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『王奉院』は女の顔をしていない

「…………事情は分からないが、あの乱入して来た女がこれからもちょっかいかけてくるから、その前に何処に隠れてるから見つけ出せって話だな?」

「そうだ。十郎、お前が詠奈に色々言いたい事があるのは分かるけど、協力してくれ。梧。お前もこれ以上首輪付きで人生生きるなんて嫌だろ。これは詠奈にとって最大の脅威だ。お前が活躍したら、解放されるかもしれない」

「……」

 二人共、簡単に返事が出来ないのは分かる。十郎は姉を連れ攫われて、梧は本来映画の為に殺されている所からたまたま生き残っただけ……それは彼女にとって大いなる理不尽であり、それを引き起こした張本人を守れなんて言われても二つ返事で承諾はしたくないだろう。

「お断りだ……って言いたい所だが、アイツは詠奈以外の他の人間にも危害を加えかねないんだろ。流石にそこまで望む程腐っちゃいない。だから協力も吝かじゃないんだが……」

 十郎は足を止めると、校門前から校舎を見上げて首を傾げた。



「何でお前は学校に来てんだよ」



「あ、確かに。全然緊張感がないわ!」

 十郎は至って冷静であったが、これは詠奈の判断だ。




『へ? 俺は普通に過ごしてろって……本気で言ってるのか? 出来る事があるならなんでもするんだけど』

『出来る事があまりないの。それにあまり妙な動きを見せると……何をしてくるか読めなくなる。向こうはこちらの戦力事情を把握しているのに、私達は何も掴めていない。戦争は何も表向きドンパチやる事が全てではない。現代は情報戦こそ肝要よ。だから今は露骨に事を構える姿勢を見せるよりは、せめて君だけでも普通に生活していて欲しいの』

『……詠奈はどうする?』

『勿論私も普通の暮らしを心がけるわ。ただ前みたいに車で登校するとついでに君が狙われるリスクがあって、もうそれは回避出来ないから別々でね。外で侍女の皆には動いてもらうわ。もし君に出来る事があるとすれば……外で皆の事を手伝ってあげて。それ以外は何も求めないから』



「……っていう事でさ。ほんと、俺は平和に暮らしたいだけなのにこんな事になっちゃって。気づけばクリスマスも近いなんて」

 それまでの間に収穫はない。本人が姿を現すまで、この世界に痕跡すら残っていないみたいに情報はなかった。戦っている相手は幽霊か? それはあながち間違いじゃない。『王奉院詠奈』は自らを死んだ事にして、その名を彼女に渡したのだから。

 それにしても警察とか軍隊とか政府とか幾らでも協力させられるのだから何の情報も出ないというのはおかしな話だと思うは。

「……俺がまだ生かされてるのは、お前を守る為だと思う。気は進まねえが、パフォーマンスには付き合ってもらったし、借りもある。協力させてもらうよ」

「わ、私は……いいわよ。どうせ従わないと死んじゃうんだし、それなら少しでも貴方の近くに居た方が生きられそう」

 二人の協力は得られた事だし、一先ず身の安全は確保した。俺を狙いたいのか(俺が詠奈の急所である事は向こうも理解している筈だ)詠奈を狙いたいのかハッキリしない以上、それぞれ身を守らないとどうにもならない。極端な話、俺が誘拐されたら詠奈は要求を呑みかねないのだ。

 昇降口から校内に入り、階段の所で二人と別れる。詠奈は既に登校しており、相変わらず男子に言い寄られている所だ。クリスマスが近いから、暫くはずっとお誘いが続くだろう。そんな場合ではない事など露知らず。


 ―――そういえば、この瞬間は狙わないのかな。


 詠奈が王様としての身分を隠して一般の女子高生として生活する瞬間を狙えば一番無防備だと思う。今は護衛もいない……それは飽くまで目に見える範囲だが。

「景夜君、おはよう」

「お、おはよう」

 命の危機とやらに直面すると保存本能が働くという話はどうやら本当らしい。今朝は屋敷内の喧騒を聞きながら身体を重ねてしまった。心なしか上機嫌に見えるのはそれが原因だ。言い寄っているのもそのせいでガードが緩く見えるからと窺える。

「テストが近いから勉強会を開いてくれと頼まれたのだけど、貴方もどうかしら」

「え、え、え……」

「クラスの学力を上げる試みだから先生の許可は得ているわ。生徒同士の結束を高めるという意味でも邪魔はされない。君は学力があまりよろしくなかったでしょう? もしよければ、参加してくれない?」

 参加するな、とは誰も言えない。ライバルは一人でも少ない方が男子達にとってはよろしく、女子にとっては女子の比率が高い方が気楽な場合が多いが、これも参加するなとは言えない。表向きにしろ目的は勉強だ。それ以外の介入は詠奈が認めない。

「い、いいけど」

「有難う。今日の放課後にでもするつもりだから多目的教室Ⅰに集合ね。遅刻は……あまりしないで欲しいけど。家の予定とかなら、仕方ないわね」

「だ、大丈夫だよ! 家の予定とか全然気にしないで! 詠奈の為だったら家とかどうでもいいし!」

「…………その気持ちは嬉しいけど、家は大切にね」

 水面下で事が進んでいる間も表向きの関係は崩さない。俺が自分から崩す必要はないだろう。自身が望んだ環境を、追い詰められるでもなく放棄するのは愚かな事だ。

 何か用事があるらしく、すれ違って詠奈は廊下へと行ってしまう。姿が見切れるまで横目で背中を追いつつ自分の席に座ると、机の中に手紙が入っている事に気が付いた。

















 手紙には簡潔に電話番号のみが書かれており、それ以外の言葉―――例えば指示などは書かれていなかった。だが俺の机にわざわざ入れたという事は俺にだけ話があるという事だ。詠奈に見せるのも考えたけれど、どこからどこまであの人が動きを把握しているのか判然としないままリスクは取りたくない。

 昼休み。屋上で詠奈との昼食を楽しむ中で、彼女が席を外している内に電話をかける。


『もしもし』

『簡潔に用件を伝えるわね。おチビさんがつけてるノートがあるでしょう? それを私に譲渡してくださらない?』

『……何でですか?』

『貴方は気付いているかしら? あれは王奉院の印が押されたちゃんと効力のある文書よ。当時は私達全員が付ける事を強いられた、今ではそれが王奉院詠奈としての義務でもあるノート。それさえ渡して下さればおチビさん以外の誰にも手は出さないと約束しましょう』

『それを、何で俺に?』

『あの子の事だから、貴方にだけは閲覧を許しているんでしょう? だからこうして連絡を取ったの。渡さないなら、それもいいでしょう。覇道に屍は付き物……怠惰な王様が玉座に座るくらいなら、私がこの国を導いてあげないと。どうかしら、協力して下さる?』

『慈悲深いんですね。でもお断りします』


 返事は、最初から決まっている。


『貴方は俺を空っぽな人間だと言いました。間違ってないと思います。人の性根は死ぬまで治らない。どんなに厳しくされても甘やかされても、根本的な所は何も変わらない。でも、貴方の妹は、俺の愛した王奉院詠奈は! 価値のない俺に三億もの大金をつけてくれたんです! 自分でもどうかと思うような大金を、俺の人生を初めて肯定してくれたのがあの子なんです! 運命なんて信じない、奇蹟なんて起きようもない。だから俺が信じるのは―――詠奈の愛です。それだけは信じないといけない。俺を好きだと言ってくれたアイツの言葉を嘘にさせちゃいけない! だから、その要求には応じません』

『………………勝ち目がないと、分かっていても?』

『不可能を可能にするのが王奉院なんでしょう? 俺はね、卒業したら詠奈と結婚するつもりなんです。その為に必要なら、俺だって同じことをしないと』

 



『死なない王奉院詠奈あなたを、殺します』



 それだけ言い切って電話を切ると、どっと溜息が零れてきた。自分でも気づかない内に緊張していたのだ。いよいよこんな事を言い出したからにはあの人も温情ある措置は考えてくれなくなる。

 それでいいじゃないか。俺という人間の人生は詠奈なしでは語れない。彼女が居なくなるくらいなら、いっそ死んだ方がマシだ。

 横を見遣ると、いつの間にか詠奈が戻ってきており、その様子からかなりの時間会話を聞いていた事が分かる。掌で口を覆って、その場に固まっていた。

「あ、詠奈」

「………………そんな教育をした覚えはないのだけど、いつの間にそんな格好いい事を言えるようになったのかしら。勇気と無謀は違うけど」

「い、いいんだよそんなのは。俺はただ自分だけが逃げ道のある状態を作りたくなかっただけだから。あの人には俺の事も敵として見てもらわないと。じゃなきゃ俺は、お前の夫として相応しくない」

 携帯をポケットにしまう。立ち上がって彼女の手を取ると、小指を結んで顔の前に持ち上げた。

「好きな人の前でくらいは、かっこいい事させてくれ。勇気と無謀は違うけど、王奉院詠奈は慈悲深いんだろ。なら何とかなるさ。付け入る隙はきっとある。運命に愛されていてもな」

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