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愛されし運命、手繰る定め

 一抹の不安を抱えながらも、結局の所それがいつやってくるかは誰にもわからず、詠奈も心配するなとしか言わないので一旦は意識の片隅に置いておく事にした。これを楽しまないのは損だ。

 普段は忙しくて話せていない子も居るし、そういう子と親睦を深めるいい機会だ。それはナイトプールの時もそうだったけど、あの時は雰囲気が異様で……正直に言うと俺は呑まれていた。

 どうせ次話すならもっと良識のある空間でと思っていたのだ。


 パン! パパパパパ!


 ドーン!


「…………?」

 山の中で、自然とは程遠いような爆発音が木霊している。気になるけど、それを気にしているのは俺だけのようだからとても反応を表に出せない。同町圧力ではないが、自分だけが気づいている異変に誰も気づいていないとなると、気づいていることが恥ずかしいから聞かなかった事にしたくなる。

「……遠くから様子を見てたが、お前って奴はほんと、この状況に慣れてるんだな」

「十郎」

 いつの間にか背後から忍び寄っていた十郎に向かって振り返る。この中においては数少ない男性、そして事情を知る友人だ。多少手が刺された程度では友達をやめたくならない。

「こんなに女が居てよく肩身が狭く感じないな。梧は具合が悪くなってきて珍しく休んでるぞ」

「何で?」

「そりゃお前、あんまり人の多い場所が好きじゃない奴は具合も悪くなるだろ。俺も見渡す限りが女で落ち着かない。お前の事が信じられないくらいにはな」

「それは経験の差だと思うな。俺も連れてこられたばかりの頃は緊張してたよ。でもほら、俺は詠奈の恋人で、もう家族の一員みたいな感覚も持たないといけない。部分的に買われてるお前ややむを得ず掌握された梧とは事情が違うよ」

「そうか。それはまた結構……パフォーマンス、任せたからな」

「それは勿論。ここの居心地が悪いならお前はやっぱり少し離れてた方が良いと思う。じゃあな」

 違う事情と言えばもう一つある。それは日頃多くの仕事を手伝っている俺と彼とでは好感度に違いがあるのだ。詠奈が傍に居るなら一切関係のない話も、その条件が満たされなければ今度は買われた女の子達に囲まれる。


「「「「景夜さん!」」」」


「ん? ああ、君達か。パフォーマンスの方は大丈夫か? 詠奈は満足させられる―――?」

 男性が殆ど俺しか居ないからって、お洒落お粧しを俺の為にしてくれるような女の子の集まりだ。囲まれると凄く良い匂いがするし、話しているとそれがどんな奇妙な話題でも全力で盛り上げてくれる為、話しているだけで気分が上がる。それが最終的に何かに繋がる事はないけれど、こういう場が整っていると、飲んでもいない酒に当てられて酔ってしまいそうだ。

 そこまではいいが、酔ったらそれを言い訳に侍女の身体を触りそうで困る。これでも昔はとても自制心が強かったのだとしみじみ思う。やはり一線は超えるべきではなかった。

 胸が見えたら満足だった昔。触れてしまったその日から、見えるだけでは満たされず。

 用意出来ない大人のビデオに思いを馳せていた遠い春、詠奈と身体を重ねたその日から、見るだけでは満たされず。

 一線を超えるとはハードルがあがるという事だ。自分の劣情についてはよく把握している。だから、それが怖い。




『みんな、少し静かに。それと景夜は速やかに私の下に戻るように』




 遂に指示があった。果たしてこれが学生の打ち上げの雰囲気かと言われたら全く違うが、詠奈が愉しいならもう何でもいい。だって彼女を労う会なのだから。隣に戻ると、詠奈は俺に手を差し伸べて、手繰るように隣へ座らせる。特に何かしていないようにも見えるが、机の下では指を絡めて手を繋いでいた。

「みんな、今日は私の為にパーティーを開いてくれてどうもありがとう。指示をしたのは私だけど、設営を頑張ったのは皆よ。だからお礼を言わせて欲しいの。学生の打ち上げというとそれ程厳格なルールもなく各々緩く盛り上がるらしいから、このまま自由時間というのも一つ、考えたわ。けれどこれは私を労う為の会なんだから、私を楽しませるべきだと考え直したの。だから、緊張する必要はないけれど、私を楽しませるパフォーマンスが出来るという人は、会場の外側に外れてそれを見せて欲しいの。場所は幾ら広く使ってもいいし、小道具にも制限はない。楽しければそれでいいわ」

「因みに褒賞みたいなのはあるのか?」

「私の想定を超えられた子は、価値を上方修正するつもり。まさかそんな事が出来ると思わなかった私の落ち度だから」

 言い切ってから、詠奈は俺の方を見て頬に口づける。普段どんなにか俺を気に掛ける様子を知っている侍女達も、これには黄色い声を上げて色めきだった。

「君にはこういうモノをあげる。頑張って私を楽しませてね」

「い、意外性はあると思うな……」

「そう。ああ、言い忘れていたけれど景夜との子を孕んでる二人は例外にしてもいいわよ。する事が何も無かったら、そのままでいいから」

「詠奈様。下らない質問になりますが、例えば私がここで公開出産が出来たら、それは詠奈様を楽しませられるでしょうか」

「…………??(はあ?)?」

 やにわに何を言い出すかと思えば、八束さんは頭がどうかしてしまった。暫し、想定外に詠奈と見つめ合う時間があった。何を言いたいかは言葉のままだが、敢えて言おう。言いたい事が分からない。

「……人の形成から出産までの時間を自由自在にコントロール出来るのだとしたら驚きね。だけどそれは人間のする事ではないわ。私の為に人間をやめられる? 子を産むキカイにでもなってみる?」

「申し訳ございません。そこまで深い意図はなく、興味本位の質問でして」

「八束さんやば……」

「こほん。戯言はともかく、私を楽しませられたらそれでいいわ。ジャンルは一切問わないけど、分かりやすく見応えがあるものをお願いするわね。とはいえ最初に出るのは誰だって躊躇うでしょうから…………木祖山春夏。貴方から始めてくれる?」


「へええ!?」


 所属の上では友里ヱさんの部下になると思う。基本的な業務は獅遠と変わらないが、一つ違うのは広すぎて未知が存在する地下室での業務がある事だ。だから顔を合わせない時は大抵地下室で何かをしている。何をしているかは分からない。

「わ、私ですか…………」

 心なしか左右に伸びたツインテールが萎びたような気もする。前置きした通り、この手の発表会ですすんで先陣を切りたがる人間は少ない。一番手は今後の流れや盛り上がりを決める役割もあるのだ。そうそうおかしなことは出来ず、地味な事も出来ない。

「え、えっと……じゃあちょっとした曲芸をしまあす!」

「へえ?」

「手伝うよ~ちゃちゃっと成功しちゃってよ春夏ちゃん」

 予め打合せしてあったのだろう。屋敷から小道具を持ってくる友里ヱさんと何やら遠くで話している。持って来たのは二つのバランスボールと工事現場なんかでよく見る長い鉄パイプ。それから投げナイフ。

「…………え?」

 まずは芝生の上に板を置いて、その上にバランスボールを二つ。それらに橋をかけるようにパイプを固定すると、春夏はぴょんと飛び乗って、横からナイフを受け取った。

「いいいいいいい今から、そそそそこの的に」

「あーいいって集中してて。はーい、詠奈様。今からこの子がこの状態でナイフを的の真ん中に当てます。五メートルくらいですね~」

「そんな曲芸が出来たの?」

「出たとこ勝負ではないって所見せちゃってよ~。ほらほら……大丈夫。怖くないから」

 観衆はこれから自分の出番がある事も忘れて息をのみ、事の成り行きを見守る。春夏の姿勢は決して安定していない。今にも落ちてしまいそうだ。それでもナイフを振り上げる所までは行って、それで―――


 トンッ!


 的に当たった。

「や、やったあ!」

「凄い! マジで当たったのか! 凄いな春夏!」

「お上手っ」

 詠奈と並んで拍手をする。褒められたことが嬉しくて、彼女は後頭部を掻きながら照れ臭そうに笑っていた。友里ヱさんだけが安堵したように胸を撫で下ろしている。

 一番手にしては、上出来なパフォーマンスだったと思う。



 次は―――

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