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禍福は糾える縄の如し

「慈悲深いからとか観察が終わってないからとか、そんなまどろっこしい事してないで攻撃してみればいいじゃないですか。百聞は一見に如かずとも言うし、推論ばっかりじゃいつまで経っても埒があきませんよね。だからほら、銃でもなんでも攻撃してみてくださいよ」

「景夜様!」

「必要以上に恐れる必要はないよ聖。あの人は確かに運命に愛されてるのかもしれないけど、単なる人間だ。決して怪物なんかじゃない」

「…………安い挑発だこと。乗る乗らないはさておいて、私が安い女なら気安く乗っていたでしょうね。それで頭を撃ち抜かれても全く自業自得だけれど……良かったわね。私が慈悲深くて」

「慈悲深い? 何が? 誰が? 冗談はやめてくださいよ。攻撃したくても出来ないって言いましょうよ。貴方は俺に攻撃なんて出来ない。今は聖にもね。選択権が自分にあるような言い方はやめるべきだ」

「自分の行動は自分で決められる。私に限らずそれは人類に許された共通の権利でしょう。哲学的要素は抜きにして、貴方も私も自分がしたいと思った行動を行える。貴方は私を挑発したいから挑発したように、私も同じ事が出来るの。私がそれをしないのは単に私の自由だからとは考えられなくて?」





「詠奈が行使する機械の正体は分かりましたか?」





 その一言で、『王奉院詠奈』の顔色は完全に変わった。俺は自分の頭がそれほど切れていない事を知っている。小賢しい知恵比べは愚かだ。確定情報を以て対峙するのが最低限。言葉遊びのやり取りなんて駆け引きの材料もなしにするもんじゃない。

「余裕がなくなりましたね。そんな露骨で大丈夫ですか?」

「………………貴方はその正体を知っているの?」

「残念ながら、トップシークレットなもので知りませんよ。俺も聞かない。気になりますけど、詠奈がダメって言うから。俺が思うに、貴方の観察が終わらないのは正にその機械のせいだ。詠奈の事も掴んでる。俺の事も調べてる。メイドもまあある程度は調べられてるとして、それでも正体が分からない。それが有名な存在であったり実際にその目で見たならきっと行動は既に起こされているでしょう。ところがどんな手段を以てしても詠奈が使ってる機械とやらの所在がさっぱり掴めない。詠奈と俺が恋人なのは知ってるでしょう。詠奈が好きな人を守る為なら手段は厭わない事も分かる筈です」

 そしてそれが、抑止力となっている。

 ずっと疑問だった。慈悲深い慈悲深いってそればっかり繰り返してきて、幾らなんでもおかしかった。攻撃しない理由がない。それが慈悲なんてあり得ない。詠奈から王権を取り返そうという人がそんな理由で手段を吟味するとは考えられないと思っていたのだ。

 知っての通り、もうその『機械』は使えない。詠奈が言ったようにお金がないからだ。だがそれは屋敷全体に伝えられた訳ではなく俺にのみ知らされた真実。内通者のような手段を以てしても『王奉院詠奈』にそれを知る術はない。

「人は未知を怖がる。怖いから知りたくなる。知れば怖くなくなると思って動いてしまう。訳の分からないものを分からないままにするなんて人の知性に反します。それが科学的でなかろうとも、妖怪とか幽霊とかそういう仕業にして、とりあえず正体を定めたくなる。でもそういう自然的なのとは違って『機械』は確かに存在します。雨を消したり降らせたり、放射性廃棄物の消去であったり。一番最後のは詠奈の権力にタダ乗り出来る貴方なら調べられる筈だ。それはある。確かに在る。なのに正体が分からないから何も出来ないでいる。違いますか?」

「…………それを知らないのは貴方も同じなのによくもまあ堂々と優位を取ろうとするわね。知らないのが嘘? いいえ、あり得ない。そんな動向は確認出来ないし―――多くの人間は嘘を吐くのが下手なの。嘘とは虚構、吐けば必ずズレが生じる。上手い嘘というのはそのズレをミスディレクションで誤魔化せる瞬間を指していて、長期的にはそんなモノは存在しない。その上で貴方は嘘がとても下手よ。本当に知らないのでしょう。知らないのに威を借りるのは滑稽だと思わない?」




「だから、俺を攻撃してみればいいじゃないですか」




 どれだけ言葉を尽くそうとも、本質は変わらない。

 どれだけ虚勢を張ろうとも、状況は変わらない。

「貴方が悩んでいるのは詠奈が行使する条件でしょう。俺に危害を加えたらハッキリしますよ。詠奈はそういう奴だから、調べるならそれが一番早い。情報収集を幾らするよりもずっと効率的です」

「…………成程。私に勝つ方法というのはひょっとしてそれ? だとしたらあまりにも受動的ね。もうすぐ観察は終了する。正体ももうじき分かるわ。それで倒そうなんてあまりにも幼稚ね。貴方の言う通り、私はそれを恐れている。放射性廃棄物の消去なんて現代科学では不可能だから。そういう建前で単に何処かへ埋めている訳ではない事も調査済みよ。それだけの技術なら恐れる事はなかったけど、天候操作と関連性がない事が悩みの種でね」

「一貫性がないから、何が出来て何が出来ないか把握出来てないんですよね」

「ええ。けれど情報はある。おチビさんが邪魔な私を排除するのに使わない事、知恵比べで勝てる道理はないのに力ずくで勝とうとしない事から、能動的に使うには制限があるのではないか、とかね。けれどそれは飽くまで私の推測に過ぎない。科学で不可能とされている事が行えるなら、手を出した私を即死させる事も可能かもしれない。私は運が良いけれど、賭けは決してその場その場では行わないわ。勝つ為に必要なのはそれまでの準備。おチビさんの持つ機械に抗うにはまだそれが足りない」

 一転、隠すのは無理だと判断したのだろう。『王奉院詠奈』は冷静に己の不安要素を認め、反応を窺うように己の思考を語り始めた。『機械』について知っていたなら見透かされていたかもしれないが、読み通り俺は何も知らない。知らされていない。ただそれが在る事以外は。

「答えないという前提で敢えて聞かせてもらうけど、機械について知っている人は居るかしら」

「自慢じゃないですけど、俺が一番価値が高いんです。他の誰よりも、詠奈にとっては俺が大切なんです。その俺が知らないのにそんな質問するんですか?」

「………………成程ね」

 嘘を言えば見抜かれる。本当の事は言えない。ならばと偽りの誠実さとして俺は言わない事にした。言葉にしなければ見抜くも見抜かれるもない。詠奈が必要以上に彼女を恐れているように、彼女もまた正体を掴めぬ故に機械を恐れている。文脈から推測は出来てもそれ以上踏み込めない事は直前のやり取りから明白だった。

 だったが…………その仏頂面からはどういう受け取り方をしたのかまるで読めない。俺たちにとって都合の良い方に解釈してくれたら、それが一番だ。

「―――観察はもうじき終わるなんて悠長に構えていてもいいんですか? 何が出来て何が出来ないかよりも、貴方にとっては今使えるのか使えないのかが分かる方がいいでしょ。どんな性能でも使えなきゃ何の価値もない。丁度、聖が貴方に撃った弾が一発も当たらなかったみたいにね」

「…………何が言いたいのかしら」

「こっちがいつまでも手をこまねいていると想定するのは詰めが甘いんじゃないかって言ってるんです。詠奈は貴方を恐れているけど、俺は貴方の事なんてちっとも怖くない。何もかも自分の思い通りに動いてると得意げになるのは滑稽なんじゃないかって言ってます」

「想定も何も、事実でしょう。機械を除いて貴方達は確かに翻弄されている。私の居場所も割り出せず、少し権力を封じてみれば簡単に腹心を出す始末。これが戦略なんて笑わせないでほしいわね。ここまで簡単に踊ってくれるなら知恵比べでも何でもない。貴方にもわかりやすくゲームで例えるなら、NPCを誘導しているみたいに簡単な戦いよ。裏を返せば……機械の行使条件が明確になればそれ以外は奪えてしまうという事。時間の問題なのは貴方達の方ではなくて?」

「じゃあ有利なのは俺達ですね。貴方が機械の行使条件を明らかにする日は来ないと思いますから」

「知らない癖に、強気な物ね」

「知らなくても分かります。ここまで徹底して俺や詠奈に手を出さないのが何一つとして把握出来ていない証左ですよ。時間をかけてくれるならむしろ……まあ、いいんじゃないんですか? 自分が有利だと思ってじっくり構えるなら」

『王奉院詠奈』がギャラリーから飛び降りる。

 聖が再度銃を構えるが、そんな事は気にせず俺の前まで歩いてきた。双眸は一点に俺の顔を見つめ、有り体に言えば苛立っていた。

「度重なる挑発、挑発、挑発。自分の命がそんなに惜しくないの? おチビさんが悲しむわよ」

「好きな人が狙われてるのに命を懸けない男が何処に居るんですか? 詠奈の人生の少したりとも貴方には奪わせない。その為に俺は誓ったんですよ。死なない王奉院詠奈あなたを殺してみせるって」

「…………空っぽの男の子が言うじゃない」




「貴方を殺すと思ったのは、紛れもなく俺の意思ですよ。王奉院詠奈さん」




 言われるがまま。されるがまま。与えられるがまま。

 そんな俺に芽生えた自発的な意思。詠奈からは絶対に与えられない命令。彼女の中では『王奉院詠奈』が絶対王者。幾ら彼女が似たような振る舞いをしてみても、過去の上下関係は覆らない。

 俺じゃなきゃ、ダメなんだ。

 俺が詠奈を守らないと。

「文化祭のデートのお礼って事で、もうこういう水面下の戦争はやめて、直接対決しましょうよ。その方がずっと手っ取り早い。何よりフェアです」

「………………」

「別に、機械を行使されて負けると思うなら断ってくれてもいいですよ。俺はただ、貴方がそこまで慈悲深いというからには頼みを聞いてくれるんじゃないかと思って言いました。こっちは時間をかけてくれれば多少おちょくられても勝てるので気にしません」

「…………二択、と言いたいのね。機械の事を知らないからってあまり適当な事を言うと怒られるわよ。私をどうやって殺すつもり?」

「貴方が本当に運命に愛されてるというなら、詠奈の部屋まで来られる筈です。こっちは全力で応戦します。流れの中で死んだら貴方にとってはそれも良し、そうでないなら俺が殺します。どうでしょう、受けてくれますか? それともビビッて逃げますか?」

「―――挑発に乗せたかったらもっと上手くやるべきね。本来乗る道理はないけれど――――――」

















「劔木八束が戦力外の内に攻めるという点では悪くないわ。その挑発も提案も、受け入れてあげましてよ?」

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