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国家令嬢は価値なき俺を三億で  作者: 氷雨 ユータ
Last value 私の価値
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国家令嬢は価値なき己を三億で

 初めて会った時、俺は恋に落ちた。

 その顔が、その立ち振る舞いが、あんまりにも美しかったから。

 

 手を繋ぐ夢を見た。


 何をする訳じゃない。家に帰る時間を遅らせているだけ。二人でブランコに乗っているだけ。そんな時間が幸せだった。片時も俺から目を離さず、寄り添うように手を重ねてくれる彼女を好きになった。褪せた世界は色づいて、仮に性を意識する時期が人類に備わっているのだとしたら、俺はその瞬間だった。


 一挙手一投足に見惚れてしまう。


 見れば見るだけ惚れ直す。それまでさっぱり気持ちの分からなかったクラスメイトの遠くの話も理解出来るようになった。詠奈は俺の全てだ。俺の最愛、俺の人生。俺の幸運、俺の価値。

 全てを失ってこの出会いがあるのなら、釣り合っているとさえ思う。見合わないとも思う。この世界に運命なんてものがあるのなら、運命の赤い糸が繋がっているのなら。


 運命の出会いとは、そういうものなのかもしれない。


 それは誰かが決めるものじゃない。それでもある日突然、脈絡もなく、前触れもなく、納得など行く筈もなくやってくる。全ては、そう。俺に関しては、そう。




 王奉院詠奈のみぞ知る。



















 目が覚めたら、横に最愛の人が座っていた。何度も泣き腫らした跡があって、流石に別人かと思うくらいすっかり顔が膨らんで。でも絶対に俺の手は放していないという気がした。

 肩を撃ち抜かれたが素早い処置のお陰で命に別状はなかったようだ。ただ諸々の疲労感から丸一日眠っていたとの話。詠奈は顔を洗ってきて、半狂乱の状態から少し落ち着いた。

「まだ痛む?」

「少し。ここはあれだけど、地下には病院みたいな設備があるだろ? 最高の医療を尽くせたなら大丈夫だよ」

 医務室のベッドはカーテンで仕切られており、外の様子は一切分からない。ただ隣には詠奈が居る。状況は当主でもある彼女が一番よく知っているだろう。


 曰く、戦争は終結した。


 山の火事も止めたし、あの人が連れてきた部隊はその死を以て全員投降。警察へと引き渡された。生活環境は滅茶苦茶になってしまったが、今は修復作業の真っ只中で時間はかかるが不可能ではないとの事。その証拠ではないが、すっかり荒れた庭はもうだいぶ元通りになったらしい。

「……死者はいないわ。何人か酷い怪我を負ったけど、その子達は地下の治療室に居る。流石に手が回らなくて色々な病院から人手を集めてきたわ。暫く余所者の出入りがあるけど、それは勘弁して。ここには私しか来ないから」

「…………私しか、来ないって。どういう事だ? 別に俺はトップシークレットの存在じゃないぞ。余所者くらい」

「―――君には話しておかないとね。ちょっと、ごめんなさい」

 詠奈はカーテンを全開に開けると、隣を見るように促した。





「ごきげんようっ」





「―――――――――」

 あの人が、座っていた。

「はあああああああああ!! あああああああああ…………!」

「ああ、まだ動いちゃ駄目なのに! ごめんなさい、そうよね、君が殺したんだからびっくりして当然よね」

 詠奈がおろおろしている所が可愛いとか、そんな場合ではない。視線で当人に問いただすと、彼女は眼鏡を持ち上げて得意げに言った。

「弾の当たり所が良かったのよ」

「………………」

 そんな訳ない、と言いたかったが。


 当てに出来る資金源には、心当たりがあった。


「……俺が言うのも変だけど。どうして助けたんだ? これじゃ勝負はついてない」

「いいえ、勝負は貴方の勝ちよ。くどいようだけど弾の当たり所が良かっただけ。潔さまで捨てた覚えはなくてよ」

「あーはいはい! 今度はそれかよ……詠奈?」

「…………うん。景夜には見ててほしい、かな。ちょっと待ってて」

 詠奈が、向き直る。

「えっと…………な、なんて呼ぶべきかな。その」

「あかねでいいわよ。直近で使った偽名だから。もうその名前は貴方のもの。だから私には使わないで」

「あ、あかね。私、出来れば貴方と仲直り…………したいんだけど」


 ――――――。


 約束を破った事を悔いていた。

 深く考えていなかったけど、そうか。怯えていた理由には負い目があり、根底には不仲への不本意があったのかもしれない。

「私と仲直り、出来ると思うの? 影武者を殺してあげたのに」

「殺してないよね、それ」

「は!?」

 傍観しろというには知らない情報が多すぎる。怪我人の身で一丁前に割り込もうとすると、入り口の方から声を掛けられて制止された。


 面長の顔に、キレ目で毛先が跳ねた癖の強い長髪。顔の特徴を大雑把に見て…………誰だか全く分からない。


「だ。誰ですか?」

「あら、誰ですかとはご挨拶ね景夜君。でも仕方ないか、もう影武者でも何でもないし」

「は、え、え、詠奈さん!?」

「の、元の顔でーす。あ、厳密にはあかねの記憶を元に成長後の顔を想定しただけだから違うけど」

 説明を求めるべきはどの詠奈か。いや、詠奈はもう一人しかいないのでそれはおかしいが、ともかくあかねに。



「だから、私は無暗に殺さないわ。影武者としての役目を殺しただけ。勝手に勘違いしているようだったから放置しただけ」



「な…………な…………」

 言葉が出ない。俺は騙しているつもりがずっと、勝負とは無関係な所で騙されていた。

「いやでも、地下室の声が……」

「スピリチュアルな話だけど、私には答えが出せる。当時王奉院詠奈の候補は沢山居たから、私以外に苦しんでいた子も居たってだけ。生き残ったのが私だけだから表に出なかったって……そういう事でしょう」

「あ、悪質だ! わざわざ詠奈に似せた死体をバラバラにして送り付けるなんて!」

「お蔭様でやる気を出してくれたようで何よりよ。ふふ。貴方に負ける事が出来た。私にはそれで充分…………大体ね。王奉院詠奈はあの悍ましい男に苦しめられたもの同士よ。それだけで慈悲をかけたくなる理由にはならなくて?」

 『王奉院詠奈』―――改めあかねは、詠奈に視線を上げた。

「話を戻しましょう。仲直りしたいの?」

「あかねが彼女を殺さなかったから景夜の治療も間に合ったし、火事の消火も間に合った。世間へのカバーストーリーの創作も十分。その……これは提案なんだけど。仲直りって言葉が嫌いなら、私に買われてみない?」



「詠奈!?」



 あかねはゆっくりとベッドに体を下ろして、眼鏡を取った。

「敗者に選択の権利はないわ。好きにして。ああ、でもその代わり一つ。景夜君」

「え、あ、はい」



「私を殺す時のあの顔、ぞくぞくさせてもらったわ。お願いだからあの顔は私だけの特別にさせて。詠奈ちゃんには見せないようにね」



 遅れて詠奈が振り返る。

 だから、あかねが笑った瞬間を彼女は見逃した。

「…………どんな顔してたの?」

「えー? い、いやあ鏡とかなかったしどんな顔とか言われても…………」

「びっくり。景夜君って浮気するのね」

「浮気じゃないですって! 詠奈さんやめて! あ、名前はもう使えないんでしたっけ? で、じゃあ何て呼べば……」

「それは王奉院詠奈に任せるしかないわね~。今は名前がないから、ごめんなさいね」

「偽名は沢山あるから、一つくらい分けてあげてもよろしくてよ? さて、買われてしまうという事は、これからは同じ身分かしら。よろしくね、景夜君。私の役目は恐らく表向きの国営参謀だけれど、接する機会は多い筈よ。お互い、ご主人様の機嫌を損ねないように頑張りましょうか」



「ねえ、私を置いて勝手に話さないで! 景夜と無断で話すの禁止にするから!」



 自由奔放なあかねに、詠奈は声を荒げて応戦した。人前で嫉妬されると少し恥ずかしいかもしれない。それが一応姉二人の前なら、猶更。

「はいはい。ごめんなさい。それじゃあ買われてあげるから早く書面を出しなさい」

「…………それなんだけど。私は、あかねを価値ある存在としては見てなかったって言うか。語弊があるんだけど、ずっとお姉ちゃんだったから―――その、品定めとか値踏みとかしてなくて」

「続けて」

「…………分からないの。今すぐにはかれるような価値でもない事も分かる。私が買った殆どの子は言い値なの。景夜とかは、違うけど。かつては同じ王奉院を背負う者をそう簡単には見定められないから。聞かせてほしい」














「―――貴方は幾らで買えるのかしら」

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― 新着の感想 ―
なーんかもうちょっとあってもいい気がするけど蛇足になるのかな。
[良い点] 谁都没有死,真不错真不错
[一言] 完結おめでとうございます 良かったです。
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