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番ノ娘は非価値な己に一杯を

 赤羽彩夏は人の様子を覚えるのが得意。カメラアイや完全記憶能力に類似したその能力は、屋敷では主に同僚の体調管理やメンタルケアに当てられており、使い方としては至って真っ当であると言えるだろう。

 詠奈に買われた人間の中では真っ当な経緯を持っていると言えるかもしれないが、この平和な世の中に置いて悪用しようとすれば友里ヱさんと同じかそれ以上の悪い使い方が可能である。

「だって工さん、二日前にもお花をくれたじゃないですかー! あのカトレア、お家に飾ってるんですよ! ほら、これ見えます? とっても可愛くて素敵なんですけど……うふふ。工さん、どういう気持ちで私にこのお花をくれたんですか?」

 呼吸や目線、声音や瞬きと言った情報からその人の心理を探り当て、また顔を会う回数を増やせば増やす程、前日との比較で内面を把握されやすくなり、その性質を知らない人は本来現実に存在する筈のない、自分を完璧に理解してくれる他人であると錯覚してしまう。

「変な気持ちはないって? 本当に~? ……工さんなら、あってもいいのに。なーんて♪」

 自立心があり、心に強い芯を持った人間ならそうはならないかもしれない。だが下心も含めて、誰かを拠り所にしないと息をするだけでも辛い人間が居るのも確かだ。そういう人間にとって赤羽彩夏は劇毒に近い。

「冗談ですってば~! それじゃあ、美味しいお酒を用意して待ってますね~♪」

 彩夏さんは電話を切ると、俺達の方に振り返って恭しくお辞儀をした。

「沙桐君っ。来てくれたんですね!」

「勤務外で連絡を取るのってありなんですか?」

「んーそれはこっちの裁量次第ですからね。接触手段は多い方がその人を理解しやすいですからっ。変な目で見られるなんて沙桐君でもう慣れっこですし!」

「ご、誤解……でもないような。くそ、言い返しづらい!」

「沙桐。貴方って人は……」

「ふふ、冗談ですよ。 もっと前から慣れてるのでご安心を。それに、嫌だからって私にこの仕事をしない権利はございません。他ならぬ詠奈様の命令ですからね!」

 挨拶も程々にバーの中へと入っていく。中央のカウンターを囲む様な形で席が並んでおり、棚には名前も分からないような酒瓶が沢山並んでいる。既に一人、恐らくは業務の手伝いとして見覚えのある顔が座っている。

「りょ、諒子さん!? 貴方、医者じゃないんですか?」

「だから私は医者じゃないってえ……! うう、どうしてこんな事に。わ、私ガールズバーなんてやった事ないぞ……」

 医者でもなければ働いた経験もない。なのになぜか駆り出されている不思議な女性、諒子。妙な場所に包帯を巻いている所は相変わらずだが、ここの制服だろう、随分露出度の高い服を着ている。谷間がざっくりと見える程開いているのはもとより、白を基調とした服は胸周りが僅かに透けており、目を凝らせば下着の色まで丸見えだ。明らかに強調するデザインな事は間違いなく、彩夏さんも本来の大きさの二割増しくらいには大きく見える。

 スカートは太腿の付け根を少し覆い隠す程度であり、少し腰を曲げるだけで下着はおろか下尻まで見えそうだ。どちらかがマシという事はない。どちらも過激すぎる。

「こ、これ法律的に大丈夫なんですか?」

「なあにまともな事言ってんだよ沙桐。王奉院詠奈が関与してんなら法律なんてあってないようなもんだろ。今更な話だ」

「私、絶対こんな場所で働かないから!」

 手伝いをすると聞いて接客を想像したのだろう。梧が顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。だから未成年が居るのは不味いという話を前置きにしたのに、十郎がよりにもよってそれを無視出来る根拠を提示したから……

「彩夏さん、さ、流石に恥ずかしくないんですか? こんな服……」

「ふふ! 前に居たお店の方がもっと過激でしたよ! 私は客引きでしたけど、中で働いてる子はそれはもう大変で……それに比べたらカウンター越しに話して、お酒飲んで、遊ぶだけじゃないですか! 因みにこのバーのコンセプトは天使ですね!」

「ああ、だから白っぽくてスケスケなんですね……生足で、しかも裸足ですか。いや、そうじゃなくて。これ、勿論俺達が表だって手伝う訳じゃないですよね。裏の方で何してればいいですか?」

「開店時間まで時間があるので、特に何かしろって事もないんですけど……梧ちゃんは個室のゲームを準備してください! 沙桐君達は裏で監視カメラを見て、トラブルがあったら介入してくれたらそれでいいですよ!」

「個室? どっちで届け出だしてんだこの店……まあ王奉院詠奈なら何でもありか。しかしこれは手伝いと言えるのか? 急に襲ってきたあの女を見つける手助けになるとは思わないが」

「取り敢えず裏に行ってみようか。自由にしてていいなら、それはそれで楽だし」

 裏の扉から事務室まで脇目も振らず直進。二人共同じ男として、正直気まずい空間から離れたかったのだ。途中金髪の女性とすれ違ったが、キャストの一人だろう。店内の音は全て、この事務室に拾われるようになっている。



「諒子! お待たせ! 今日は暇だから私も手伝ってあげるわ!」

「ま、薪菜……! 頼む、私の代わりに二人分働いてくれ! こんな場所絶対嫌だ!」

「えーどうして? 何だか楽しそうじゃない! それとも貴方、労働が嫌いって言い出すニンゲン? 一人じゃ辛くても、二人なら楽しいわよ! 頑張りましょ!」

「うわああああああ…………!」

「三人か……まあ何とかなるでしょう……」



「……十郎。俺達、何で男なんだろうな」

「気持ちはわかるが落ち着けよ。つーか毎日混浴してる奴がこの程度で日和るな。日和りたいのは俺の方だ……何もする事はないって言われたが、この資料を読み込む価値はありそうだぞ。どうもあの女は時間を縫って前々から営業してたんだろうな。客から手に入れた情報がここに全部乗ってる」

 気を紛らわせたくて書類を手に取ったのだろう。俺には分かる。そこに書かれていたのはこの店に何度か来店した男達の個人情報であり、時々曖昧な書かれ方をしている事から彩夏さんに零された情報だという事が窺える。

「…………俗な言い方するんだけど、あの人って人の心が分かるからガチ恋営業出来てるんだよな。こんなに多くの人を誑かしたらどっかで破綻すると思うんだけど」

「そこは色々やりようがあんだろ。ガールズバーはまあ……キャバクラと違って横で接待はしねえ。カウンター越しに軽くやり取りするだけだ。店内を見た感じ軽くで済むかどうかは分からないが表向きはそうなってる。会話だけで他人様を気持ちよく出来んならどうにでもなるだろ。連絡先は手に入るみたいだしな」

「そういうものなのか? メイドの仕事だけさせてたのは詠奈なりの慈悲だったのかな……」


「あ、そうそうアヤカ! このお店っていつまで営業するのかしら!」

「情報が手に入らないなら深夜二時くらいまで粘ろうかなと」




「……まあ、何やっても犯罪として咎められないなら何でもするのは分かるけどよ。普通に気が進まねえよ。こんなのに加担して。沙桐。お前は女を見る目が本当にないな」

「……? まあ、俺は詠奈と違って育ちもそこまで良くないから。アイツの我儘にはいつも振り回されるよ。でも今までは結構気遣ってたんだなって分かった。この様子じゃ春も聖ももしかしたら獅遠や八束さんも碌な仕事任されてないぞ。それだけ本気なんだろうな。それだけ……あの人が怖いんだろ」

「何の話か分からねえしそんな意味で言ったんじゃねえし……はあ。いい年した男が必死に口説く様をここで延々見せられるのか。師匠に斬り殺される方がマシだったかもな」




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