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姦淫にて繋ぐ邪道

 

 彩夏さんには俺の方からも連絡してみたが、当然のように連絡は取れなかった。詠奈からの連絡なら受け取るかという話ではない。誰がどういう風に確認しようとしても結果はいつも同じだ。

「お、おい。これって……彩夏さんに何かあったって事だよな?」

「そのようですね」

「…………あの子には車の調査も指示したし、その辺りで問題が起きたようね。一応聞くけど本当に誰も知らない? 今なら後出しで言っても構わないけど」

 誰も言わない。誰も知らないから当然だ。出任せをこんな瞬間に言うリスクを誰もが弁えている。詠奈に偽りを述べるなんて、買われた人間としては許されない事だ。

「……そう。これでもプライバシーには一応気を使っているつもりだからあまり出したくなかったんだけど。仕方ないわね」

 詠奈は執務室に戻ると、机を開けてタブレットを一つ取り出した。起動すると簡素な画面と共にマップが表示されると、黄色い点が一つ遠くに映っている。

「詠奈様。これは」

「私が価値を見出して買った貴方達を目の届かない場所にいかせるなら、盗まれないようにケアするのは当然の事でしょう。発信機くらいつけているわ。何処に、どのタイミングでは聞かないでね。それは意味のない質問だから」

「大事なのは彩夏さんが何処に居るか、ですよね……この場所、随分遠いように感じます。市外に出ているような」

 発信機は今も遠くに向かって進み続けており、何処まで信号を拾えるかは分からないがその内途絶えてしまいそうな勢いだ。マップは簡易的なので何処をどんな風に動いているかまでは分からないが。少なくとも徒歩じゃない。

「……詠奈様。彩夏さんは恐らく連れ攫われたものと思われます。犯人は……言うまでもないでしょうが。そこで提案なのですが、この発信源の最終地点に対して全員で襲撃をかけてみるというのは如何でしょうか」

「貴方の提案は尤もだけど、聖。私はこの世で最も王奉院詠奈を評価している女よ。私が思いつくような手は向こうも思いついているのではというくらいにはね。だから……その提案をすぐには受け入れにくいわ」

「お、お言葉ですが、戦力の逐次投入をする訳にもいきません。姉さんや私は交戦自体は可能ですが、八束さんのように単独で制圧をこなせるような強さはとてもとても」

「――――――私は子を孕んでいるので、今は偵察と最低限の反撃が限界ですね。流産を前提とするなら話は別ですが」

「私たちのいざこざと赤ちゃんは無関係だから、それはやめなさい。他の誰かならいざ知らず、それは景夜との子でしょう? そこまでの無茶をさせる必要も、する判断もありえないわ」

 彩夏さんを見捨てるという選択肢は存在しない。だがどうにも罠な予感がしているのだろう。それを必要以上と見るかは人次第だ。詠奈は彼女を恐れている。それは俺が母親を恐れていたように、過去自分を縛っていた存在を無意識でも上に置いてしまう、悪い癖だ。治しようがない歪みである事を自覚しても、バカは死んでも治らない。バカみたいな癖。

「仮に罠だったとしても行かない手はない。俺は聖の提案に乗ってみた方がいいと思う」

「景夜……」

「詠奈の危惧は分かる。けどリスクを背負わなきゃ勝てない相手なのも事実だろ。お前がやろうとしてるのはじゃんけんでひたすら後出しあいこをし続けるようなものだ。負けるリスクを背負わなきゃ勝負には勝てない。それでも避けたいなら俺も一緒に行くよ」

 あの人は俺を狙わない。そう確信した詠奈の判断を信じて、弾除けになればいい。メイド達には知る由もない情報、そして思いもよらない判断だろう。だが俺は詠奈を信じる。およそ合理的ではないが、合理が全てを決める訳でもない。


 詠奈と違って、俺はあの人を恐れていないのだ。


 文化祭での一幕。あの人の思惑がどこにあっても、そんな僅かな時間があの人の怪物的イメージを阻止させる。どれだけ正気を疑われても詠奈が我儘な女の子にしか見えないように、あの人は――――――

「………………八束と獅遠はここに残りなさい。聖と景夜に様子を見に行かせるわ」

「お互い足手まとい扱いされてしまいましたね、八束さん」

「…………私は詠奈様のご判断に従います。春も友里ヱも居ないならここには誰一人詠奈様を護衛出来る存在が生まれなくなる。足手まといだとしても仕事はあります」

「景夜様は……責任をもって私が守ります」

「そんなのは指示するまでもなく当然。私に言わせれば無事に帰ってくる事にこそ意気込みなさい。もし彩夏が殺されていたらその時は―――すぐに帰ってきて。死体の回収はしなくていいわ」






















  詠奈の指示を受けて俺と聖は二人、車に乗り込み発信機の場所までをドライブする事になった。タブレットは持ち出せないので電話越しに獅遠の指示を聞いている。

「まさかこのような形で景夜様と二人きりになるとは思いませんでした」

「俺はこうなりたくもなかったよ。どうせなるならもっと穏やかな雰囲気の時になりたかった。中々上手くいかないもんだよな。詠奈の権力があっても」


『景夜様に誠心誠意ご奉仕する事が私達に与えられた単純な使命だった筈が、気づけば多くの仕事を抱え込んでいましたね。少し業務から離れてみれば、そう思いました』


「詠奈に奉仕する事だろ? 俺なんてついでに過ぎない。邪険に扱ったら自分の命が危ないんだから当然だけど、それを使命なんてお門違いだ」

「……確かに」


『聖! …………それは本当に最初の頃のお話です。人間、幾ら嘘を吐こうとも本能には抗えません。どれだけ猫を被るのが上手い女性でも、どこかで必ずボロが出ます。男性において私達と同じ状況なのは貴方だけであり、見るべき異性も貴方だけであり、魅了すべき異性も貴方だけであり、詠奈様を穏やかな気性にしてくださったのも貴方だけです。生きる為というならば、これ以上感謝の理由はございません。貴方よりずっと強い私達を、あくまで一人の女性として接し、最初はありがた迷惑でもその気持ちが嬉しかったのです』


「私も姉さんも人として尊重される事には慣れていません。勿論、一番愛してくれたのは両親でしょうが、その人生は破壊されました。仮に景夜様の言う通り私達が詠奈様への機嫌を考慮して貴方に接していたのだとしても、人として、女性として、貴方のように穏やかなで寛大な方でなければまともに戻る事は難しかったと思います。もしも気性が激しかったのならば、私達はまたその顔色を窺わないといけませんから」

 運転の最中は暇なので、どうにも口数が多くなる。彩夏さんを示す信号は止まったままだ。そこには着実に近づいているが、幾らここが田舎よりの都市であってもまだ遠い。殺風景で自由な砂漠ではなく、計画の下に建てられた道が目的地までをややこしくしていた。

「…………ありがとう、二人とも。俺だからそうしてくれるって言葉は初めてじゃないけど、何度聞いてもいいな。まるで王様だ。詠奈と違って直接指示権があるんじゃなくてただ担がれてるだけだけど―――ちょっと持ち上げるだけでその気になるなんて、やっぱり俺はちょろいのかな」

「無関心にも似た空虚な優しさこそ、景夜様の美点であると私は考えています。詠奈様も含め、屋敷には訳のある女性しか居りませんから」




『ただ理解をして愛してくれる…………景夜様はまるで私達を男にとって都合の良い女性とお考えのようですが、それはきっと逆でしょう。 景夜様が私達にとって都合の良すぎる男性なのです』



 獅遠は知ったような口を利いて、フンと鼻を鳴らした。






「もう一人の詠奈様については殆ど存じ上げませんが、きっとそんな御方がいなかったのでしょう」

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