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運命を買う女

「詠奈、大丈夫か?」

「………………」

 詠奈さんが代わりに営業するようになって良かった、と思う。まさかこんな事になるなんてあの人も想定していなかっただろうけど。侍女の皆もクラスメイトも、何が起こったかを知る者は居ない。例外は俺一人だけ。


 俺だけが、王奉院詠奈の全てを見ていた。


 屋上に戻るなり、詠奈はキッと俺を睨みつけると、首のチョーカーを引っ張った。

「いだだだだだ!」

「何でこんなの受け取ったの。言ったのに! 私、言ったのに!」

「ごめ、ぐ、ごめんって……! 知らなかったんだ! あの人には親切にしてもらった事があって……だからつい警戒が緩んで」

「いつ! 話しなさい!」

「は、はい!」

 こんなの詠奈じゃない。今ならそれを使っても赦される程度には彼女はらしくなかった。冷静に戻る様子はまるでなく、そう見えたものは全て幻であったと思わせる程に激昂している。


 ―――怒るだろうな。


 でもここで隠したら怒らせる以上にきっと悲しませる。そう思って素直に全て白状した。殴られたとて文句は言えない。受け入れたつもりでも暴力はやっぱり怖くて目を瞑ったが、いつまで経ってもそれは来ない。

「…………いつだってそう。アイツはいつだって私を困らせるのが好きで、私が欲しいと思ったものを全部奪っていくの。君に魅力を感じなくても……私を困らせる為なら誘惑の一つだってするのね」

 くすん、くすん。

 すすり泣いている。あの詠奈が。

 公衆の面前で脆い姿を見せまいと強く振舞っていた王様が。どうする事も出来なくなった過去に、折れていた。

「お、怒らないのか?」

「君に怒ったって仕方ないわ。全部アイツが悪い。アイツが仕組んでたの。私に嫌な気持ちを味わわせたくてこんな事を……いえ、元はと言えば悪いのは私ね。最初に嘘を吐いたのは私。私のエゴが……ごめんなさい、景夜。騙すつもりなんかなかったの。私は……私には、思いつかなかった。あれしか。貴方と出会う方法が」

「詠奈……」

「……あの子からどれだけ聞いたか知らないけど、昔の話をしましょうか」

 ハンカチで涙を拭って、調子が落ち着くまで待つつもりだ。俺は空っぽと言われたけど、だからって好きな子が泣いている状況を放置しようとは思わない。

 他人がどう思うかと、自分が何をしたいかは別の話だ。何度も涙を拭いていたら詠奈は胸の中に顔を埋めて髪で全てを隠してしまった。

「王奉院での学びにおいて大切なのは……偶然性を信じない事。欲しい物はどんな手段を講じてでも手に入れる。運命すらも。……現に君だってアイツに教わるまでは気付かなかったでしょう?」

「……つまり俺とお前の出会いは偶然なんかじゃなくて、お前が俺を欲しいと思って…………それは、おかしな話だ。俺はメイドの皆みたいに何か特別な能力がある訳じゃない。お前が価値をつけてくれるまで、俺に価値なんてなかった。どうしてお前は、俺が欲しかったんだ?」



「私は、愛情を受け入れて欲しかった」



「愛される事には慣れていたの。勿論それは普通の愛され方ではなくて……きっと間違った愛され方だった。私の周りに居た男はみんな私達を持て囃した。四六時中何処でも視線を感じた。けれどそこには打算しかなかった。粉をかけておけば、いざ後継者に選ばれた時に逆玉の輿に乗れると考えていたのでしょう。違う。私が欲しかったのは打算抜きの……無垢な愛情。真に自分だけを求めてくれるヒト。これに関しては、アイツも同じ」

「同じ……?」

「男嫌いという意味よ。オリジナルのアイツは後継者として最有力……私の比じゃないくらい媚びられてうんざりしていたと思う。だから私に構っていたんだと思うし」

 そんな人が俺とのデートを退屈しのぎになったなんて信じ難いが、接触を拒否した訳でもないから演技とも思えない。評価それ自体は何とも思えないけど、話し合いの余地が生まれるという点で俺が空っぽな事には意味があったのかもしれない。

「俺が有名だったのは、本当の話か」

「―――ええ。有名だからこそ目をつけたの。皆がそれを知っている筈なのに手を差し伸べない可哀想な人。庶民が当然私の事を知る筈はないから、もしかしたら……君なら私を愛してくれるんじゃないかって」

 詠奈がまた泣き出した。泣いている理由は分からない。それは多分彼女自身も同じ。泣き虫とは決して思わない。今まで必死に隠してきた事だ。調べる事も許可していない、詠奈自身の本当の気持ちだ。抑え込まれた感情を吐露しなければいけない時、決して悲しいなんて事はなくても、涙が出てしまう。人の心は器用じゃない。蓋をした感情だけを抽出するのは不可能で、大抵別の感情も漏れてしまう。だって隠していたモノだ。それを明かすのは辛い。

「君は王奉院を知らない。有害を伴う愛ではなく、有害性の強い愛しか知らない。友達はおらず、恋人はおらず、そんな現状を良しとする救いに飢えた人間。そんな人間なら―――私の愛情を受け止めた上で、同じくらいを返してくれると思ったの」

「――――――」

「ごめんなさい」

「――――――」

「打算を嫌った私が、一番打算を入れていた。幾ら私の権力が強くても、不誠実が過ぎる。許してほしいとは言わない。ただ……君の事を好きなのは本当だって。それだけは信じて欲しい。今更何を言ってもだろうけど、私は―――」

「詠奈。お前、一つ勘違いしてる」

「へ?」




「俺は、お前との出会いが運命じゃなくても気にしてない」




 好きな子が辛い思いをするのは間違っている。秘密を吐き出すのが辛いなら、感情を明らかにする事が苦しいなら、同じ思いをするのが道理ではないか。

「むしろ、必然だった事が嬉しい。ちょっと気にしてたんだ。もしもお前と出会わなかったら、もしもあの時、もしも俺が……運命をロマンチックに感じない訳じゃない。けどそれがたまたまだったら、あり得なかった可能性もあるのかなって……それが杞憂だったなら、そりゃ嬉しいよ。詠奈は最初から俺目当てだったんだって。他の、メイドの皆と同じで」

「―――私が目をつけたのは、君の状況だけよ。君自身の事を見てた訳ではない」

「そんな事言ったら、俺がお前を好きになったのは優しかったからだ。可愛かったからだ。お前が傍に居てくれたから、俺は自分が初めて男なんだって自覚した。俺には友達も居なくて、その手の本だって親が許す訳ないから何にも知らない筈なのに、お前とエッチな事をしたいってずっと思ってた。自分を貶す必要なんてないよ。お前が俺の状況目当てだったなら、俺はお前の身体目当てだった。最低なのはどっちだ?」

「………………」

 言葉を尽くしても、多分恐らくきっと、詠奈には届かない。それは信じるとか信じないとかではなく、性質だ。王奉院詠奈が俺に人間を感じないように、根付いてしまったモノはそう変わらない。

「……俺は、お前が好きだよ詠奈。どうすればお前が泣き止むかも分かってるつもりだ。でも今は文化祭中で、もしかしたら他の奴らが休憩がてら屋上にやってくるかもしれない。詠奈さんが代わりに働いてくれてるからな。だから指示が欲しい。いつも通り。俺はお前の所有物だ」

「――――――――――」

 詠奈はブラウスのボタンを全て外すと、髪を掻き分けて黒い下着を見せつけるように俺を見上げた。




「――――――――て」
















「あんっ、ん、んぇ、オ゙ッ……! いひ……ん! しゅき、けいやぁ……」

 



 屋上の扉に魔法をかけて、暫く誰も開かないようにしてあげる。空気を読まないのは無粋だ。二人だけの時間を邪魔する気もない。

「…………幸せになりなさい、詠奈」

 生きる事に飽きた自分にとって、彼女は唯一の希望。

 生きる理由はないけれど、死なない理由はそこにある。

 私の全ては彼女の為に。幸せになる為なら全てを捧げる。

 それがあの子を見捨てていた、その償いだと思うから。

「目には目を。歯には歯を。王奉院には王奉院を。アイツが貴方を脅かすなら、大丈夫。安心してね」

 リボルバーの弾倉に弾を込めていく。一発ずつ。ゆっくりと。






「お姉さんが、守ってあげる」

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