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伽藍洞の王子様

「お、オリジナルって…………嘘だろ。だって、詠奈は、詠奈はだって。お前が勝ち取ったんだろ……?」

「……その話、誰から聞いたの……って、ああ、あの子……」

「勝ち取ったなんて、また随分愉快な尾ひれがついたわね、おチビさん。私が譲ってあげたってちゃんと言わないと」

「お前が殺したって、聞いたんだぞ!」



「…………王奉院詠奈は、死なないわ」



 頭が混乱している。それ以上に詠奈は恐れていた。指を震わせ、身を縮こまらせ、怯えた声で何とか威厳を出そうとしている。こんなに弱気な詠奈は初めて見た。そんな彼女を見ていたら、自然と俺の混乱は治まっていく。

「え、えっと…………い、色々分からないんですけど、何て呼べばいいんですか……? 詠奈さん、ってもう使ってるんですよね。恐らく年上の人にちゃん付けもおかしいし」

「その名前を使う必要はないわ。私は王奉院詠奈をその子に譲ったの。名乗る名前がないから、好きに呼んでくださる? カレシクンも見ず知らずの人間をその名前で呼ぶのには抵抗があるでしょう」

 王奉院詠奈はパイプ椅子を掴むと、開いて体育館に用意されたのとは別のスクリーンの前に置いた。

「おチビさん、そんなに怯えなくても大丈夫よ。今日は映画を見に来ただけ。カレシクンも座りなさい。そんな風に傍で怯えられていたら集中出来ないから」

「え、詠奈。座ろう。とにかく……俺を間に挟めば、少しはマシだろ?」

「うん……………そうね……」

 友達の筈が、ここまで怯えるものだろうか。王奉院詠奈の真っ黒い瞳に見つめられると段々不安になってくる。不思議だ。眼鏡を介したさっきまではてんでそんな事は起きなかったのに。

 表で皆に見せているスクリーンとこちらとでは当然だが規模が違う。俺達は所詮数人が見られればそれで良い程度のスクリーンだ。流れる映像は同じだから、不都合はない。王奉院詠奈が足と腕を組む一方で、詠奈はぴたっと俺に張り付きっぱなしだ。

 これはかねてより頼まれていた接触行為ではないと直感で分かっていた。ただ彼女は恐れている。名もなき女王を。かつての王女を。俺は肩に手を回して、その腰を抱き留めてやる事しか出来ない。今にも泣きそうな詠奈なんて……こんな状況は、ちょっと経験がなかったから。

「……二人は友達なんですよね。何でこんな……凄い緊張感なんですけど」

「敬語、という事は私に聞いているのね。貴方の言う通り、私達は親友よ。だって私が居なかったらおチビさんは早々に死んでいたもの。ねえ?」

「…………ええ。あの子から事情を聴いたなら知っている筈よ。私達はトモダチ……だけど……ねえ。どうして」

「話は後。映画に集中しましょう。景夜君もご安心なさって? おチビさんは王様とは思えないくらい冷静でいられないみたいだけど、取って食ったりはしないから」

 飽くまで今日は映画を見に来ただけだ、と王奉院詠奈は強調する。この人が激しい気性でないのはついさっきまでのデートで判明済みだ。詠奈には悪いけれど、俺は彼女と違ってリラックス出来ていた。

「ホラー映画ね。予算使えば良い物が出来るとは思わないけど、流石にもう少し予算は掛けた方がいいわよ」

「学生の自主製作映画ならこんなものだと思いますよ。映画撮影って難しいんですね」

「センスの有無はともかく、もっと派手な事をすれば駄菓子程度に楽しめた筈と言っているの。おチビさん、どうして実際に人を殺すくらいはしておきながら、規模はこじんまりとしているの?」

 映画では早速死人が出た所だ。それがまさか本当に死んでいるとは表で見る観客が知る由はない。今そこで並んでいるキャストは別人で、単に整形をしただけなんて。

「…………景夜。どうして君は、そんな恰好をしているの」

「へ?」

「チョーカーなんて……してなかった」

「私が贈ってあげたのよ。そうだ、今一度感想を聞かせてもらいましょう。景夜君、喜んでくださるかしら」

「え、ええ。まあ」



「私から景夜を取らないで!」



 ここでようやく詠奈から強気な発言が漏れたが、王奉院詠奈の視線が横に逸れると彼女は隠れるようにサッと身体を引いた。

「……取る? 私が彼を? 勘違いしないで欲しいのだけれど、いいかしらおチビさん。私は彼に人間的な魅力を一切感じていないわ」

 

 ―――軽く傷ついた。


 そんな俺の気持ちなどはかるつもりもなく、言葉は滔々と続く。

「貴方が景夜君を好きな理由は何?」

「…………優しいから。私の身分とか関係なく、愛情を受け止めてくれるから」

 互いに愛の言葉は囁いてきたけれど、誰かに向けてそう改めて言われると結構恥ずかしい。ベッドの上では理性も大概薄れているのだなと感じた。王奉院詠奈は口元を隠すように微笑むも、その瞳からはやっぱり、感情が見えてこない。笑むというのも、そういう音が聞こえただけだ。

「微笑ましい理由に心が温かくなったわ。けれど、それって本当に『優しい』なの? 私が彼と……ふふ、デートしたのはそこを見極める為でもあったわ。それでやっぱり、確信した。景夜君。貴方は優しくなんてない」

「は、はあ…………?」

「感情は指向性。好き。嫌い。愛してる。殺したい。憎い。哀れ。優しいという言葉はきちんと様々な指向性を持った人間にこそ相応しい言葉よ。彼は優しいのではなく、()()()()()()()()()()()()。それしか知らない優しさは、優しいのではなく寛容と言うの」

「かん、よう」

「誰かを殺しても、この国を治める王権も、その全てを受け入れてしまえるのは空っぽな人間だからよ。愛情を受け止めてくれるというけれど、それは受け止めているのではなく勝手に収まっているだけ。彼の親が施した教育は人ではなくロボットを作った。おチビさんに買われても結局首輪が変わっただけ。求められるモノを求められるまま、自主性もなくあるがままを受け入れる感性を私は優しさなんて言わないわ。主人の感情を打ち付けられるだけの壁と変わらない。そんな人に一体どんな魅力を感じればいいのかしら」

「な、何で俺の親の事を知ってるんですか?」



「それは、貴方が虐待されている事で有名な家庭だったからよ」



「…………待って、それは」

 映画に集中出来ていないのは俺と詠奈だけか。もう一人はスクリーンを見たまま話を続けている。どうでもいい与太話を垂れ流しているように。

「暴行の痕が見られるような分かりやすいモノではなかったけれど、それは間違いなく虐待だった。そこに児童相談所のような団体は残念ながら介入して来なかったわ。明確であっても介入出来ない、しない……それが罷り通ってしまうのが現実よ。これら問題がすぐに解決出来てしまうなら世の苦しみは一つ減るわ。おチビさんが介入するまで間違いなく貴方は野放しだった。だから私も知っているの」

「―――ちょっと待ってください詠奈が介入って。それは違いますよ。だって詠奈はたまたま道に迷ってて」

「この国を治める王様が、道一つ知らないなんてお馬鹿な話があって? おチビさんは最初から貴方を目当てに接触したの。偶然を装ってね」

「やめて!」

「運命の出会いなんて偽り。最初から貴方はおチビさんの自己満足な愛情を注ぐだけの入れ物として目をつけられていたの。それが恋? それが愛情? 笑わせないで下さる? 貴方を囲む女性はその殆どが、受け入れてしまうように造られた貴方で壁打ちしているだけ。愛情を拒絶されたくなくて逃げているだけ。この映画の様に全てが稚拙」

 王奉院詠奈は全てを断じる。その全てに詠奈とは比較にならない自信と圧力を感じた。顔も身体も全く違う。けれどこの人は確かに、王奉院詠奈と呼ぶにふさわしい風格を持っていた。

「……解明パートは少し評価するわ。映画は残り一時間? 退屈はせずに済みそうね」
















 映画が終わると、表の方からは拍手が聞こえて来た。学生の自主製作映画にしては頑張った方だ。思った以上に凄かったという声も聞こえてくる。一方で詠奈はすっかり借りて来た猫のように大人しくなり、一言も喋らなくなった。

「映画、終わってしまったのね。また退屈な時間が訪れる……それが来ない事を祈って貴方に譲ってあげたのに、貴方は『やくそく』を騙す為に使ったのね。こんな伽藍洞な子と恋愛ごっこして……私は本当にそれが残念。おチビさん、私は貴方の事が大好きなのに」

「……す、好きなんですか?」

 王奉院詠奈は組んでいた足を解くと、ゆっくり立ち上がって身を翻した。

「好きじゃなければ守っていなかったわ。私にとっては可愛い妹……のような子。それがこんな風に腐ってしまうのはとても残念でならない。今日は確かに映画を見に来てあげただけ。私はもう帰るけれど、おチビさん。今からでも誠実になりたいならその名前を返す事ね。じゃないと私、貴方を殺さないといけなくなる」

 扉を開ける直前。彼女は眼鏡をかけ直して、俺に無垢な笑顔を傾げてみせる。




「貴方とのデートが退屈しのぎになったのは本当よ。機会があったらお礼をさせて下さる? それじゃあ二人共―――そう遠くない内にまた会いましょう」


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