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国家令嬢は価値なき俺を三億で  作者: 氷雨 ユータ
valueⅧ お嬢様

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死なずの令嬢サンクチュアリ

 バイトにしてはおかしいと思っていた。いや、バイトにしては、というか。全部実態はおかしいけど、十郎の仕事は特に運ぶものもなく、設置する物もなく、単純に移動するだけだった。焚火は作ったかもしれないが、こんな夜中に光源を作るなんて目立ちすぎる。

 危ないバイトなんてのは大抵それ自体が犯罪行為か、犯罪に相当する物体を安全に渡す為に第三者を介するモノだ。許可のない焚火は犯罪行為だが、焚火自体は犯罪に相当する―――薬物や拳銃などの危険物と同列ではない。わざわざ終点まで行かせて何のつもりかと思ったが、まさか一人だけ完全に切り離して数で囲もうという算段だったか。

 十郎の電話はそれっきり切れた。電話で応対している余裕などなかったのだろう。


『詠奈、十郎の方は助けに行けないのか?』

『私からは特に何もしないわ。助けたい人が居ればそれを止める理由もないけど』

『…………そうか』


 それを非人情だとか、不義理だとか責めるつもりはない。十郎は詠奈を殺そうとしていたし、俺も掌を貫かれた経験がある。その事で怒りを買っているなら仕方ないと思うし、こんな反応は当然だ。それに実際戦える十郎より明らかに戦闘能力のない梧の方が手を貸す優先順位として上なのは分かる。

 だけどアイツは助けを求めるよりまず、俺の心配をしてくれた。色々確執があったとしても俺だけはその気持ちに応えてやりたい。尤も……それで目の前の梧を蔑ろにするつもりもない。

 彼女は紙を見つめたままずっと固まっている。そこには随分難解な指示が書かれているのか、それともただ不安なだけか。彼女の携帯は詠奈にこそ直接つながらないが、俺にはかかる。そしてどっちにかかるかなんて向こうからすれば関係ない。

「……梧ちゃんって結構顔に出やすい所があるんですよね。顔を顰めてないって事は、書かれてる事が理解出来てない訳じゃない……報連相は重要ですからね。それくらいは別に高校生でも知ってておかしくはない概念です。今時は特に」

「仕事が終わったから俺にそれを教えたいって事か? …………監視役は居るよな」

「この位置関係だと把握出来ませんけど、遠足は帰るまでが遠足。潜伏者を炙り出すなら仕事を終えた直後が好機ですよ。圀松十郎さんは多分というか、元々バレていたんでしょう。恐らくある程度戦闘能力がある事も。だから助けが直ぐには来られないように切り離したと考えるべきです。仮説ですけどね、いずれにしても切り離されたのは事実で、今から私が向かったとしても間に合いません」

 その間に合わない可能性の方が高い仮説を否定するくらいなら、ここで梧を守った方が現実的には実現しやすい。だから俺も春も離れられないし、命じる事も出来ないでいる。


 ―――頼む。ここで電話しないでくれ!


 こんな所で銃撃戦なんか起こしたくない。そのどさくさに巻き込まれて梧が怪我するのも避けたい。幾ら春の目が良いと言っても、スナイパーが居たら俺達には特定出来ない。電話を掛けた瞬間に頭を打ちぬかれたらそれで終わりだ。

「…………」

 祈りが通じれば、通じるとは何だ? 頭の中をぐるぐると無意味で無意義な事が回る。どうしようもない。どうにもならない。ここで声を出せば俺の位置がバレるし、俺が近くに居るなら関与が明らかになってしまう。どうすれば正解になる。梧は今にも電話しそうではないか。ああ、そう、やめろ。ポケットに手を伸ばすな。頼むから思いとどまって―――

「………………」

 梧は、歩き出した。


「い、祈りが通じた? いや、一旦指示に従おうと思ったのか?」

「一応指示は指示だから、行ってみてから後の事は考えるつもりなんでしょうね。あ、みてください景夜様。方向的には倉庫ですよ。これは報酬の受け取りについて指示されたんでしょうか」

「まだ分からないぞ。他に仕事があるのかも」

「でももうブツはないですからね」

 また詠奈から電話が掛かって来た。タイミングがいいのか悪いのか、梧が道を曲がるにしてもまだ距離がある。


『喫茶店で彼女に封筒を渡した人物を拘束させてもらったわ。警察はどうも誰かさんが私の名前で別の所に動かしているようだから、聖に頼む事になってしまったわね』

『何か分かったのか?』

『その人は普通の人だけど、仕事を完了するまで家族を人質に取られていたみたい。そいつの詳細な情報は不明だけど、さっきも言ったように警察は無力化されているわ。民間人に危機が差し迫った所で誰も助ける事は出来ない……殆ど正体を明かしているようなものね』

『あの人か…………権力に乗っかられるのは本当に厄介だな。他に報告はあったか?』

『倉庫に戻ってきた学生を確認したわ。中に入ってからは動向が分からない。監視からの報告によると指定の事務所に荷物を届ける作業だったみたい。そこは所謂詐欺グループの拠点なんだけど……近場だったのね。確認出来る限りはその人以外にまだ戻ってきてる人は居ない。そっちはどう? 梧さんは無事かしら』


 詠奈越しにしか情報を聞けないもどかしさ。俺達は彼女にぴったりと張り付いていなければいけない。訪れるかもしれない危機を救う為に。十郎の方はどうしても手が回らないし、そもそも十郎が初めから詠奈に通ずる間者とされていたなら、俺が向かう事は許されない。詠奈の所有物において命は決して等価値ではないのである。


『無事だけど……』

『だけど?』

『……なんか、動きが変だ。分かりやすく挙動不審で、落ち着きがない』


 それは電話の最中に気づいた事。仕事は終わった筈なのに、彼女は何故かあちこちに首を動かして無人を執拗に確認しているのだ。後ろめたい事はとっくに終わっているであろう。

「これは……多分、何となく彼女も監視に気づいたんだと思います。監視の目から逃れる場所を探してますね。あ、ほら……コンビニに入っていきますよ」

「コンビニはまずいだろ!」

 深夜でもない時間帯、夜のコンビニには当然無関係の人間が居るし、外から銃撃されるリスクもケアされていない。誰にも監視されない場所と言って思い浮かぶのは個室のトイレだが、逃げ道のない場所に自分から行くなんてどうかしてる。警察が機能停止している今は表面上も犯罪が取り締まれないと言うのに!

「ど、ど、どどどうしよう春。こ、コンビニを滅茶苦茶にしないで守る方法ってあるか?」

「それ、私の専門外ですね。景夜様、何もかも巻き込まないで穏便に終わらせるなんて土台無理な話ですよ。私は詠奈様に事情を詮索するなと言われていますが……戦争の気配くらい感じます。これは詠奈様の何かを懸けた行動なのでしょう? 私は侍女として詠奈様に勝利を捧げなければいけません。覚悟を決めてください。梧ちゃんを守りたいんですよね」

「覚悟…………」

 事勿れ主義。そう言ってもらっても構わない。誰も傷つかず誰も失わないならそれに越した事はない。出来れば何か特別な事なんて起きて欲しくない。それを願うのは……悪い事ではない筈。だがどうも、今はそれが甘ったれた願望になっている節がある。

 二兎を追う者は一兎をも得ずなんて誰でも知ってるようなことわざだが、あれもこれも無事であれと願って結果何もしなければ全て失うかもしれない。それなら俺がするべきは取捨選択。

「…………春。俺をコンビニまで誰にも気づかれず向かわせられるか?」

「車を使えば恐らくは。ただそれだと―――出る時にはバレるので、今日は助かってもずっとは逃げられませんよ。梧ちゃんが詠奈様と繋がってるってバレたら、他の皆は助かるでしょうけど、彼女はいつどこで殺されても文句は言えません。逆にここで梧ちゃんがバレなければ、報酬を貰いにさえ行かなければ死ぬ事はないでしょう。挙動不審ではありますが、突然お腹が空いただけって事も考えられる。向こうさんが咎める指示にない行動というのは、他の学生とコンタクトを取る事、電話で何者かに連絡する事をさすと考えられます。いずれにしても監視の人だってそれを確認しないといけません。だから景夜様が突撃するよりもするべきは―――」

「確認の為に入ろうとする監視者を倒す?」

「それは、語るに落ちているじゃないですか! 人間の死角の話はしましたよね。私がナビゲートするので、景夜様は言う通りに動いてください。コンビニの壁まで行けたら合図をお願いします。そうしたら私が気を引くので」

「気を引くたって、それも結局梧こそネズミだって教えてるようなもんじゃないか」



「ようは自然に発生するような事象であればいいんですよ。私を信じてください景夜様! これでもマジックを齧っていたんです。ミスディレクションくらいは出来ませんと」






















『詠奈にしては珍しく、決断に期間を設けたな。もっと即断即決が好きだと思ってた』

『梧さんを守る為よ』

『守る?』

『彼女は私の事情についてさほどは知らないけど、そんな事情はそれこそアイツも知らない。だからもし捕まったら、それこそ死ぬ程苦しいような拷問をされてしまう可能性が高いわ。そうでなくともダシに使われて私の求心力低下に使われるかも。あそこで決断させたら、きっと梧さんは自由を望んだでしょう。でも首輪が無ければ彼女はもう生きられない。少なくとも私とアイツの戦いが決着するまではね。私がせっかく自由にしてあげると言ったのに、解放された直後に死なれたらまるで仕組んだみたいじゃない。それは不公平―――勿論、あそこまで行って尚も決断するようだったら止めはしなかったけど』

『でも梧はしなかった』

『そういう事。だからその間だけは守ってあげないといけないでしょう。仮にも君の友人として、それなりに学生生活を彩ってくれたのよ。価値と恩は別の話。私は慈悲深いのよ。そんな私の恩返しに……良ければ協力してくれる?』






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