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運命なんて信じない

「はー…………はー…………」

「さ、流石に俺も……限界かも」

 詠奈を抱えながら二人で抱きしめ合う事数十分。立ってる事もやっとになって、金網を背に座り込んだ。俺の腰に組み付いていた足もすっかり力が抜けて、今は糸の切れた傀儡のように脱力している。胸に手を伸ばせばまだ反応が返ってくるけど、それは俺の手が幸せなだけで詠奈はへとへとだ。これ以上は大丈夫。

 ぼんやりとした瞳、上記した頬。恍惚とした表情のまま、詠奈は俺の首筋に口づけた。

「…………良かった…………っ」

「俺がお前を愛してるって事が伝わったと思う。これで信じて欲しい。身体は正直なんだ」

 正直すぎて、やっぱり避妊なんかしなかった。まともに理性なんて働きやしない、彼女の裸体を見たら全てがどうでも良くなった。現役の女子高生の身体はとても瑞々しくて―――それは、今更かもしれないけど。

「これで仲直り、してくれるか?」

「…………うん……………する……仲直り」

 疲れた詠奈はすっかりしおらしくなって、それがまた可愛らしい。足元に脱ぎ捨ててあった制服を拾うと、彼女が立ち直るまで待って、それから手渡した。俺が着せてしまうと途中で手を出す可能性があった。むしろそれが一番危ないから、安全策は詠奈自身の手を借りる事である。

「……君、若すぎ。ケダモノ」

「ぷ、プールの時じゃないけど……周りに美人が居たらそうなるのかな。沢山奉仕されてたし」

「知ってる。それも私が狙った事だから。君に雄としての自覚を持って欲しかったから……私の夫になるんですもの。それくらいは持ってもらわないと」



「え、詠奈。元の調子に戻ってくれたのは嬉しいけど……た、垂れてる」



 立って着直しているからそうなったのだろう。彼女は丁度スカートを履いた所だ。

「…………家でもないのに下着が汚れるのは嫌だったんだけど、学校の廊下で滴らせる訳にもいかないわね」

 黒いレースのパンツに足を通すと、見せつけるようにスカートの中まで挙げていく。ぞくりと、肩を震わせながら。

「臭い、どうする?」

「心配なら香水でもつけておきましょうか? ベッドの上みたいに髪にされたらちょっと……困っていたけど、私は問題ないわ」

 香水なんて洒落っ気は俺らしくないけど、バレるよりはマシかと思ってつけてもらった。匂い次第で俺も苦手だけれど、背に腹は代えられない。改めてベンチに座り直して、彼女の肩に手を回した。

「さて、仲直りしたし。過去の事はいいっこなしだ。お前も自分を卑下するのはやめてくれ。頼むよ」

「ごめんなさい」

「だから―――」


「そうじゃなくて、君が私をそこまで好きだったなんて思わなくて」


 ―――は?


「い、今更か?」

 それは少し話が違ってくる。幾ら俺が空っぽだったとしても、そこには沢山の愛情が詰め込まれている筈だ。詠奈が狙って俺を買ったのなら尚の事。

「お前、自分が今まで俺に何してたか忘れたのか? 記憶喪失? あんなに色々な事しておいて、好きだと思わなかったってどういう意味だ?」

「……王奉院の話に戻るけど、私は純粋な愛情が欲しかったの。それは裏を返せば誰よりも都合の良い言葉を信じていないという事よ。それは君だって……例外じゃなかった。お金で買うのは私なりの誠意よ。勿論、価値を値踏みするのはそれが教育だったからだけど……お金を介さなければ、私は信じるという言葉さえ使えないし、そんな誰かを顎で使う真似もしない」

「それって…………」

「………………」

 俺は多分、詠奈と一番近い距離で付き合ってきた人間で、どんなしょうもない事でも顎で使われてきた存在だ。隣で寝る事から始まり、靴下を履かせたり、お風呂で体を洗ったり、髪の毛を梳かしたり、身体のマッサージをしたり、爪を切ったり、足を舐めたり……挙げだしたらキリがないものの、それが彼女にとって信頼の証だったと分かると途端に嬉しくなった。

 価値至上主義者にとって一般的な価値観と相容れる折衷の誠意はそんな所にあったか。詠奈にとっては俺に対する愛を繰り返す事が、己自身の不信を打ち消す唯一の方法だったのだろう。

 言葉だけでは信用出来ない―――例外なく適用されていただけの話だ。


 ドクン、ドクン、ドクン。ドクン。


 肌を重ねて幾度となく感じた命の鼓動を感じている。抱きしめた詠奈も動かずに、俺の拍動を感じていた。

「……もう正体は分かったんだから、これからはアイツからの恵みなんて受け取っちゃ駄目よ」

「分かったよ。でもあの人が来たって事は他の皆にも伝えた方がいいんじゃないか? なんか想像以上にこっちを把握してるように見えたけど。王奉院の真実は教えなくても、昔お前と後継者争いをしたってくらいは伝えた方が良い気がする」

「……そうね。君に粉をかけようとした以上、他の子にも手出しする可能性は十分に考えられるわ。特に今現在妊娠中の八束と獅遠は……特に八束が心配ね。あの子を引きつける要素は十分持ち合わせている。お金で買った忠誠心は、その首輪を入れ替えられても不思議ではないわ」

「八束さんが裏切るとは思えないんですけど」

「あの子は私が首輪をつけているから安全なだけ。好きな人ほどその手で斬りたくなる……難儀な感性の持ち主よ。権力が同等なら、後は彼女の問題。実際、八束が敵に回ってしまったら非常に困るわね。拘束も処分も不可能とは言わないけど……大きなコストがかかるわ。天気を変えてしまうくらいのね」

「…………」

 結局あの人は何をしにきたのだろう。今日は勿論映画を見に来ただけだが、これ以上何もしないなんて事は、あまり考えられない。何かしようと思わなければあんな言葉は出てこない。


 ――――――。


 俺は、自分が空っぽと言われた事は大して気にしていない。気にする事が出来ない。それこそ詠奈の体に染みついた教育のように、言われたままを受け入れてしまう。ただどうしても言いたい事は一つ出来てしまったから、俺はあの人ともう一度話がしたい。

 出来れば本音を隠す事のないような瞬間で。誰の邪魔も入らない場所で。


 

 この国の頂で。




















その後の文化祭は滞りなく進行して、無事に終わりを迎えた。途中から詠奈さんは居なくなっていたが、タイミングとしてはバッチリだった。本来通り詠奈がメイドを務めて業務は終了。お店の内容云々より確実に詠奈目当てで来た客は多く、写真撮影のサービスまで解禁したらそれはもう大変な事になった。


 ―――これがこの国の王様の姿かよ。


 そして王様を誰も知らない。

 俺は詠奈が働いている間は物理的にお店には入れなかったので、その場その場で遭遇した侍女とデートを繰り返した。一応目的がなかった訳ではなく、あの人がまだ残っているかどうかの確認をしたかった。

 八束さんの事なら、一先ずは大丈夫。

「……詠奈様に、物を頼む……?」

「八束。口を慎みなさい。今は主従関係を忘れて。いいから」

「ええと…………それは物凄く難しい命令でござい」

「融通が利かない子ね……」

 真っ先に見つけ出して詠奈が監視下に置いている。俺が来るまで詠奈の世話は彼女がやっていたようだし、手元に置いておくのは間違いではない。一番重要な情報を握っている可能性もあるような人間が引き抜かれたら組織として痛手だ。

「はぁ…………なんか疲れたな」

「沙桐君、何だか老けて見えますよー? 高校生とは思えませんねー」

 友里ヱさんと一緒にお客さんを集めてからは手持無沙汰になった彩夏さんと一緒にトルコアイスを食べている。疲れているように見えるのは詠奈の一件もあるが単に人が多すぎて空気が薄かった。

「色々ありすぎてね……まあでも、お祭りで疲れるのはいい事じゃないですか。楽しんだ結果だし。彩夏さんはどうやってお客さんを連れて来たんですか?」

「男の人も女の人も、意外と口説き落とされる経験がないんですよー? うふふ、だから少し誘ってみただけですっ。私なんかより友里ヱちゃんの方が身を切ってますよー。どうやって呼んだか聞いてますか?」

「いや……はぐらかされました」

「あの子を崇拝してた人の残党に対して全体放送を大御門友里ヱとして流したんです。だからもう、外は大騒ぎ! 今までずっと消息不明だったんですからねー。無理もない。うんうん。ただ詠奈様の為とはいえ少しやりすぎだと思ってますよー。ずっと働きづめじゃないですかー」

「彩夏さん、見分けがついて……」

 いや。

 特にこの人に限ってはそんな事有り得ない。多分意図的に隠している。誰が傍耳を立てているか分からないから。

「…………でも詠奈、楽しそうでしたよ」

「そうですねー。詠奈様、普通の暮らしに憧れてるなんて全く思いませんけど、沙桐君の感覚を知りたくて、頑張ってるのかなー!」



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