慈悲がなかった
『王奉院詠奈』が屋敷に侵入したとの通知を受けたのは少し前の事だった。俺と詠奈の携帯は必要があれば専用の回線で繋がるようになっており、また詠奈の方から一方的に通話を開始する事も出来る。
その機能が使われる事はまるでなかったが、山での攻防中にそれは起きた。
―――間に合わないかと思った。
詠奈が会話をして引き延ばしてくれた時間を無駄にしてはいけない。敵陣の中を突っ込むなんて素人がやるには危険すぎたが、友里ヱさんと春の協力で何とか強引に屋敷の方へと帰還した。あらゆる入り口が塞がれている事に気づいたのはその時だったが、厨房で待ち伏せを仕掛けていた幾葉姉妹に裏口を開けてもらってそれも事なきを得た。
流れは来ている。 何もかも都合良く俺は間に合った。運命が俺に勝てと言っている? それを、この人の前で言えるか?
彼女のそれは異能とも呼ぶべき勝利の呪い。それは常に勝たせる為に、都合よく事を運ばせる為に。天秤は常に一方的な傾きを見せる。ならば完全無敵なのか。『王奉院詠奈』を攻略する事はそんなに難しいのか?
「ゲームをしましょう、『王奉院詠奈』。絶対的な決着はどちらかの死。もしそうならなかった場合はルール違反を指摘出来た場合としましょう」
「……よくってよ。それで、一体どんなゲームをしましょうか。貴方が決めて。それくらいはしないと、フェアじゃないでしょう」
「初めてここにやってきた時を覚えてますか? みんなでパーティをしていたのに貴方は空気も読まず入ってきて大量の銃でロシアンルーレットをやりましたね」
聖に目配せすると、彼女は反射的に頭を下げて外から大きな木箱を持ってくる。それはあの日『王奉院詠奈』が放置した大量の拳銃であり、その数も変わっていない。
「こっちで押収した銃です。信じなくても構いませんけど、あの時の物をそのまま持ってきています」
詠奈が席を譲ってくれるそうなので、代わりに着席。木箱を机の横に置くと、何丁か机の上において、試しに一つ自分の頭に突きつける。
「自分の手番にはこうして一つ銃を突き付けて、撃つんです。何発撃ってもいい。基本的には撃ち終わったら相手の番。互いに合計で六発撃ったらその銃は床にでも捨てる。手番に拘らず次の銃を選ぶのは交互にしましょう。残った弾を消化するだけで一方がターン終了になってしまうと、永遠にもう一方が銃を選べてしまう事になりますからね。確率的にはそれを仕掛ける方が危険ですけど、貴方ならそうはいかない。以前とは違って、これら全ての銃の中で弾が入っている銃はたった一丁。そして一発のみですけどね。ともかくそんなルールで、自分の頭を撃ち抜いた奴が負け」
「……成程ね。次に弾が来ると思ったなら相手に撃ってもいいと。でもそこで弾が出なかったら、相手にルール違反を指摘されて負け」
「ルール違反でも相手が死ねば勝ちは生きてる方です。簡単なルールですよね。質問はありますか?」
「……立会人を誰かつける? それとも二人きり?」
詠奈と、それから姉妹の二人を一瞥する。これは俺が任せられた最初にして最大の仕事だ。誰にも話さず、誰にも頼らず。俺だけが成し遂げなければならないし、俺だけが勝てると思っているから約束を果たしに来た。
「二人きりで。詠奈、獅遠、聖。悪いけど外で待っててくれ。決着がついたら入ってきていいから」
「景夜……」
「詠奈。廊下で待っててくれ。俺は必ず勝つ」
「だそうだから、おチビさん。部屋から出ていく事ね。カレシを信じなきゃ」
すれ違いざま、詠奈は俺の肩に手を置くと、おまじないのように額へ軽くキスをした。俺もまた去り際の彼女の髪に軽くキスをして、その期待に応える事を約束する。
三人が部屋を出て扉が閉まるまでを確認する。『王奉院詠奈』はつい先程まで詠奈が座っていた場所に回り込むと、ボタンを押して鍵をかけた。
『え、ちょっ!』
「これで邪魔者はいないわ。始めましょうか。ゲーム」
「望む所です。詠奈! 銃声が鳴ったらゲームは終わりだ! その時まで待っててくれ!」
俺は両手を膝の上に。『王奉院詠奈』は机の上で腕を組んだかと思うと、開始早々掌をこちらに向けた。
「先攻は譲ってあげましてよ? 私が最初に選ぶと、それで終わってしまうから」
「いいえ、先攻は貴方です」
「――――――っそう。分かっているかと思ったのだけれど、よく理解していないのね。沢山の銃の中に弾が一発。一ゲームの時間がどれだけ長引くように作られていても私には関係ない」
『王奉院詠奈』は残念そうに眼を瞑ると、銃の積まれた箱の中に無造作に一丁を手に取って、俺に向けた。あっけない幕切れを惜しむように、夢見た結果は所詮は蜃気楼に過ぎなかったのだと絶望して。
――――――引き金を引く指が止まった。
「…………撃たないんですか? 撃ったらルール違反ですけどね、弾が出れば貴方の勝ちです」
「……………………へえ」
銃口が俺から己の頭へと切り替わり、四発発砲。弾は出なかったので俺の番。
「残り二発。あるかないか……流石にこれだけ銃があったら無いと思いますけどね」
躊躇いなく、は不可能だ。用意したのは俺だが銃口というだけで一般人にとっては無条件に恐怖の対象となる。呼吸を入れ替えて残る二発を消化。実弾はこの銃に無かった。
床に最初の一つを投げ捨てる。次に銃を選ぶのは俺だ。
「俺はね、『王奉院詠奈』。貴方に勝つ為に、貴方と向き合う事に決めたんです。詠奈も十郎も他の誰かも、きっと貴方には勝てないと最初から諦めて理解しようともしなかった。貴方と接触した時間は短いかもしれないけど、それでも仮説を立てられるくらいには考察を重ねました」
「興味深い事を言うわね。私の運命に考察を立てるなんて、スピリチュアルな方面に傾倒するタイプには見えないけど」
「貴方の運命には性質がある」
性質。指向性と言い換えてもいい。幸運や不運と言ったそれとは異なる、全く違う性質の運。前述したそれらを乱数と呼ぶなら、彼女のそれは固定化されたプログラムである。
二丁目の銃を五発消化。残る一発を彼女が消化して、三丁目。四丁目。五丁目。弾は出ない。出る筈もない。『王奉院詠奈』の運がどれほど異常であっても、弾は出なかった。
「これは…………おかしな事が起きているわね」
「勝負は始まったばかりです。制限時間もないんですからゆっくり進めましょう。俺が二人きりを望んだのは、勿論ゲームの為ですけど色々話したかったからです。詠奈さんを、詠奈の影武者を殺した理由についてちゃんと教えてください。慈悲深いから、とか面倒くさがらないで」
「あれを殺す理由はなかったけど、影武者を殺す理由なら十分あったから、とかでよろしくて? 貴方が納得いかないようだからこうなったけど、例えば二人を追放して私が玉座に座った時、前任の王は死んだ証を求められるじゃない。そういう時に影武者の死体があれば手間が省けるでしょう。私は無駄な殺しはしない主義なのよ。人間もまた国家運営の側面から見れば大事なリソースなのだし」
六発撃ち切って全部空。今度は俺が箱から銃を取り出す。
「それだけの理由で殺したなんて、あり得ない。あの人をそんな理由で殺すなんて最低だ」
「……もしかして、惚れていたの? 男女の関係にあったとか? 貴方には本物のおチビさんが居るからいいじゃない。随分ラブラブそうで……何よりだと思ったけど」
思ってもないような事を口にするのは癖なのであろうか。眼鏡をかけていないと表情が乏しくて感情が読めない。だがそれがこの人の素であり、真実である。詠奈が冷徹に振舞っている時とも違って、冷たいというのも微妙に違う。あらゆる一切に無関心で、心が何処かへ飛んで行ってしまったみたい。
「それとも本物には出来ないハードなプレイを引き受けてもらっていたとか?」
「おちょくってますか? そんなんじゃない。あの人には最大の償いとして―――傍で詠奈が幸せになる事を見守っていて欲しかった。それがあの人にとって最大の罰だと考えていたんです。自分を罰したい人にはぴったりだ。俺も詠奈も、別に死んでほしいなんて思ってなかったんだから」
「見解の相違ね。自分を罰したいなんて思う程、あれは高潔じゃなかった。救われたかったのよ。とても方法なんて思いつかないけど、とにかく救いが欲しかった。だから私が救いを与えてあげたんじゃない。貴方は私の慈悲を煙に巻いている程度にしか考えていないでしょうけれど、勘違いなさらないで? 慈悲は慈悲よ。願いに寄り添う事は慈しみ以外の何物でもない」
『王奉院詠奈』はポケットからブラックカードを取り出すと、それを机の上に置いた。
「王者たるもの、施しを忘れず。私を敗北させた時にプレゼントがないのではやる気も出ないでしょう。勝ったら私の資産は貴方のモノ。どうぞ、ご自由になさって。詳細は知らないけど、想定ではおチビさんの半分くらいはあるから」
「……ずっと突っ込もうか悩んでたけど、なんで詠奈をおチビさんって。いや、身長差は分かりますよ」
「私が百九〇とちょっとくらいで、おチビさんとは三〇センチから四〇センチの違いがあるわ。私から見れば貴方よりも遥かに彼女は小さく見える。昔から小動物みたいで可愛くてね。そう呼んでしまっているの。不快に思っているのなら、ごめんあそばせ? 直す気はなくてよ」
「その時々こっちをバカにしたような喋り方をするのも、同じような理由ですか?」
「ええ。私からすれば殆どの人間が対等とは言えないの。それは立場や権威や年齢ではなく、運命からして違うもの。それはおチビさんや貴方でも例外じゃない。対等だと言いたいなら、まずは勝ってから口をききなさい」
銃はもう二〇丁に到達しようとしている。まだ弾は出ない。『王奉院詠奈』はこのゲームの真実に気付いたのか六発撃って銃を消費するようになった。そうだ、銃の数は問題じゃない。そうやって躊躇いなく消費してくれるなら考察が進む。
「―――そろそろよろしくて? お互いにこれが最期の対決のつもりなら、私の運命の考察とやらをお聞きしたいわ」
「……数少ない接触の中で俺はこう考えました。貴方の運命は貴方の行動を中心に一定の範囲で作動する。だから例えば意識してもない時に道端で宝くじを拾ったらそれが一等だったというような事は起きない。貴方にとって都合が悪いからと遥か遠くに離れた人間が翌日に病死するような事もない」
それがあり得るのならこうはなっていないのが何よりの証拠だ。『王奉院詠奈』は機械の所在も、その実態も掴む事が出来ないままやってきた。俺達の存在は間違いなく邪魔だが誰一人不審な死は遂げていない。
意思に拘らず幸運が勝手に問題を解決するのなら、この光景は成立していない。この現実こそ彼女の運命に性質がある証明だ。
「「面白い考察ね。自分では考えた事もなかったわ」
「そうでしょう。貴方にとっては行動に際しあまりにも上手くいく幸運に過ぎない。自分の運命の理解度を上げていたのなら、あんな事はしませんから」
「あんな事……そこまで言われる程の下手は打った覚えがないけど」
「最初の銃を、撃とうとしてやめましたよね?」
イカサマなら、話は分かる。本来用意していた銃と違っていたという事だから。しかしこの銃を用意したのは俺、ゲームを提案したのも俺。『王奉院詠奈』が介入する余地はない。それなのに一度は打とうとした。弾が出ると思ったから。それが運命の二つ目の性質。
「貴方の運命は、有を無に代える事は出来ても、無から有を生み出す事は出来ない」
当たる筈の銃弾が当たらない。
市街地をうろうろしていた事は分かっているが、情報はそこまで。俺達は向こうからのアクションが起こされるまで所在地を掴めなかった。
入り口を限りなく塞ぎ、家内の監視カメラも全て起動させた。侵入も困難であれば、仮に出来てもまず感知できる籠城作戦。結論を言えば、『王奉院詠奈』は誰にも見つからずに侵入した。
エピソードは少ない。だが仮説には十分だ。どれもこれも引いた確率は限りなく低い。特に銃弾は、まともな挙動さえしているなら絶対に当たる筈なのだ。限りなく百パーセントに等しい挙動が当たらない。異能とも呼べる運命、そして誰もが理解を諦める所以はそこにある。
ただ、それが絶対にあり得ないとすればどうだろう。
「運命と呼ぶからにはその挙動の変化もきっと言葉にはしにくいんでしょう。でも確かに分かった筈だ。あの時、貴方は銃弾がない事を悟った。だから存在しない六分の一を必中にするのではなく、大人しく本来のルールに則ったんです」
「存在しない…………それは迂闊な発言ではなくて? イカサマの自白に等しいわ。自分が勝てるように予め銃を選別して、それを把握している事になる」
「だから最初の銃は貴方に選ばせましたよね。貴方が一発も入ってない空の銃を選んだ。『王奉院詠奈』の運命なら、そのターンに弾の入った銃を、しかも一発目で出せたでしょうに」
「…………私の運命に証拠能力を求めるなんてどうかしてるわ。でも、そうね。私の神は私だけ。他ならぬ私がこれを信じているなら、その論理も認めないとね。仮にイカサマとした所で、指摘出来る訳じゃない」
「イカサマしていても、それはルール違反じゃない。だってこのゲームルールは貴方の運命を考慮したルールなんです。俺が言ったのはこの大量の銃の中から好きなのを交互に選んで、好きな回数自分に向かって引き金を引く。回数が余ってるなら相手に渡す。六発撃ち切ったらそれまで。勝敗はどちらかの死を決着とするが、そうでなくなった場合はルール違反の指摘があり、それが正しかった場合のみ。この場合ルール違反とは相手に向かって引き金を引く事。それ以外のルールなんてありませんよ」
実弾がマックスで装填されたフルオートの銃でさえ一発も彼女には当たらなかった。仮に俺が弾の込められた銃を知っていて、それが何発目に出るかを把握していても、弾は結局当たらないだろう。弾が詰まって暴発するとか、一発きりが何故か当たらなくてそれを指摘されて負けるのがオチだ。
双方口にはしないが、既に気づかれているようだ。『王奉院詠奈』のふざけた運命力に抗う唯一の方法。
そもそもこれら銃の中には一発も弾なんて入れていない。
運命はゼロを一にはしてくれない。運命が勝利を望んでも勝つ方法が存在しないなら機能停止も同然だ。
使った銃は四〇を超えてきた。執務室の床には役目を終えたリボルバーが転がっている。勝負はここから―――本当に、ここからなのだ。
「……私に勝つ為にわざわざこんなルールを持ってくるなんて、本当に感激しているわ。おチビさんに嫉妬されてしまわないかしら」
「普通のイカサマなんかしても勝てないのは明らかです。運命が貴方の意思に沿うように行動しているなら、当然貴方が想定している行動にも影響が働くと考えています。絶対に六が出るサイコロを使われても、貴方の運命がそれを普通のサイコロに変えてしまう……これは憶測ですけどね」
後、と付け加える。
「俺と詠奈は将来を約束しました。こんな事で嫉妬しませんよ」
「それはどうかしら。あの子はとても独占欲が強いから、為政者の慈悲とは本来相性が悪いわ。勝負の最中に言うのもおかしな話だけど。おチビさんと幸せにね。二人はとてもお似合いのカップルだから」
「思ってもない事を……」
「さて、どうかしら。あの子はとても完璧なんかじゃない。私と違ってね。貴方がその部分を補ってくれたら、きっと素晴らしい日々を過ごせるわ。まあ、私に勝てたらの話になるけど」
「勝つ気がないなら降参してくれてもいいんですよ」
「そんなルールはないでしょう。それに、勝つ気がなくても私は勝ってしまうの。でも妄想では全てが自由。私に勝つ未来だって想像していい。流石にそれを縛る気はない」
勝つ気がなくても勝つ。それは傲慢だろうか。俺にはそう思えない。詠奈の話を聞いた後だと―――諦観が近いか。俺の語彙力ではそれが精いっぱいだ。この人はもう諦めている。その場その場で感情っぽい言葉を作り上げて放出し、それだけで外面を取り繕ってきた。心の底は枯れている。悲しみすら風化する程長い間、干上がってしまった。
喜怒哀楽のいずれもそこにはない。勝利が彼女を呪っている。俺がそれを打ち破らないといけない。
銃は残り十五丁。
「完璧、の話をしましょうか。その言葉、詠奈からも言われましたよ。でも俺はそうは思わない。だから戦うべきじゃない言葉にも歯向かいました。最初、アイツは逃げろって言ったんです。でも違う。完璧なら勝ち目はない。貴方は決して完璧なんかじゃない」
「…………景夜君。私は完璧だから今まで負けなかったのよ」
「いいえ、貴方は完璧じゃないからこれから俺に負けるんです」
銃は残り五丁。箱から取り出すのも億劫になって、机の上に並べようと―――落としてしまった。気を取り直して横一列に並べる。
「私の何が完璧ではないというのかしら。過去が全てを語っている。それとも哲学的な話をしたいの? 満たされた人間は決して完璧ではない、というような」
「詠奈の真似して暫く本を読んでた時期もありますけど、俺にそんな教養はないですよ。最初から答えはあったんです。気づくべきだった」
まずは左。六発空。
「貴方は私の運命に対策をしてきた。それなら誰よりも理解をしているのではなくて? 生まれは王にして人生の勝利者。学んだ技術はすぐに熟し、識った知恵は二度と頭を離れない」
『王奉院詠奈』が右の銃を選んで、それも全て空。
「権力を失っても私には祝福がついて回る。財力は自ずと満ちてくる。悍ましいあの男も女を選ぶ目はあって、見る者の目を引く美貌を生まれ持った」
残り三丁。また左を選んで、それも空。
「教えて下さる? 私に何が足りないのか」
『王奉院詠奈』は残る二つの内左―――五丁の時点で真ん中に置いてあった銃―――を選ぶと、俺に向かって突きつけた。
「…………」
「弾が一発も入っていないのでは貴方にも勝ち目がない。だからどこかで弾を入れる必要がある。怪しまれないように遅らせたつもりかもしれないけど、私にはマジックの心得もあるのよ。最初から手を机の下に隠す時点で何かしてくる事は想像出来た。これはさっき落とした銃で……この中に弾があるわね」
「…………」
「お粗末なミスディレクションと言わざるを得ないわね。落とした方に細工をするなんておかしいと思わなかったの? 机の上の銃を堂々と取る度胸がなかった? やるならまとめて落とすべきだった。こんな形で終わるなんて本当に残念。一体どんな殺し方をしてくれるのか……少しだけ。ほんの少しだけ期待したのに」
彼女の言う通り、その銃には弾が入っている。何発目に入れたかなんて見てもいない。確認したら怪しまれると思ったからだ。だがその運命なら最初の一発を引き当てるだろう。確実に。
「―――まだ貴方に何が足りないのか言ってないんですけど」
「そんな物はない。この銃を取った時点で私の勝ちよ」
「確かに。考えてみれば足りてるものばっかりですよね。富もあり、名声もあり、美貌もあり、知恵もあり―――」
「長々とした遺言は聞いてあげない。私は本当に、がっかりしたから」
バァンッ!
一際大きな銃声が鳴り響く。
それが二丁の拳銃が同時に発砲されたものだと気づくには、部屋に入る事が必要だ。
「運もあった。権力もあった。ただ無慈悲がなかった―――だから俺に負ける……!」
運命の性質上、彼女が意識してない事には作用しない。あの瞬間、運命は六分の一を必中にする方へと機能した。イカサマを見破り、勝ちを確信したから俺の反撃に反応が遅れた。
「…………………かふっ」
肺に命中したのだろう。彼女の口から血が流れたかと思うと、机に勢いよく喀血した。一方の俺も、肩を撃ち抜かれて本当はとても冷静じゃいられない。もっと情けなく、声を上げたかった。
でも、呪いを解かないと。この人の呪いを。
「銃を、使えるなんて情報はなかったけど。箱の銃の数も合っていたし」
「詠奈さん……影武者が、俺に護身用って渡してくれ……………たんです。撃ち方は………………あの日、貴方が沢山撃たせてくれたから……」
「…………ああ、それは。知りようがないわね。でも、早撃ちならもっと早く撃たないと。相打ちになってしまったわよ」
「…………………!」
彼女の顔色がみるみる悪くなっていく。玉のような汗を掻いて痛みを堪えて尚、弱音は吐かなかった。血液に濁った声にはまだ覇気があり―――今にも意識が飛びそうで、それを踏ん張る為に声を失った俺に対して、本当に致命傷だったのかと疑いたくなる。
「…………当たり所が悪いわね。これは……長くは保たないでしょう。ふ、ふふ。ふふふ。ふふふふ。ぐふ。ふふふふふ。私にもツイてない事があるのね。私は、完璧じゃなかったんだ」
『景夜! 開けて景夜! 勝ったの! 負けたの!?』
部屋の扉を叩く音も構わず、『王奉院詠奈』は立ち上がって静かな拍手を送った。
「おめでとう……恐らく、貴方の勝ちよ。詠奈ちゃんと幸せに暮らしてね。あの子は泣き虫で甘えん坊だけど、とっても可愛いから許してあげて」
バン、と手を叩きつけるように机へ置いてロックを解除する。それを最後に、『王奉院詠奈』は崩れ落ちた。
「景夜! え、嘘。何で……二人とも早く医務室! 早く! 景夜が死んじゃう!」
俺もまた、肩を貫く痛みに耐えきれず、意識は潜るように深淵へ―――。