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国家令嬢は価値なき俺を三億で  作者: 氷雨 ユータ
valueⅡ お金持ち
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金は王奉院の回りもの

 一億円を払ったのは俺だけど、それを用意したのは詠奈だ。お金の行き先に興味があるなら俺にそれを止める権利はない。俺だって気にならないと言えば嘘になる。

「八束。聖から渡された書類を」

「どうぞ」

 日差しも届くから俺達はサンルームに移動して書類を広げていた。本来こんな使い道をする場所ではないが、急を要するので仕方ない。

「どうやって調べたんだ? 一億円の使い道って言うけどまずお前はその子が誰かも知らないだろ」

「そうだけど、彼女のフリをしてあげていたのなら少し調べれば見当がつくわ。個人が分かれば後は容易い事よ」

「うわ……」

 あの子の名前は佐山明名さやまあきなというらしい。興味がないから目を通したのはそこだけだが、他にも住所……というか戸籍がここに存在している。それだけじゃない。過去一年の町中の監視カメラから彼女が映っている部分を拾い上げて行動範囲を特定。買った下着や服、及び高校における身体測定の結果からスリーサイズ及び体重と身長を割り出され、挙句の果てには入手経路が想像もつかない交際歴まで手に入れられている。

 他にも家の写真やら使っている美容品、学校の成績まで。直ぐに手に入る情報は幾らでも手に入れたと言わんばかりの情報量に圧倒されてしまう。

「いやいや。警察が協力してもここまでは調べられないと思うんだけど。物理的にもっと時間がいるんじゃないのか?」

「あら、そうでもないわ。通っているお店があるならオーナーに電話を掛けるだけよ。従わなければ立場を取り上げるだけなんだから」

「詠奈様をお待たせする訳にはい、行かないと思いまして」

「殊勝な心掛けね。これで彼氏とやらよりもあの子の事を知り尽くしてしまった訳だけど、どうかしら景夜。恋人としてこの子は欲しい?」

「全然。だって個人情報垂れ流されただけだし。それよりも一億円の流れは何処を見ればいいんだ? 情報が多くて目が滑るぞ」

「…………まるで興味なし、と。ふふ。景夜は私にメロメロなのね」

「へ、変な言い方はやめろよ。確かに手を握ってるだけでも時々興奮、するけど」

「ふふ。可愛いわね。一億円の流れなんて急にどうでも良くなったけど、ここを見て?」

 町に設置された何個かのカメラ映像を切り出した写真には佐山と知らない男が映っている。映像として隣で控えていた聖(俺が八束さんに言って控えさせた)に見せてもらうと、彼女は放課後の殆どの時間をその男と過ごしている様だ。多くは駅前で集合して、カラオケへ行ったり洋服を買いに行ったりと至って健全なデートをしている。

 だが夜になるとその様子は打って変わって、佐山と男はホテル街の方へと向かってしまう。この時決まって制服から普通の服へ着替えたかと思うと看板も立てられていない建物の中へ。

 その建物の中の監視カメラにはワインを片手に佐山と乳繰り合う男の姿が映っており、彼女の顔がほんのり赤い事から、恐らく未成年飲酒をさせられた。それで意識が朦朧としてきて疑似的な催眠状態になった彼女にお金を払わせたら、後はタクシーで送り返している。

「いや、絶対見えちゃいけないカメラの内容だったけど」

「どんな悪い事をしている人も文明の利器には頼らないといけないし、お店の責任者もカメラの映像を提供しないくらいで逮捕されたくはないでしょう? いいのよ別に。気にしない気にしない」

「景夜さんもお分かりかと思いますが、彼女は本来立ち入れない場所でお金を消費しています。そして様子を見るにこの男性に惚れこんでいるようです」

「男の名前は須合三弦すごうみつる。ベンチャー企業の経営者という触れ込みだけど肝心の会社は怪しい事業をしているわね。決算報告書を見ると至って問題がないように誤魔化されているけど、まあ嘘でしょう。立地も不自然だし直近の取引も不自然。革新的は革新的でもスピリチュアルな方向に行くのは如何な物かと思うわ」

 話の流れとして俺が知りたがると思ったのだろうか。出るわ出るわの男の個人情報。どうやって調べたかなんてもう突っ込まない。誰が詠奈の手足で何が出来るかなんて気にするだけ無駄だし、どれだけ足掻いた所で会社も法律には勝てない。


 厳密に言うと、法律を強引に適用させられる詠奈には勝てっこない。


「えっと。つまり分かりやすく言うと騙されてる?」

「騙されてるというより分かりやすく貢いでるんじゃないかしら。私の見立てが正しければ今日にでも一億円を渡しに行くと思うけど、どうかしら。興味があるなら見に行ってみない?」

「…………もし騙されてたら助けるのか?」

「まさか。想定通りの使い方をされたらつまらなくてそんな気も起きないわ。でも殆ど毎日三万円? その程度の回収しか見込めなかった子が突然一億を持ってきたら男性の方はどんな反応をするのかしら。私はそれを見たいの」

 詠奈は書類を纏め直すと聖に突き返し、寝室へ。慌てて追いかけると待っていたように足を差し出したので溜め息を吐きながら靴下を履かせる。制服も、と思った所でそのまま歩き出そうとしたから、かえって俺が慌ててしまった。

「おい、ドレスのままでいいのか?」

「車から出る訳じゃないし、これはこれで外で着ていても恥ずかしくない物よ。景夜が制服姿をどうしても見たいというなら話は別だけど」

「…………お、おう。あ、そうだ。聖にもついてきて欲しいんだけど……呼んでも良いかな? 多分お前に怒られた事を気にしてると思うんだ」

「君は私のモノにも優しいんだから困ってしまうわ。いいわよ、呼んでも。仕事が生まれるかもしれないし」
















 

 自宅に一度戻ったにも拘らず再度町中へ出るのは久しぶりの事だ。後部座席には俺を挟んで詠奈と聖が座っている。佐山は吹奏楽部らしいから部活が終わるまで駅前で車を停めるしかない。退屈を無価値の次に嫌う詠奈を困らせないように俺も色々と話題を振ったが時間は思った以上に長ったらしくて。俺もそこまで話のネタは用意していない。

「勝手に気まずくならないで欲しいわ」

 それを彼女に見抜かれるくらいには、いたたまれない様子だったようだ。

「私は君と静かに過ごす時間も大好きだけど、君がそこまで気まずいなら私の指示に従って気を紛らわせるのはどう?」

「え、何だ?」

 乗ってしまったのが運の尽き。或いは最大の幸運。気が紛れるというよりも頭の中がそれ一色になってしまった。片手で指相撲をするのはまだ良いとして、もう片方の手は詠奈の肩から手を回さなければいけなかった事が問題だ。別にそれ以上彼女は何も言わなかったけど。我慢出来なくてついついわっしわっしと忙しなく手を動かしてしまった。

 時折漏れる嬌声に聖が顔を赤らめる頃、車の正面を映すカメラからようやく佐山の姿が確認出来た。

「アタッシュケースだ!」

「一億……でございますね」

「ほら、あそこに男が居るでしょ? やっぱり持ってきた。追って」

 詠奈の指示で車がゆっくりと二人の後を追っていく。今度ばかりは様子が違い、須合は早速アタッシュケースについて指摘している様子。

「聖。読唇」



『そのケースは何だい? 随分重そうだね』

『こ、これは臨時収入! みっちゃん、会社の経営大丈夫? こんなにたくさんのお金ならきっと立て直せるよね!』

『…………? 取り敢えずお店の方で見せてもらうよ。行こう』



 殆どタイムラグもなく完璧な読唇。いや、真実は分からないけど。

「聖。君はそんな事が出来たのか。凄いじゃないか!」

「……有難うございます。昔、一時的に耳が聞こえなくなった時に身につけたんです」

「私の景夜に誇るべきはそっちじゃなくて視力の方だと思うけど……いいわ。引き続き付いて行って」

 黒塗りの車が人間二人を尾行する怪しい状態だが、意外にも気付く素振りは見せない。二人だけの世界という感じで、周囲の事なんて気にならなくなっているのかもしれない。俺と詠奈にもそういう時はある。

 でも猫を被るような事はない、と思う。聖の読唇を信じるなら学校で俺と話した時と態度から違う。詠奈はそういう事はしない。いつでも誰にでも価値に応じた態度と待遇を。だがどんなに態度が良くても話し方は淡白で無愛想だ。

 そこがまた可愛いとか語りだしたらキリがないけど、親近感は湧いてこない。

 アタッシュケースは重いからと非力ぶって須合に持たせた時から彼の表情に変化があった。金の重さに気づいたのだ。お札一枚は大した事がなくてもそれが束になるとれっきとした重さを形作る。あまりにも露骨な二度見は佐山がどうやってこんな大金を持ってきたのかと疑っているのだろう。

 

 例えば彼女が銀行強盗をしてこれを手に入れていた場合、須合がどんな悪人でも通報した方が身の為だ。


 成人もしていない女子を誑かしてちょろちょろとお金を巻き上げるようなセコい奴でも、自分が関与していない犯罪に巻き込まれるのは御免被る。まさか自分に貢ぐ為に犯罪までするようになったのか……などと思っているに違いない。

 真実は犯罪よりも性質の悪い所から出て来たお金だけど、雅鳴を助ける為だったから仕方ないか。

「詠奈様。ご提案なのですが、一億円を使った実験についてもう少し干渉してみては如何でしょうか」

「へえ。貴方が私に提案なんて珍しい。例えばどんな風に?」

「…………そうですね」

 聖も気になっているのだろうか。俺を間に挟んだ密談なんて丸聞こえだけど、詠奈は大層興味深そうに頷いて、電話を手に取った。








「面白そうね。乗ってあげる。今からあの男の会社を倒産させるから、貴方はいつでも動けるように準備していて」




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― 新着の感想 ―
[一言] 現実世界でシムシティするの草
[一言] 突然思考実験の延長でデスゲーム開催してて草
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