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追蹤ただ正邪を不忍

 どんな美人も雑踏に紛れてしまえば意外と目立たないのは事実だが、それにしても限度がある。八束さんがどうしても目立ってしまうように、高身長というのはそれだけで注目の的だ。観光スポットと呼ばれるような建造物が大抵大きいのもそれが理由。大きくて高ければ目立つ。目立てばそこが正にその場所だと分かる。

「視線、集めますね」

「私は気にしないわ。これでも自分が人と比べて美人である自覚はあるの。綺麗なモノに視線を奪われる―――それは自然な行動。貴方も、見惚れたければ見惚れても良くってよ?」

「いや、俺はその……彼女いますから」

「その件の彼女さんは何処にいるのかしら。その子を放っておいて私を案内して、大丈夫?」

「だ、大丈夫だと思います。別に不味い事してるわけじゃないし……沢山来てる人の一人がたまたま知り合いで、以前のお礼をしてるだけですからね!」

「そう……」

 案内と言っても、学校自体は地図を見れば何とかなる。してほしいのは何処に何のお店があるかだろう。ついさっき友里ヱさんと歩いていたお陰で大体把握出来ている。

「そこはアイスクリーム屋です。設備もなんか持って来れちゃったから成立しているっていうか、この季節にアイスクリームなんて合ってませんけど、食べたい人が居るんですよね」

「文明の発達に伴い、冬でも温かく過ごせるんだもの。寒い中で暖まり、その中で体を冷やす―――些細な矛盾、曖昧な背徳。それが愉しいのは分かるわ。隣は体験施設のようね。宝探し? 風船が敷き詰められているわね」

「やってみます? 無駄に沢山用意してあるから派手にやれますよ」

「へえ……それじゃあ、貴方と共に体験してみましょう」

 列に少し並んで、順番になると受付を務める生徒に料金を渡す。恐らく野球部の男子は、自分が見上げた経験などないのだろう。女性を見て面食らって、それからその美貌に呆然としていた。

「教室の扉が小さくてごめんなさい。入りましょう」

「ええ」

 キッズルームに足を踏み入れた感覚がある。何処もかしこも風船塗れ。ただし摺り足で移動すれば間違って踏む事はない。この店に問題点があるとすれば回転率が悪い事だが、文化祭でやる前からそんな事を気にする真面目な奴は居ない。詠奈のお陰でやりたい放題が許されている。やりたい事をやるまでだ。

「聞きそびれてしまったし、ルールを説明してくださる?」

「はい、説明しますね。この沢山の風船の何処かに鍵が入っています。それを見つけたら後ろの棚の中に並んでる箱の中から対応してるモノを見つけて、商品が取れたらお終い。制限時間は三分。窓からこっちを見てる女子が分かりますか? あの子が時間を計ってます。因みにもうスタートですよ。準備は?」

「よくてよ」

「よっしゃ。それじゃ始めますか!」

 ゲームの概要は知っているが、やるのは俺も初めてだ。鍵の位置がどうとか裏技みたいな事は知らない。見つからなかったらそれまでだけれど、この人には何とか楽しい思いをして欲しいから、頑張らないと。

「派手に風船を壊すのもいいけど、出来ればスマートに発見したい所ね」

「謎解きじゃないんだから無理だと思うんですよ。こういうのはある意味で運です。鍵って言っても風船を沈ませない程度に軽い物ですからね。そういうメタな読みは通じないと思います」

「箱を見れば分かるわ…………けれど私は運に愛されているの。今日、また貴方に会えた事も含めてね。だから―――」

 パァン!

 足元の赤い風船を思い切り踏みつけると、早速鍵が出て来た。

「え、嘘!」

「丁度いいわ。私の完璧を貴方に見せてあげる。全てを持つ者の完全なる勝利を。信じてくれるなら、協力してもらえると嬉しいわ」

 箱の中身は随時補充されていく筈だ。とはいえ見つけやすいようには出来ていない。並んでいる最中に出口を見ていたが、商品を持って出て来た人は居なかった。ある程度の難易度は存在する。

 箱を全て開けられるような事が可能とは、とても思えない。

「……やってみましょう!」

 

 パン! パン! パン! パン!


 発砲音にも似た連射が教室中に響き渡る。俺と女性は気持ちよく風船を割って行って、次々と鍵を見つけ出した。もしや俺の見当違いかと指示にない風船を割ってみたが鍵は出なかった。まるで最初から位置を知っているかのように―――面白いくらい鍵が出てくる。

「ふふ、面白いイベントね。退屈しのぎには十分。後は私が見つけておくから貴方は箱を開けて下さる?」

「は、はい!」

 札を差せば箱が開く。景品にも当たり外れがあって、例えばお菓子は外れの類だ。残念賞みたいなものである。ぬいぐるみは割と当りの方で、ゲームカセットは大当たりか。

「―――げ、誰だよこんなの入れたの! 気前良すぎるし多分駄目だぞ!」

 詠奈が居るから何かしらの法律違反なんて見過ごされるけど。

 背後ではまだ風船を割る音が聞こえる。

「景夜君。品物は全て集められそう?」

「袋があるのでそれは大丈夫ですけど―――」

「そう。それならいいわ。持つ者は全てを手に入れる。そうでなければ、いいえ、そうであるからこそ―――不公平フェアなの」

 

「時間切れでーす!」


 ゲーム終了の声が響いた時、俺と女性は揃ってハイタッチをしている所だった。

「全部の箱を開けました」

「す、凄い! おめでとうございます! ちょっと待っててくださいね、記念写真とか一枚どうですか!」

「俺はいいけど……」

 女性の方を見上げると、彼女は口元を綻ばせながらピースを作っていた。

「気が変わらない内に早く撮影しなさい。上出来よ、景夜君」

「な、何の上から目線か分かりませんけど……」



「はい、チーズ!」















「ここが輪投げで……」

「慌てないで。まだチュロスを食べているんだから」


 この人と過ごしていると、妙な気分になる。


「ここは本格カレーを自称してる模擬店です。さっきまで鬼ごっこしてたからお腹空きましたね」

「貴方は辛いのはお好きかしら」

「スパイス効いてるの凄い好きですよ! 家で凄いカレーに拘る人が居て、その人がスパイスから……」

「私も好き。趣味の合う人が案内役で嬉しいわ。少し休んでいきましょうか」


 安心するというか、ドキドキするというか。

 まるで詠奈とデートをしていた時みたいに。そんな事はあり得てはいけないのに。心が躍っている。案内なんて建前で、これはもうデートなのだと。認めている。


「あの、そろそろいいですか?」

「焼きそば、存外に美味しいから。貴方も一口どうかしら」

「さっき食べましたよ! ―――んぐ」

「二人で食べれば速く済ませられるけど?」


 ガラスの奥に潜む瞳は黒淵の瞳には相変わらず圧力があるけれど、もうそんな事はどうでも良くなっていた。詠奈が俺を待っている事を忘れたつもりはない。ただ離れる瞬間が見当たらないのだ。

 あれは何、これはどう、と好奇心旺盛に話しかけてくる人を無碍には出来ない。案内役を務めたのならそれが仕事だろう。そんな状態でも流石に屋上に来てしまうと、俺も焦らざるを得ない。


 詠奈が居なかったから。


「紙飛行機なんていつぶりに作ったかしら」

「流石に少し疲れましたね。じゃあはい、これは宝探しで見つかったお宝です。全部上げます」

「どれもこれもおよそ当たりとは言い難いけれど……これは気に入ったわ。ラピスラズリのイヤリングなんてこんな場所でお目に掛かるとは思わなかった。よろしければつけて下さる?」

「は、はい。分かりました」

 アクセサリーを人に付ける事は慣れている。と言っても珍しく詠奈は関係がなく、俺が時々ランドリーの子にプレゼントとして渡していただけだ。たまの休日にお洒落が出来た方が外出も楽しいだろうと思って。ただ服のセンスは疑わしいから、それ単体である程度煌びやかになれるアクセサリを選んだ。

「……どうですか?」

「…………お礼に、私も一つプレゼントを上げましょう。今日一日、退屈させないでくれたお礼。首を出して下さる?」

「あの、俺、そろそろ行かないと。この後有志の出し物があって」

「へえ。だったら案内はそこまでで構わないわ―――ほら、どうかしら。チョーカーなんて、お洒落じゃない」

 慣れた手付きで首に嵌められたのは縄を模したようなチョーカーだ。俺にはこれの良し悪しが分からないけど、この人が嬉しそうだからもう何でもよくなってきた。

「体育館の方でやる予定なんです。もしかして今日来たのって何か目当てが? 知り合いの学生がやってるとか」

「あら、察しの良いこと。そうなの。せっかくだから見に行ってあげようと思って。そういう貴方は?」

「俺はキャストとして同伴した方がいいのかなって……まあそれだけですよ」

 体育館に着いた。映画上映にはまだ早いが、キャストの座る席には既に当事者達が並んでいる。侍女達は飽くまで友人関係を装って、楽しそうに雑談中だ。梧は肩身が狭そうだが、何とか十郎と携帯でゲームをしてその場を凌いでいるように見える。

 俺との関係性を疑われない為に、過度な接触はしない―――恐らくそういう指示が飛んでいる。みんなが俺を見つけた時の反応は気楽な物だ。

「あれ、詠奈は何処だ?」

「はーい笑ってー!」

「友里ヱさん。詠奈って何処に……って、あの。ちょっと?」

 視界の端に動きがあったのを目で追うと、女性はまっすぐ体育館ステージ横から舞台裏へと向かってしまった。背中を慌てて追いかけると、そこには詠奈が――――――

「………………何で」

「え?」

「何で君がそいつと一緒に居るのっ?」

 怒っている? 

 泣いている?

 失望している?

 どれも違う。彼女は―――困惑していた。声を荒げて、目の前の現実を否定するように頭を振って。

「そいつって。いや、実はこの人は前にちょっと」

「景夜から離れて!」

 取り乱したまま詠奈は俺の手を引っ張って近くに抱き寄せる。何も分からない。どういう状況か全てが及ばない。彼女が怒る理由なんて―――それしかなかったのに。

「え、え、え、え、え、あの。よくわからな―――」




「景夜。私言ったのに。やめてって。どうして約束を破るの? そいつは王奉院詠奈―――――私の、オリジナル」




「―――ぇっ」

 王奉院詠奈は、眼鏡を音もなく外すと、指先で器用に畳んで俺達を見つめた。その真っ黒い瞳にはもう、何の感情も見つけられない。








「はじめまして。おチビさんとその―――カレシクン?」 

 

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