表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
154/175

夜の景色に戦月

「……こ、これ本当にバレてないのか?」

「ええ、向こうさんがドローンを使っているならその限りではないですけど、制空権は私達のものです。3Dマップを想像してみてください。横から見たら沢山の建造物に邪魔されて何もみえないでしょう。でも上から見れば、道も屋上も全てが丸見え。向こうは景夜様の事なんて気づいてないんだから優位性はこちらにあります。貴方は堂々と近づいて行けばいいんです」

「そ、そうはいうけどさ」

 何処から見られているか分からない恐怖は中々どうして説明し辛いものだ。監視側は恐らく銃を所持している。見つかれば俺は容赦なく撃たれるだろう。『王奉院詠奈』には積極的に俺を撃つ理由がないだけで、絶対に撃たない理由はないはずだ。そう、いつ撃たれるか分かったものではない。

 人間は死んだら復活出来ない。それは勉強なんかしなくても、生きていたら自然と分かってくる事だ。一般的には家族の中に高齢者が居れば遅かれ早かれ味わう事になる。俺が初めて見たのはクラスメイトだったけど……

「………………ふう」

 目の利かない世界はどんなに恐ろしいか。銃で撃たれた瞬間など知覚出来る速度ではないが、それでも死ぬ瞬間は何となく、認識しておきたい。人間にとって恐怖は未知だ。津波が来ると分かっていてそれでも波が見えるまで近づく人間がいるように。その瞬間には手遅れと分かっていても、どうしても生存本能が待ったをかける。本能が本能として動くその瞬間を認識したいと身体が訴える。

「…………」

 しんと静まり返った町の夜。至る所に死が潜んでいると考えると随分緊張感がある。だが落ち着いていた。春の援護があるからではない。詠奈はどうしてこんな都会と呼ぶには閑散とした街に居を構えたのか、特に理由を聞いた事はなかったけど今なら分かる気がする。上を見上げれば心を見喪いそうな程綺麗な月狂の光。今夜は風すら旅する事を止めて泥の様に眠っている。

 心音と足音が一致して、それは俺にとって唯一の騒音に等しい。それさえ止まれば何も言う事はなく、それが止まるのを恐れているからその為に歩いている。梧を守りたいと思ったのは俺が最初だ。妙な幸運から生き残ってしまった彼女が気まぐれに死なない為にも、友人になった。

 詠奈が協力的になった事は良い傾向だ。俺には誇れるようなスキルはないけれど、せめて最初に考えていた事は貫徹したい。


『春。コンビニの壁についた』

『はいはい、オッケーです。仕込みの都合上、景夜様の状況は確認出来ないからそう言ってくれて助かります』

『どうするんだ……って』


 エンジンのかかる音がする。


『車?』

『バイクでもいいですけど、ちょっと都合が悪いと思ってですね。いいですか? 私の陽動についてはそちらからも音が聞こえると思います。聞こえたら一気に走り抜けてください』


 何をするつもりだろう。いや、何でもいい。俺は自分の役割を果たすだけだ。ただ壁に張り付いているだけで隠れているつもりは一切ないが、バレていない事を信じて堂々と、胸を張ってその時を待つ。


 ピー! ピー! ピー! ピー! ピー! ピー! ピー!


「な、何だ?」

 車の警報音。盗難防止の為に付けられたセキュリティシステムだ。こんな真夜中に鳴り響けば近所迷惑。誰がどれだけぼんやりしていても耳をつんざく高音。果たして今がその時かと思った矢先、アクセルを踏み込んだ車が近くの交差点に飛び出してきた。

 まるでその時を示し合わせたように向こう側から車がやってきて、互いの慣性をぶつけ合って激突。二つの鉄塊は混ざり合い、大爆発を起こした。

「え、うええええ!」

 耳を塞いでその場に蹲る。とてつもない轟音に気を引くも何もない。モクモクと黒煙を上げる物体は嫌でも目に入るし、聞きたくなくても耳は壊れそうだし、監視とか以前に寝静まっていた人々も起きる勢いだ。

 だが交通事故は確かに自然に発生してもおかしくないモノである。人為的な交通事故なんて考えたくもない。そんな、治安の悪い行動が横行するような国ではない筈だ。耳鳴りが少し落ち着いた所でダッシュでコンビニの店内へと侵入。店員も窓際で雑誌を眺めていた客も、その全てが外の光景に釘付けだった。


 ―――これマジックでも何でもないだろ!


 それはトイレを借りようとしていた梧でも例外ではない。慌てて外に出てきて、残骸となり果てた車を呆然と眺めていた。携帯を片手に、窓の近くで、堂々と顔を出している。もし相手にスナイパーが居たらこんな絶好の機会は逃すまい。だが、そんな事は起こらない。周囲の家屋の窓が次々開き、或いは電気が点いて状況を確認せんと人が飛び出してくる。

「梧、来い!」

「は―――――――えっ?」

 頭の中がパニックになっているのだろう、無理もない。突然交通事故が起きたと思ったら、別な仕事をしていた筈の俺が近くに居るのだから。手を引っ張っても彼女は地蔵のように動かず、『説明は後でする』と言ってもまずその釈明が届かない。それくらいパニックに陥っているのだ。

 携帯を奪ってようやく、手が動いた。

「な、何よ! 何すんの!」

「いいからこい、こっち!」

 人命がかかっているので常識とかマナーみたいな物はこの際どうでもいい。みんなが気を取られている内に従業員入り口から裏に回って、コンビニの裏口から脱出。監視の目がコンビニ周辺に配置されていない事を願い、壁を背中にし離れるように逃げていく。

「梧、お前……何しようとしてた?」

「何って……で、電話をしようと思って。これってどう考えても悪い事よね。元居た倉庫で待機って……あ、紙見せるね」

 連れてかれるままに引っ張られ、草むらにしゃがむ彼女も中々どうして素直というか、状況も分かっていないのに言う事を聞いてくれるのは有難かった。これでも精一杯、怪しまれないように隠れているつもりだ。変に大きく移動すると、今度は別の監視に引っかかりそうで恐ろしくなった。

 紙には『報酬は依頼主から直接渡される。最初に来た倉庫に戻れ』とだけ。これも変な話だ。普通この手のバイトは尻尾を掴ませないように一枚誰かを噛ませる。仮に取り締まられても芋づる式に引っ張られないように。


『春。居るか? 春?』

『はいはい、景夜様! 梧ちゃんは無事確保できましたか?』

『取り敢えず。あの交通事故がマジックなんて思わなかったけどな!』

『監視者の位置は大まかにアタリをつけているだけでハッキリしていないので、あれくらいはしませんと。表向きは交通事故なので、警察も出向かない訳には行きません。ここも騒がしくなって監視者も退散するでしょう。迎えに行くので指示を下さいな』

『コンビニの裏をずっと走って、なんか草むらの中だ』

『それで十分です! では少々お待ちくださいね?』

 

「何で、アンタここに居るのよ?」

 冷静さを取り戻した梧から質問が投げかけられる。当然の流れだと思う。俺も仕事をしていた筈では、となるのは。なにぶん話が込み入っているので上手く説明出来る自信はないが……一応、するべきだ。

「何処から話すべきかな……まずお前にバイトの事を話してくれた人だけど、別人になってたんだよ」

「…………へ?」

 彼女は目の前でいじめられっ子も含めて映画での死人が丸々代わっている事実を知っている。だからそれで通じるかと思ったが、自分がそうとも思っていない人物が該当すると違うようだ。目を白黒させて、不意に俺の肩を掴んだ。

「ほ、ほんとなの? じゃあ、あの子は?」

「本人は死んでる。それでさ、お前は同じような事を一回目にしてると思うんだけど…………やったのは詠奈だよな。ごめん、これはちょっと事情を聴かないで欲しいんだけど、俺達が戦ってるのはもう一人の詠奈なんだ。これを知ってくれないと説明出来そうにない」

「え、え、え、どういう事? どういう事なの? 詠奈? 顔全然違うけど?」

「とにかく詠奈なんだよ。相手の詠奈はこっちの詠奈の権力に乗っかって好き放題出来てる。つまりバイトを紹介してきた時点でアイツは敵なんだ。このバイトは全部仕組まれてたんだよ!」

「何、何々! わかんない! 言ってる事一個も分かんないんですけど! つまり何なの、何でアンタは居るの!?」

「バイトは俺を除いて、学校に潜んでる詠奈の手駒を炙り出す為の作戦なんだよ。俺はもう一人の詠奈を探る為に自ら進んで調査に乗り出した。あっちは詠奈の事を良く知ってるから、俺が行くなら当然誰か事情が通じてる人間を紛れ込ませると呼んだんだろうな。分かるよな、お前がそうなんだよ。十郎はついさっき襲撃を受けて連絡が取れない。でもアイツは戦える。お前は違うだろっ?」

「た、戦えないけど…………わ、罠って事でいいの? それじゃあやっぱり電話を掛けようとして正解だったのね。こういうバイトって、絶対依頼主が来る事ってないから怪しいと思ってたの」

「いや、電話自体は正解じゃない。お前はさっきまで監視されてたんだ。電話なんて指示にないから、それが確認された時点で殺されてたよ」

「そんな堂々とはしてないって! 私は、トイレの中で……」

「密室の中で電話して、もしそれを外から聞かれたらどう逃げるつもりだ?」

 梧は遂に口を詰まらせた。危機感はさほど感じていなかった―――否、彼女なりにリスクを回避しようとしたが足りなかったと言った方が正しい。

「とにかく倉庫には戻るな。指示通りの行動をしなかった時点でお前が潜伏してる手駒だってバレるかもしれないけど……死ぬよりはマシだろ」

 また、電話が掛かってくる。春ではなく、詠奈から。



『もしもし?』

『依頼を終えた際に指示があるのかしら。みんな倉庫に戻っていくわね。これはちょっと、指示がないから取り敢えず戻ろうという無意識だけでは考えにくいから』

『それは梧の方で確認した。倉庫の方で何かあったか?』





『さあ、それは分からないわ。私が圀松十郎のように部分的に買っていた監視は全員死亡。屋敷で働かせていた子が銃弾を追って重傷、こっちで使ってるドローンも破壊されてしまったみたいで何も分からないの…………もう何処に誰が居るか詳細な情報は不明よ―――警察を動かせない以上、殆どの子は山の警備に当たらせていて今は君を回収出来そうにないわ。本当は死んでもそんな事したくないけど、翌日に冷たくなった私では君に向ける顔がないの…………そっちに春を預けるから…………一晩、どうにか襲撃を防いで頂戴』






 通話が切れて、目の前の現実を見つめ直す。

 梧は顔を青ざめさせて、その場に尻餅をついた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ