国家侍女のから騒ぎ
「ん、ぐっ、ううぅぅ……やっぱり定期的に、受けるべきね。マッサージはっ! くぅ……」
「俺もなんか久しぶりにした気がするよ。お前のマッサージ。やっぱり色々凝るよな」
簡単なマッサージなら何処でも出来るが、今度ばかりは形式が違う。広すぎる地下の分岐点の先には本格的な施術をする為の台もあり、詠奈が苦しくならないように顔と胸部分に穴が開いた特別仕様だ。平和な頃は上で八束さんがマッサージをしている間、俺が下に潜り込んで詠奈と会話をする為の代物。二人の関係性を知っていれば俺が会話以外に何を求められたかなんて誰でも分かる筈だ。下着越しでも福一枚もない、生の景色に理性は抗えない、とだけ。
ただ、今は俺が普通にマッサージをしている。寝室で数えきれない程やってきたから、本職レベルとは行かないが俺も心得があるのだ。
「肩が凝るのはまあ分かるけど、首は……多分俺のせいだよな。俺が長い髪のが好きなんて言うから、こんな事に」
「その代わり、全体的な手入れの時は君に任せているでしょう? 気にしないでも大丈夫。君が夢中になってくれるなら、これくらい。髪の毛に君のニオイが絡まったら、それは私にとって幸運よ。頭がクラクラしそうなほど濃厚で、痺れるような気分を味わえる。これからも私の為に手入れをお願いね」
「それは任せてくれ。所有物として精一杯頑張るよ」
パーティーの準備に主人の詠奈は一切参加しない。その完了を待つだけだ。俺もついさっきまではパフォーマンスの手伝いをしていたけれど、時間配分は考えないと。
「一応馬鹿な事を聞きたいんだけど、妊娠してる人ってお酒は飲んじゃ駄目だよな?」
「どうしても飲みたいなら対応出来るけど、私がそれを望まない限りは特にそんな対応をする予定はないわね。天気を変えてしまうのと同じように、それを覆すのは高い買い物なのよ。私の個人資産ではもとより、この国の税収を以てしてもね」
「…………不可能とは言わないんだな」
「成功の秘訣は大量の資金と多少の運。運はあらゆる不可能を覆す。因果の揺らぎはニンゲン程度が抗える現象ではない……獅遠と八束には控えるよう言いつけてあるわ。その代わりパフォーマンスも免除しているし、それならフェアでしょ。なあに、そんな事を突然聞いて。お酒を飲ませて泥酔させてお持ち帰りしたかったのかしら」
「一応聞いただけだって! そんな変な事は考えてないよ……」
「それなら私も一応言うけど、八束は酔いに対する耐性が強すぎるからそもそも期待出来ないわ」
「しないって! 大体そんな事しなくても………………お、俺がその気なら皆は喜んで受け入れてくれるじゃないか……」
多くの侍女と一人の女王。あまりにも節操なく関係を持ってしまった俺が今更恥ずかしがるような素振りは滑稽だとばかりに鼻で笑うような声が聞こえた。自分でもどうかと思うけど、口にすると己の所業が恥ずかしい。ここには身内しか居ないと言っても、あけっぴろげにそういう話をするのは抵抗があった。
「くぅ…………うっ。んん……」
「痛いか?」
「多少は」
地下に居ると表の進展が少し気になってくる。極論を言えば全員がサボっていても俺達は気付けないのだ。メイド達の監視をする部屋は存在しない。ただ仕事をサボるような真似をすれば内在的価値が下がり、やがてそれがいつか表面化する。詠奈はそれが見分けられる。
俺が買われる前の話であり、知る由はないのだけど……だから誰もサボらないとか。
首回りを特に意識して身体を解していく。こんな簡単なマッサージも始めた当初は指が疲れて腕が疲れて―――身体が音を上げる程度には辛かったなんて今思うと信じられない話だ。今は流石に慣れた。
「…………景夜。パーティーが始まったら、私の隣に座りなさい。いい? これは命令だから」
「別にいいけど、どうしてだ? わざわざ命令なんてする程でもないような……気がするんだけど」
「何となく、君と同じ景色が見たいと思ってね。それと……これは文化祭の打ち上げに該当するわ。映画に参加してくれた子もしなかった子にも何か少し、話したいと思ってね。でも緊張するから、君が傍にいて欲しいの」
「お前がそんな緊張するのは知らなかったけど、そういう事なら分かった。楽しい夜の仕上げと行こう。色々あったけど、終わりよければ全て良しって事でさ」
「そうね。そうなったら……良いわね」
「パーティーなんて初めてです! 詠奈様、有難うございます!」
「今日はもう仕事しなくていいんだ~やったー!」
噎び泣きすら聞こえるのは、ランドリーで働いている子達だ。人が多いだけにあそこの業務は中々辛い物がある。また、寝る時は屋敷に戻れてもそれ以外はほぼランドリーに閉じ込められているような子達だ。プライベートはあるがそれと仕事のキツさは別。それが業務から解放されて自由にしていいと言われたらあんな反応にもなるか。
俺も幾度となく手伝った事はあるけど、あそこは本当に辛い。俺がその立場なら間違いなく処分されているだろう。神樂が元気よく動き回っているのを見ると胸が温かくなるようだ。彼女は本当に、動く事が好きらしい。
「一応さっきまで学生だったのにこんな豪華な打ち上げはしてもいいのかな」
「獅遠ちゃんも楽しんでくださいねー。あんまり羽目を外すのは駄目ですけど」
「姉さんの事は私が見ておきます。彩夏さんはどうぞ楽しんできてください」
耳を澄ませば何処もかしこも楽しそうな声が聞こえる。設営はあんなに大変だったのに、始まった途端それらが嘘のようではないか。パフォーマンス云々の前に、暫くは自由時間。打ち上げは飽くまで詠奈の慰労。あれこれ指示をする立場になるのも負担がかかるらしいから暫くはこのままだ。誰と話すも自由。何を食べるのも自由。
と言っても普段豪華な食事にありつけていない侍女達が大半それを選択している。メイド服のままなのは持ち合わせがないからだろう。事実、詠奈に価値を見出された上位のメイド達は俺達が地下から戻ってくる頃には全員パーティードレスに着替えていた。
ならば詠奈も例外ではないだろう。
「景夜。お待たせ」
黒を基調としたホルターネックのドレスは胸も足も背中も大胆に露出しており、ここが室内であればいざ知らず、屋外では中々どうして無謀な恰好だった。ただ彩夏さんなどがドレスに着替えている事からも分かるのだが、今日この場所に限っては不思議と、自然の寒さは感じなかった。まるでそれが不都合であると削除されたみたいに。
深くスリットの入った生地は太腿の付け根程まで開いており、ほんの少し布がズレるだけで鼠径部さえ見えてしまいそうだ。紐はなく、下着は履いていない事が丸わかりだ。胸は胸で詠奈の大きさに緩く垂れかかっているだけであり、元々の谷間の深さは勿論の事、側面から彼女を見ると殆ど服を着ていないも同然の見え方をしている。横から手を入れたくなるような無防備さに、俺の理性は一時邪な感情に支配されそうになった。
だが何より問題なのは背中だ。この手の服が背中を大きく露出している事はいいとしても、開かれ過ぎて今にもお尻が見えそうである。この時点でもう、俺に理性なんてものはなくなっていた。
「どうかしら。君の為に少し過激なドレスを着てみたのだけど」
「す、素敵だよ詠奈…………凄く、可愛い」
「君も、スーツが似合っているわね」
この国の王に相応しい大層な出迎えは必要ない。皆が好きに振舞う中でただ一人俺だけが詠奈を抱きしめた。がら空きの背中に手を回すと、早速ドレスの中に潜り込ませてお尻を触る。
「…………えっち」
多分、疲れているから興奮しやすくなっているのだろう。
そんな言い訳をしながら、五分ばかり。誰にも見えない所でわしわしと手を動かした。