通路から離れた席という事もあって露骨にポツンと浮いている。愛する須合までもが行ってしまって状況を呑み込めていないようだ。

「いいお酒があるんだよ彩夏! 一緒に飲もう! 二人のこれからの未来に乾杯だ!」

「や~ん沙桐君ってば酔ってないのに何処触ってるの~? へんたーい!」

 大声で喋っていればいつかは気付いてくれる。佐山の視線が俺に向かったのを見た瞬間、視線を逸らして彩夏さんと唇を交わす。




「あーーーーーーーーーー! アンタなんでここに!」




「……なんか上手ですねっ。詠奈様のを毎日触ってるからですか?」

「お、お風呂は基本洗いっこだから……」

「……お望みなら、もっと激しく触ってもいいんですよ?」

「そ、それはせめてお風呂の中で……」

 佐山の声なんて本当に耳に入らないのではないかというくらい、焦るような会話を小声で繰り返す。これも一部作戦の内。気づいていないフリをする事で向こうから近づいてきてもらう作戦だ。

「ちょっと! アンタどういうつもりこんなお店に来て! 沙桐景夜!」

 手を掴まれて、名前を呼ばれた。これは気付かない訳にはいかない。

「…………あ、お前は佐山。百万円ってここに通う為に欲しかったのか?」

「違うわよ! ていうかアンタ未成年! こんなお店に通うのは駄目だから!」

「え? そんな事言いっこなしだろ。お前だってここにいるのに」

「私は違う目的だから! アンタみたいに女連れ回して酒飲むなんて……っていうか彼女居たの!? え!」

「どうも~沙桐君の彼女でーす♪ ぴーすぴーす~えへへへへ! 貴方は誰?」

「わ、私は……」

 俺の恋人を騙る手段は使えまい。それでは真実の愛とやらは永久に得られなくなる。佐山はお金をダシに付き合いたいのだから、俺を恋人にしてしまってはその席が埋まってしまう。

 答えに窮した視線の先に、二億円。

「―――このお金! 私に百万分けてよ!」

 許可を求めるような言い草とは裏腹に掠め取ろうとする盗人の動き。すかさずアタッシュケースを閉じて彼女の身体を押しのける。

「駄目だよ。今日は酒飲む日なんだから」

「どんなお酒なんだろうね~楽しみ~!」

「少しくらいいいでしょこんなにあるのに!」

「俺のお金だっ―――ぶふッ!」

 手を出すだろうとは思っていたけど、それが今だとは思わなかった。真正面から鼻を殴られたせいで鼻血が噴き出してしまう。暴力の飛び交う現場ともなると当然他の客も色めきだつようになり、視線はますますこちらへ。手を出した佐山が悪目立ちするも、彼女は頭に血が上って気付いていないようだった。

「言っとくけど渡さないアンタが悪いから! これは貰ってく!」

「やめ……ろ! 俺のお金だ! 泥棒! 泥棒だ泥棒!」

「うっさい! 私には百万円が必要なんだ!」

 予想外の動きはされたけれども、暴力には慣れている。母親に何度もされた事だ。わざと取っ組み合いの形を作って佐山の攻撃を甘んじて受けていると、裏手に戻っていた須合が帰還。状況を見るなり、佐山を突き飛ばして俺の前に片膝を突いた。


「もうっしわけございません! お客様大丈夫ですか! おい救急箱!」

「は、はい!」

「お金は私のだって殴られました。貴方、あの子の担当でしたよね。いつもこんな感じなんですか? ちょっとああいう人が居ると……幾らお店の雰囲気が良くてもお金払いたくないっていうか……」

「―――おい、そいつをつまみだせ!」


「え!? なんで!」


 須合にとって佐山は金づるとしての価値があったから関係は続いていた。一億円を持ってきたあの日、お金をこれからも払うから一緒に居て欲しいと言われたあの日。丁度いい金づるを見つけたと思っていただろう。

 そこに突然現れたそれ以上の金づる。気前よく二億も落としてくれるような顧客を傷つけるような安っぽい金づるには、もはや用などない。金の切れ目が縁の切れ目という奴だ。少なくともこの場でもう一度相手をしてもらうなら俺が用意した金額と同額かそれ以上を。

 百万すら工面出来なかった彼女には、不可能である。

「須合さん! 待って! 百万円あるの! やめてえええ!」

「何か言ってるけどいいんですか?」

「気になさらないで下さい。それよりもお客様、ご注文についてですが……」

「あ、それなんですけど。こんな血塗れの状態になっちゃうと酒飲む気分じゃなくなっちゃって。明日また来るんで、今日の所は帰ってもいいですか? ついでに貸し切りにしてくれたら十億、払います」

 前金で一千万円を机の上に置くと、須合とオーナーは二つ返事で了承してくれた。無知な客を二人か三人ひっかけるより俺の接待をした方が得になると判断したのだ。

「ねえ、大丈夫~?」

「大丈夫だよこれくらい。さ、今日はもう家に帰ろう。なんだか気分が壊れちゃったよ……」






















「随分、景気よく払うのね」

 家に帰ると、噴水の前のベンチに佇む詠奈の姿があった。さっきまでカメラから俺の挙動を見ていたと思われる。

「ご、ごめん詠奈! 俺が動かせる金額じゃない……かな。ああいえばタダで出られるだろうし、まだギリギリ二人を観察出来るって思ったんだけど」

「……幾ら使おうがお金が尽きる事はないわ。ただ君にしては思い切りが良いと思っただけ。てっきりあの子の方にフォーカスして男の方はさっさと取り締まらせるつもりなのかと思ったら、まだ延命するなんて意外ね」

「――――――た、楽しくなったかな」

 詠奈は音もなく立ち上がると、俺の手をゆっくり引いて体の近くへ。奪い返すようにしがみついて、唇を交わした。

「…………ええ、もう少しだけ楽しめそうで満足よ。凄いわ景夜。やっぱり干渉させて正解だった。本当に褒めてるのよ」

「お、怒ってないのか? その…………み、見てただろ。彩夏さんにさ。その……色々」

「怒る? 身体は正直だもの、仕方ないわ。今だってほら……私に触れてドキドキしてる。今日は疲れたでしょう? 夕食を終えたらすぐにお風呂へ入って休みましょうね。疲れなんて飛ばして、私の事しか考えられなくなるくらいトロトロにしてあげるから…………」

 

 

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