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ネズミは穢れを好む

「はぁ……はぁ…………はぁ……………」

 詠奈との電話は一旦切った。携帯を耳に当てたまま走るのは難しかったのである。フォームを整えないで走ったら幾ら陸上部でも無駄な体力を消費するだろう。それを素人の俺がやるのだ。体力には幾らか自信があっても呼吸くらい乱れる。

 梧は駅前の喫茶店で封筒を受け取ってから動くのだが、間に合っただろうか。ついさっき電車が出発したから十郎とは確実に離れている。近くの電柱に隠れてお店の前を張っていると、不安そうに周囲を見回す梧の姿を見つけられた。


 ―――落ち着いて。


 そう、見失ってはいけない。視界に収めたまま電話を掛ける。


『詠奈。見つけたぞ。今、封筒を受け取った……と思う。遠くて分からない、暗いからな。でも店から出て来たって事はそういう事だと思う。胸に何か抱えてるし』

『こっちはドローンで十郎の方を追跡させてるところ。君にはどうか後を尾けて欲しいのだけど、周辺に誰かいないかしら。君みたいに梧さんを追跡するような人影は』

『ごめん、探し方が分からない。人は居るから、立ち止まってる人が全部そういう風に見える』

 何なら肝心の梧も、店の前から出て来たそれっぽい人影をそうと断定しているだけで細かく見ている訳ではない。もう少し近づければ判別も出来るのだが……詠奈が危惧しているのは、そういう風に近づきすぎた結果、元々監視者が居た場合に背中を見せてしまうという事だ。

『……仕方ない。ドローンでの捜索は獅遠に任せて、春を向かわせるわ。あの子なら夜目が利くから問題ない。合流したらさっき言った通りに追跡しておいて。またこっちから電話するわね』

『有難う。サポートしてくれて』

『好きな人が無事に帰ってこられるように手を尽くすのは恋人そして生涯の妻として当然の事よ…………君を守る為なら手段は問わない。春には最大武装を許可してあるわ。もしも穏便に済ませたいと思うなら、君も頑張って頂戴」

「う、うーん。それは俺だけの事情でどうにもならない気がするけど、分かった。精々誰も殺さないで済むように頑張るよ」

 不思議な脅され方はされたが、基本的にはサポートに違いない。梧と思わしき人がどんどん離れていく。追いたい気持ちは山々だが春の到着を待たないといけない。

 

 ―――やっぱり詠奈の助けになるには能力が足りないのかな。


 夜目が利かないから、誰かが同伴してくれないと俺はまともに動く事も出来ない。詠奈は変わらず俺を頼ってくれるけど、その信頼に対して著しくスペックが劣っている様な気がして非常に申し訳ない。分かっているのだ、詠奈は俺を仕事が出来るから買った訳じゃない。能力を見込んで買ったのは侍女達の方だけだ。こんな弱音を漏らしたら慰めてくれることは想像に難くないけど、慰められたらむしろ惨めだ。詠奈の期待に応えられていない事を殊更に感じてしまう。

「景夜様。お待たせしましたっ」

「…………春」

 電柱の上から音もなく少女が降ってきた。服装がいつものメイド服な事から屋敷に居たのだろう。武装を許可したとは言っていたが、重武装どころか、傍から見て彼女は何も装備していなかった。

「……装備は置いてきたのか?」

「え? 装備はこれで十分ですよ。ここが紛争地帯だったら私も平和ボケしたなって感じですけど。それより、梧ちゃんは何処ですか? 一応私のペットらしいから、直ぐに判別出来ますよ!」

「梧ならもう遠くに行っちゃったよ。それより夜目が利くってのはどれくらいなんだ?」

「昼間と同じくらいですかね」

「に。人間?」

「眼の構造上有り得ないって話は分かりますよ。比喩表現って難しいですよね、本当に明るく見えてるんじゃないんです。ただ物を判断するにおいて昼間と大差ないってだけで! 早速行きましょう! ついていきますね!」

 春を従えて梧と思わしき人物を尾行する。消えていった方角は分かるので案内は随分楽だ。二つ信号を挟んでもう一度彼女を捕捉したところで、春が裾を掴んで歩みを止めてきた。

「景夜様。あれは確かに梧ちゃんです。だけど少し待ってください。私たちの正面でたむろする女性の集団が見えますか?」

「ああ。姿は分からないけど声で判別出来る。楽しそうだな」

「一人、会話してるのに視線が不自然な人が居ます。会話は噛み合っているみたいだけど、話題の膨らみ方が自然じゃないですね。多分台本があるんでしょう。あれが恐らく、仕事の監視者……至る所に配置されていると考えられます。景夜様は監視する意味がないのでそれ以外ですか」

「これ以上近づいたら俺の存在もバレるか?」

「尾行って尾けてる本人にバレなければいいので、傍から見ると結構な不審者って場合が結構多いんですよね。ここは私にお任せを。監視の目は隠れているからこそ有効なのであって、場所が割れているなら死角も自ずと割り出せます。見た所……少なくともこの視界内に監視者は居ないので、遠目に移動すれば大丈夫でしょう。夜目が利かないのは殆どの人間に当てはまりますからね」

 な、なんだこの頼もしさは。

 春がふざけるのをやめて真面目に取り組むとここまで頼もしく感じるか。身体は小さいのに、歴戦の兵士が傍についているような安心感だ。映画とかで、ムキムキの主人公が隣に居るかのような気分。率直に言って負ける気がしない。

「取り敢えずついてきてください。梧ちゃんは素人なので大胆に近づいてもバレません。今は監視から逃れる事を意識するのです」

「……な、なんか意識すると歩き方がぎこちなくなるんだけど、どうにかならないかな?」

「視界制限というのは、単に見えづらいだけではなくて、些細な違和感も見落としがちです。例えば景夜様がここでいきなりダッシュしたらそれは違和感として映るでしょうが、少し歩き方がおかしくても気に留まりません。だって監視役は最初から景夜様が梧ちゃんを追ってくると見越して配置されてるんじゃなくて、飽くまで梧ちゃんの仕事する様子を見てるんですからね。意識配分が違うんだから、大丈夫です」

「そ、そういうものか……」

 その証拠ではないだろうが、春は自信満々に足音を立てて歩いている。音もなく歩く八束さんを知っていると迂闊にも見えるが、それは言われたように自意識過剰というか、自分が出す音は全て感知されていると思い込んでいるのだろう。

「そう言えば結局梧が詠奈の手駒だって気づかれてないのかな」

「この様子なら気づかれていませんね。ただ梧ちゃんが怪しまれずに行動出来るかは微妙な所です。様子を見てる限り自分が犯罪に手を染めているんじゃないかって不安に思ってそうですからね。何処かで違う行動をする可能性は十分考えられます」



「…………そうなったら助けないと」
















梧が指定のロッカーを発見したようだ。それまでに何人も監視者が居た様だが、春の力を借りて潜り抜けた。今はロッカーの向かいにあるマンションの階段から仕事の行方を覗いている。


『元の倉庫に人の出入りを確認したわ。トラックの荷台から人が出てきて、もう待機してる。くれぐれも帰らないようにね』

『武装してるのか? この法治国家で』

『報告では、拳銃を持っているそうよ。アイツは君に手を出す気はないと言ったけど、消極的なだけで全くそんなつもりがないとも言えないから、油断はしないでね。それと君が設置しようとしたカメラの件だけど』

『狙いが分かったのか?』



『あれ、小型の爆弾だったわ』



『…………え?』



 小型の爆弾を、俺は設置していたのか?

 いや、設置というか。自販機の上に捨てたって言った方が正しいけど。


『狙いが透けたわね。きっと私から王位を取り上げた後に、君を排除する為に犯罪者に仕立てようとしたのよ。それは目の前で君を殺すよりずっと悪趣味ね。きっと慈悲と称して君をダシに私に条件を呑ませ、後は知らぬ存ぜぬを貫き通すつもりだったのよ。王権さえなくなれば、犯罪者は自ずと社会から放逐されてしまうから』

『そんな……あの人がそんな事…………いや、今はいいか。俺の方にそんな思惑があるなら他の仕事を回されてる奴にも違う狙いがあるのかな』

『敢えて狙いのない目的を指示する事で私の指示をネズミに仰がせる目的だと思うけど……何にせよ報酬を払う気がないから他のみんなも参加するべきではなかったわね』

『無茶言うなよ。みんな仕事を回した奴が偽物だって知らないんだぞ。梧に変なバイトを度々紹介してたんだ、怪しくても金払いの良いバイトを斡旋してくれるって意味で信用があったんだろ。報酬の受け取り方が書いてないなんて怪しさの範疇だ』

『春。高橋繁名の写真は見せたわね。追跡中に同じ顔は居たかしら』

『いや、居ませんでした。少なくとも梧ちゃんを監視してはいませんね』


 梧がロッカーに封筒を入れる。それで指示された仕事は終わり。彼女はロッカーから代わりに一枚の紙を取り出して眺めている。もしかして報酬の受け取り方だろうか……元居た場所に戻って来い、とか?


『…………圀松十郎から電話が掛かって来たから、繋ぐわね』


 単に携帯を複数持っているのだろう。携帯をカチンと付き合わせる音が聞こえてから、十郎の音声が届いた。


『おい王奉院詠奈! 景夜に伝えろ。今すぐアイツを助けに行けって』

『十郎? どうした?』






『公園の周りを覆面集団に囲まれたよ。どうもこの焚火が合図だったらしい。幾ら俺が強くてもこの人数はちょっと―――厳しいな』

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