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真剣で私に跪け

 王奉院詠奈への信奉心に関わる事でもある。彼女が去った後でも侍女達に正体が伝わる事はなかった。伝えない方が俺も良いと思った。納得いく説明をしようとしたらどうしても真相……つまるところ、王奉院詠奈はどうして生まれたのか、という所から話を始めないといけない。

「いよいよ俺か……」

 遂に出番が来た。十郎の協力を得ているとはいえ、うまく行くかどうか。八束さんはトラブルが起きても眉一つ動かさずに事の成り行きを見ていた。あの人を見て何かを感じた様子はない。事情を知らないなりに静観していたのだ。

 打ち合わせは事前にしておいた。ただそう、これがパフォーマンス足り得るには真に迫る必要がある。何が言いたいか、分かるだろう。聖みたいなグダりをしてはいけない。軽い打ち合わせだけで一発勝負を乗り越えないといけない。それで初めて……ようやく楽しませる事が出来ると思う。

「緊張しているの?」

「えっ、あ。いや……まあ」

「大丈夫よ。君なら出来る。ほら、手を握ってあげましょうね」

 本来これは、十郎への指示だ。俺が手伝う義理なんてないようで、八束さんを楽しませる事が出来るならそれだけで意義がある。パーティースーツを着たのはこの為だ。少しでも見栄えがあるように。勿論、詠奈がドレスを着たからというのもある。

 本来この手の状況に相応しいのは甲冑とか袴かもしれないけど、それはあまりにも場違いだ。だからこれが妥協案になる。詠奈に沢山手を握ってもらっている内に心が安らいできた。緊張は相変わらず少しは残っているけれど、きっと失敗しても詠奈は俺を怒ったりはしない。そんな信頼があるから恐れずに動ける。

「十郎! この場を借りてお前に言いたい事がある! 出てこい!」

「はあ!?」

 喧嘩を撃って、前に出る。観客に影響が及ばない様に外へ外れて相手を待つ。台本曰く、因縁をつけろとの指示だ。どうやって人に喧嘩を売ればいいのだろう。痛いのも痛がらせるのもごめんだ。だからそう言われても具体的な手段が思いつかない。

「…………十郎! 出てきたな!」

「おう。前に居るぞ」

 目線が俺を心配している。頭が真っ白になっているのではと。その通りだ。因縁をつけようにも、彼に対しての不満みたいな物が何もない。これが詠奈くらい一緒に過ごしているなら別だけど、不満を抱ける程近くもなければ無関心でいられる程遠くもないそんな距離感の人間に、一体どうやって怒ればいい。


 ―――。


「…………あ。えっと、十郎! お前、水に流してやったつもりだったけど、お前の顔を見てたら腹が立ってきた。俺の手を刺した事、今ここで謝ってもらおうか!」

「あ? ……確かに謝ってないかもな。だがこれまで言い出さなかったんだ、お前は気にしてないって俺は思った。今ムカついたからって謝らねえよ。大体、俺は刺すつもりなんかなかった! 詠奈の目の前でそんな事言って気を引くなんてお前の方こそ卑怯だろ!」

 理不尽の手助けになってくれたのは、母親の背中。訳もなく怒られた過去が役に立ってくれてた。事情はどうあれ十郎が剣を抜刀し、俺に向かって投げつける。身体は避けろと指示を出したが、彼を信じてその場から動かずにいると丁度目の前で刃が突き刺さる。

「…………あ、危ないな! 俺に刺さったらどうするつもりだったんだよ!」

「うるせえ! あーもう俺の方こそムカついてたんだよ! いつもいつも周りの女の子にチヤホヤされてよ! お前だけ扱いがいいのがムカついて仕方なかった! お前の方こそ謝れ! 謝らねえなら―――これで白黒つけてやるよ!」

 戦う理由は何でもいい。ともかく動機付けは完了した。ちょっと不自然さが残っているからか殆どの子は俺と十郎がどうして険悪になったか分からないようであったが、ただ一名、呑気に『景夜様~!』と応援をしてくれる春のお陰で演出という事は理解されている……と信じたい。

 俺が剣を握ると同時に十郎も予備の剣を抜刀。彼我の足が詰め寄って、互いの刃がかちあった。剣戟の音が響き、交差する鋼を通して目配せをする。


 ―――ど、どうする?

 ―――いいから打ち込んで来い! 俺が全部受けてやる!

 ―――本当に、全力でやるからな!


 春から教わった身体の動かし方。原理は不明だが、明らかに動きが軽くなる。曰く根本的な筋量が足らないから完璧な効率化をする事は不可能らしいが、それでも苦労なく剣を振る程度ならば支障ない。

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 ほんの少しの身体のズレ。日常生活を送る上では誰も気づかない様な、非効率的な身体の運び方。それは意識するだけでも変わる程のズレであり、一々春に強制された動きを脳裏で辿れば再現は容易い。

 十郎が受けやすいように上段を意識する。だが決して露骨な大振りであってはいけない。大切なのは殺す気である事。子供だましであってはいけない。


 俺は今、本気で十郎を殺そうとして剣を振っているのだ。






「―――ふふ」


  















 無事に全員分のパフォーマンスが終了した。

 一番すごかったのは、春だ。棒術の演武よろしくその場で即興のダンスを披露。あまりにも身軽に棒を操り暫く地上に降りてこなかった時は目の前の現実が一体どんな名前の漫画かと勘違いした程だ。

 やっぱり普通の女子大生は無理があるような……いや、普通の女子大生を詠奈が買う理由がないから、何かあるのは分かっていたけど。

「八束、春。どうなの? 貴方達から見てこれは、何かしら」

「こんな事って…………やっぱり、あの人が?」

「それ以外に考えられないでしょう。今日はもう何もしない……つまりあそこに来た時点で何かし終わったと考えるのが妥当だもの」

「……鏖殺と言いたい所ですが、あまりにも綺麗すぎますね」

「これはどちらかというと殲滅に近いと思いますよっ」

 


 山の中には、百を超える警察官の死体が転がっていた。



 元々は詠奈がパーティーを邪魔されないように密かに配備を促した人員だ。仕事は与えられていない。怪しい人間が入ってくるようならいつも通りに捕まえろという指示だけが下されていたらしい。

「血の臭いはしなかった……つまりアイツにも使える手駒が居るという事ね。それも素人ではなくて」

「失礼ながら、あの女性と詠奈様にはどのようなお関係があるのでしょうか。私と春の見立ては一致しています。これらを行ったのは職業軍人、もしくは従軍経験のあるモノでしょう。死因はいずれも銃殺、必要以上の損壊はなし。あまりに遊びがない」

「詠奈様~。これって本当にどうするんですか? 沢山の人が死んだのはいいとしても、これだけ警察官が死んだら隠すのも難しいですよ。地位が脅かされるって事はないと思いますけど~」

 詠奈も春も、目の前の死体自体には何の感慨もない。その後について考えている。俺は―――俺には何が出来る? 『王奉院詠奈』が何故こんな真似をしたのかの考察でもするべきか。だが答えは明らか。詠奈が『やくそく』を破ったから怒っているのだ。

「…………水を差されたのは確かだったようだけど、いいわ。二人共、この事はくれぐれも他言無用でお願いね。景夜は……後で話があるから、また私の部屋に来て頂戴。獅遠には言ってあるから」

「し、質問の答えになってないと思うぞ詠奈。俺もここまで死人が出たら隠すのは難しいと思う。警察の業務の延長で呼びつけてこうなったんだろ? 今までとは事情が違うと思うけど、どうするつもりだ?」



「大丈夫」



 詠奈は神を呼び出すボタンとやらを、とっくに握りしめていた。




「あまり褒められた手法ではないけれど、力任せに解決出来るなら、それが一番単純なのよ。尤も…………アイツとの決着だけは私にしかつけられないから、いざという時には頼れないのだけどね」

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