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囚ノ翼は自由を求めて飛び立った

「バイト、あったよ」

 勉強会の最中に飛び込んでこないだけ良識的だが、意気揚々と報告に来るのは……ちょっと、どうなのだろう。俺達が一般人を通じて情報を得ようとしているのに、何故相手がそれをしない保障がある。とはいえ俺達の消息が掴めず闇雲に探していたのだろう。警戒して探せというのは難しい。

 俺は勉強会を終えた後、家庭科室に逃げ込んで髪の手入れをさせられていた。詠奈の髪は非常に長く綺麗で、それでいて繊細だ。本当は専用の係でも作って触らせた方が良いのだけど、どうしても俺にやらせたいらしいから梳かすのが上手くなった。

「詠奈。ちょっと話していいか?」

「ん…………いいけど」

 お眠な様子の彼女を肩で支えながら梧の方を振り返る。息も絶え絶えと言った様子であり、ここまでの道のりはさぞ目立っただろう。事情を知らなくても、アイツは何がしたいんだと注意を引いたに違いない。

「……因みに情報源は誰からだ?」

「うちのクラスのバイト掛け持ちしてる子。一回限りのバイトで、自分の報酬が高くなるから人を集めてたみたい。詳細は聞かされないんだけど……参加したい人は学校下にある、もう誰も使ってない倉庫に集合だって」

「…………それは見るからに怪しいな。詠奈、どう思う? そのバイトだと思うか?」

「まだ断定は出来ないけど、食いついた方が良さそうね……私は家に帰って、監視を配置させておくわ。二人は予定通りお願い」

「いや、三人だ詠奈。十郎は一応俺の護衛みたいな事をしてくれてる。もしこれがあの人の罠でも大丈夫だよ」

 あそこで聞いた話では、運送会社を頼ったグレーな仕事だったけど、今度はどうだろう。学生が呑気に投げ銭出来るなら被害を受けるような事は……ないと思う。

「詠奈。友里ヱさんに電話してもいいかな?投げ銭してくれた人の話を聞きたい。梧にバイトの話をした奴と同一人物だったら裏付けが取れるだろ」

「それは……アカウントが実名でなければ証明は出来ないと思うわよ。確かにインターネットに浅く触れる人間は迂闊に実名を出してしまう事もあるけれど、それなら私に名前の報告がないのは友里ヱの怠慢になってしまうわね」

「あ、そっか……」

 自分の頑張りにケチをつけられたからだろう、梧は不満そうな顔で俺達のやり取りを眺めている。少し呼吸は整ってきたか。この僅かな時間が彼女の休憩になったなら良かった。

「―――そうだ、詠奈。梧の事で少し話がある。せっかく二人が揃ったならこんなタイミングがいい時はない」

 しようしようと思ったなら、ちゃんと実行しないと不誠実だ。俺の用事を察した当人は怪訝な顔で俺を見つめてくる。今度はその様子を傍目から見た詠奈が、首を傾げた。

「頼まれたという風には見えないわね。何かしら」

「俺達が出たとこ勝負で映画撮影をしたせいで梧は奇跡的に生き残った。本来あそこで処分されていたのに、だ。そんな奴を機密保持の点で首輪つけて従わせるのも分かる。でも……お前は梧に価値を感じてるんじゃないだろ? それなのに一生春のペットとして繋いでる気か? それは俺、あんまりだと思う。チャンスをくれてやれないか」

「君が私の判断にケチをつけるなんて珍しい事もあるのね。でも確かに……一理ある話。ねえ、()()()。貴方は私の支配から逃れたい?」

「ど、どういう意味よ。それでうんって言えば放してくれるの?」

「貴方は最後まで景夜君にも色目を使わなかったし、考えてあげてもいい。勿論誓約書は交わしてもらう。私の正体について口を噤む約束よ。答えは今すぐ出さなくても良いわ。それはきっと不公平でしょう。大事なのは―――一度交わした約束は破らない事。そして自分の決断を後悔しない事…………余計なお世話だったかしら。そう思うなら、全てを無視して今ここで判断してもいい。それは貴方の自由。彼の言う通り、私は貴方を欲しいとは思わないの。だから必要以上に縛ったりもしないわ」

「な、何? 気味が悪いんだけど…………しょ、書面で約束したからって手を出さない保障はないでしょ! あんな悪趣味な事しといて!」

「景夜君に色目を使わない、景夜君に怪我をさせない、景夜君を困らせない。この三つを特に言われなくても守っているようだからチャンスを与えたの。書面でさえ信用出来ないというのは法治国家に住んでいる者としてどうかとも思うけど―――私が信じられないなら、景夜君を信じなさい」

「な、なんでよ」



「私、好きな人は裏切れないの」



 詠奈は俺の胸の中に顔を寄せると、動物みたいに頭をスリスリして気持ちよさそうに目を細める。

「多少なりとも学友として共に過ごしたなら人となりは多少理解もしている筈よ。それとも自分を疑り深いと思い込みたくて、私が彼に向ける愛情すら疑わしい?」

「詠奈―――――っ?」

 梧を目の前にして、長い長いキスが始まった。息継ぎなんてしない。互いにこのまま息の途切れる事を厭わない愛情表現。舌を絡ませるのは流石に控えたい。そこからはもう、行く所まで行くという合図に等しいのだから。

「んっんっはああおっんぐぐう」

「んんおおぐううううう……うっ」

 梧にも恋人は居たが、その関係は健全とは言い難かった。あんなモノを経験と言うのは可哀想で、俺と詠奈の互いを求めるようなキスを見て顔を真っ赤に、その顔を隠すように掌を広げる梧こそ、真の姿だ。一言で言えば初心。まごうことなき無垢だ。

「わ、分かった! 信じるからもういいわ! 考えさせて! もうやめて!」

 詠奈は名残惜しそうに唇を離すと、溶けるようなキスを、最後に瞼へ。梧の方へ振り返って、楽しそうに頷いた。

「恋は盲目。貴方も女の子なら、せめて恋だけは信じなさい」
















 詠奈と別れを済ませてから、予定通り三人でバイト希望者が集う場所へと向かった。監視は詠奈曰く四人居るらしいが、夜目が利かない俺にはただ一人として発見出来ない。そこには暗闇しか無くて、誰かが生きている気配は感じられないでいる。

「俺に言わせればリスクの大きな賭けだな。あの良く分からん女に繋がるとは思えない。運送会社の話とバイトの話は別だろ」

「でも今まであったバイトじゃないのは確かだ。最近急に生えてきたと見ていい。じゃなきゃ今の今まで心当たりすらないなんて変だろ。俺は詠奈に養われてるから詳しくないけど、バイトしてる奴なんて沢山いる。無関係に続いてる闇バイトならこんな苦戦しなかった」

「……仕事内容は聞かされないんだったな。その割には、随分多く集まったじゃねえか」

 俺達も含めて学生が十人以上。割のいいバイトは結構だが、ここまで人が多いと分配されて報酬として魅力が半減するのではないか。もしもそうでないなら元々このくらいの集まりは想定していたという事だろうし、それなら一体どんな仕事を…………

「ん?」

「え?」

「おっ」

 手持無沙汰で暇を持て余した学生達の間を縫って何者かが次々とメモ帳を渡してくる。それが誰かは見えないし、みるどころじゃない。ここは元々日当たりも悪ければ近くに街灯もないのだ。スマホの光で正体を探ろうとすれば同じ考え方をする奴らと照らし合ってむしろ視界が眩しくなる。

 それはどうやら指示であり、俺と十郎と梧とで内容は違っていた。

「全員同じバイトを希望したのに内容が違うなんて変なバイトね」




「いや、これはリスクヘッジだな……断言は出来ないが、一先ずお互いに中身を見せ合おう。そうしてはいけないなんて一言も言われていないしな」

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