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その佳景を知らぬまま

 いつの間に練習していたのかと思う程、パフォーマンスは上手くいっていた。だがこの打ち上げが毎年ある訳ではないから実際問題練習はそれほどしていないのだろう。元々出来たのを細かく調整したくらいか。

「はーい、それじゃあ次は私の番ですね。私って器用だから色々出来るんですけど、どうせなら滅茶苦茶な事をしようかなって思いました」

 中でも彩夏さんは異彩を放っており、無作為に確保した手榴弾を会場の真上に投げて、落ちるまでに全てを打ち落とすというものだった。間に合わなければここは爆撃され、場合によっては多数の死傷者が出るパフォーマンスに当初会場は悲鳴が上がったが、見事一発も外さず、全ての手榴弾を空中で処理してみせた。

 また手榴弾は特別製であり、空中で散ったそれらは全て小さな花火となって夜空へと消えた。

「大成功っ。どうもありがとうございましたー!」

「うおおおおお、すっげえええええ!」

「早撃ちが得意なんて、意外ね。王位簒奪の時とばかりに殺されてしまうのかと思ったわ」

「もしかして早撃ちって大した技術じゃないのか? 絶対そんな事ないよな。何でそんなポンポン出来る?」

「沙桐君、それは企業秘密というものですよー。だって私は、本来この手の業務を担う人ではございませんからねー」

「そうね。私も彼女を掃討業務に携わらせるつもりで買っていないわ。それにここが西部劇の世界ならともかく、平和な状況で早撃ちの技能を磨くのは相応の場所に通わなければ難しいと思うけど」

「早撃ち、お前が教えてる可能性は?」

「ふふっ、沙桐君。詠奈様の運動神経では難しいですよそんな事は!」

「それもそうか」

「……喧嘩売ってるの?」

 しかしそれなら詠奈さんの方が同じ様に早撃ち出来るのも謎だ。それも彩夏さんの曲芸とはまた違う―――明らかに殺害に特化した早撃ち。影武者としてあらゆる責務から解放された影響で時間が余っていたのだろうか。それくらいしか想像できない。

 パフォーマンスの先発が中々うまく成功した為に、後続はどんどん派手にスケールを大きく捉えてしまうのではないかと心配になったが各自が出来る事を披露する姿勢が変わらないのは良かったと思う。単純に負担がデカすぎる。詠奈が一々驚いてくれるから緊張しづらいのもあるのではないだろうか。机の下で手を繋いだままなのは変わらない。お互いに擦り合わせた訳ではないが、最近は指の動きで会話が出来るようになってきた。

 楽しい、と言っている。

「つ、次は私が行かせていただきます。姉さんの分も頑張って……詠奈様をお楽しみにさせていたただだだ」

「聖! もう喋りが滅茶苦茶だから取り敢えずやって!」

「は、はい。ではここに予め掘っていた穴があります」

「馬鹿! 庭を壊したら怒られるって話だったでしょ!」

 我慢出来なくなった獅遠が飛び出してくる。使うのは会場の外に置いてあった木製の棺桶だ。引きずられて持ち込まれたそれの中に聖が入り、流れで手を貸す事になった獅遠が扉を閉める。

 入棺(死んではいないが)の際、聖の手足には枷がかけられ鍵も中へと放り込まれた。手足を封じられているが、あの鍵さえ使う事が出来れば枷は外せる。つまりは脱出パフォーマンスだ。

 獅遠は詠奈の前までやってくると、手に持っていた鞄から剣を取り出し、手渡した。

「詠奈様。こちらは参加型となっております。こちらの剣を棺桶の何処でも好きな場所に突き刺してください」

「……本当に何処でもいいのね?」

「はい。勿論、参加するのは詠奈様だけではございません! この場に居る皆さまにも参加していただきます!」

 棺桶の中からガチャガチャと枷を弄る音が聞こえるが、それも全体の喧騒にかき消される。処刑の片棒を担がされているようにも聞こえたか、俺もこの手のパフォーマンスは分かるけど、今の所トリックが見えてこない。本当にタネも仕掛けもないように思える。

 だってこの手のパフォーマンスは箱が固定されているから幾らでも仕掛けが出来るではないか。マジシャンが表で大仰な動きをしている間に閉じ込められた人は用意された出口を使って逃げる。今回は、聖の不手際もあって獅遠が遠くから雑に持ってきた棺だ。後ろに出口がついているなら当然後ろの子にはバレる。足元に穴は掘らなかったらしいから地中への脱出も叶わない。

 詠奈は剣を持って立ち上がると、棺の前に立って腹部を貫くように突き刺した。もしもどうにかして剣を避けようと思っているのなら一番かわしづらい場所だ。


 枷の音が聞こえなくなる。


「次は景夜さんね」

「ほ、本当に大丈夫か……?」

 全くタネが分からないけど、ここで手を抜くのも違うだろうと思い直して剣を構える。避けるなら棺の下の部分だ。詠奈が刺す瞬間に合わせてジャンプしたとは考えにくい。

「えい」

 足元を垂直に突き刺して、俺の番は終了。その後は次々と剣を持った女の子が寄ってたかって棺を突き刺し、中で頑張る聖に逃げ道を与えない。棺が物理的に壊れるからと途中で止められたが、合計五十本程の剣がハリセンボンの如く突き立てられ、内部の動きは完全に静止していた。

「おい獅遠これ……本当に……」

「はい。それでは剣を抜いて確かめてみましょう」

「お、俺も手伝うよ」

 早く抜いたからと言って命が助かるなんて事はないと思うが、一刻も早く答えを知りたい気持ちがそうさせた。あらゆる角度から観察しても答えは得られず、俺の脳内では死んでいるとしか思えない。

 剣を全て引き抜いて棺を開けると中は空っぽ。聖は何処に行ったかというと、足元にあった芝生―――否、芝生シートの中から姿を現した。それでようやく、姉妹のやり取りに理解が及んだ。 

 獅遠が思わず参加したのも頷ける。どうやってそこに移動したかまでは、分からなかったけど。

「あら、これは凄いわね。トリックも見破れなかったわ。後で教えて下さる?」

「それはもち…………え?」

「え?」


 棺桶に触る手を視線で追うと、そこに立っていたのは詠奈ではなくて―――『王奉院詠奈』。


「え!? え、え、え、えええええ!」

「あら、どうかしたの景夜君。こんばんは」


「………………!」

 驚いているのは、俺と詠奈だけだ。それもそのはず、『王奉院詠奈』は顔が違う。体型も違う。真相を知らなければそれが本来あるべき王様の顔であると気付かない。

 殆どの侍女は首を傾げるばかりだったが、一部の人はこの只ならぬ空気を察したようだ。少し空気がぴりついているような気がする。

「……貴方、何をしに来たの? 呼んだ覚えはないのだけど」

「何って、可愛い妹の為に私もパフォーマンスをしに来たのよ。もののついでだから気にしないで。今日はもう何もしない。約束する」

「…………それで? 何をするの?」

「見てなさい」

 彼女は手を頭の上で叩くと、森の中から現れたフルフェイスの人物が大きなカバンから無数のリボルバーを地面にばらまいた。その数を咄嗟に数え切る事は出来なかったが、大雑把に数えても八十丁を超えている。

 眼鏡を外すと、彼女は俺の肩をちょいちょいと叩いて足元を指さした。

「景夜君。悪いけど適当に三個ほど取って、上空に六発撃ってくださらない?」

「え、え……あ、うん」

どれも同じ種類の銃だ。何かマーキングをしてある訳でもなさそう。言われた通りに手近な銃を取ると、六回引き金を引いた。

 五発実弾。一発空砲。

 四発実弾。二発空砲。

 一発実弾。五発空砲。

 全部、違う。

「手が痛い……」

「銃を撃ち慣れていなかったのね。でも有難う。みんな、御覧の通りこの銃は無作為無差別に弾を込めてあるわ。ただし必ず一発以上は空砲がある。私は今からこの銃を、空砲なら自分の頭、実弾なら上空に撃って弾を枯らす。もしくは……景夜君。貴方が撃ってもよろしくてよ? 実弾だと思うなら私に、空砲だと思うなら上空に。勿論、ルールを破って全部私に撃ってもいいけど」

「そ、そんな事しませんよ!」


「景夜を人殺しにする気!?」


 黙っていられないのは詠奈か。自分の楽しい時間に水を差されてご立腹だ。それはきっとこの場の誰もどうにかすることは出来ない。『王奉院詠奈』が目の前から消えてくれない限りはずっと。

「…………()()()? 私は運命に愛されているのよ。貴方様は知っていると思うけど、景夜君はそれを知らないでしょう? だから教えてあげようと思って。運命に抗う事の愚かさを」

「…………景夜。君が決めてくれる?」

「わ、分かった。じゃあ俺が撃つよ。イカサマはしない。ていうかしなくても、普通に考えたらどっかで外すと思うし」

 一歩間違えれば自分が人殺しになる。そんなリスクは分かっているが、ここまで自信に繋がっている運命とやらがどうしても気になった。誰もが俺の無謀な行動に息をのむ中で、足元の銃を拾って付きつける。

 カチッ。

「……」

 怖くなって、上空に。ドンっと実弾が飛び出した。次も実弾が出る気がして発砲。やはり実弾。

「……」

 俺が負うのは人殺しのリスク。彼女が背負うのは死のリスク。だのにどうして、彼女は目を逸らす事なく銃口を受け入れ、俺は震えた手付きと共に目を瞑って発砲しているのだろう。

 今は三発撃ったと思う。割合を全く把握出来なくなって、いっその事全部を上空に向けた。これ以上は怖くて向けられなかったのだ。


 ドン、ドン、ドン。


「…………次、どうぞ?」

 残りの銃、いつ人を殺してしまうかのリスクに怯えながら慎重に発砲した。恐ろしいのは上空に向けて撃った時に一度も空砲が出ず、彼女に向かって撃った時にだけ空砲になる事だ。

 銃が次々と空になっていく。俺は弾の割合なんて知らないし、事前に確認もしていない。守っているのはきちんと六発を撃つ事と、必ず一発以上は違う方向に撃つ事だ。

「次」

 ここまで当たらないと次第に恐怖心が薄れていく。銃に弾など入っていないみたいだ。試しに自分に銃口を向けて覗き込んでみるも、違和感はない。

「自殺は結構だけど、景夜君にはまだ借りがあるから死なないで欲しいわね」

「……これ、次は出るって事か?」

「さてね」

 手首を返して、発砲。不自然に弾は出ない。どうしても出てくれない。遂に最後の銃を手に取った時、彼女は俺から奪い取って、引き金を引いた。

 カチッ。

 カチッ。

 カチッ。

 カチッ。

 カチッ。

「………………あ、あ」

 何度も頭が吹き飛ぶイメージが錯覚として重なっていた。だが現実はただの一発も彼女を殺す事は出来ず、パフォーマンスは終了した。その場で尻餅をつく俺に、『王奉院詠奈』は囁いた。

「これで分かったかしら。この国の王になるからには運命に愛されていないといけないの。貴方からもおチビさんに余計な気は起こすなと伝えておいて。私には決して勝てない。やくそくを破ったのは向こうなんだから―――従順でいてねって」 

 ただそれだけを言い残して、彼女は森の方へと去って行った。侍女達の間にはあれは誰だったのかなどと不安にも似たどよめきが立っている。


「…………おほん。今のはトラブルだけれど、パフォーマンスをしに来てくれただけなのだから見逃しましょう。とりあえずその銃を片付けてから次に行きましょうか」





「わ、私がフリになってしまいました…………」

 

 

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