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まるで日常は、針の筵の如く

「お帰りなさいませ、ご主人様」


 詠奈自ら執り行う接客は大変好評であり―――主に男子から―――ぶっちゃけてしまえば他の女子が多少雑な対応をしたところで何のマイナスにもならない程度には賑わってしまった。

「……詠奈ってさ、結構身体張るよな」

「ああ、張りがあるな。超でかい」

「そうじゃなくて」

 クラスメイトと外から傍観する俺の発言に深い意味はない。お嬢様な立場とは無関係に一度自分が頑張ると決めたら頑張る根性は目を瞠るものがあるというか……まあ、今は納得している。王奉院詠奈を決めるその戦いにおいて、きっと頑張らなければ詠奈は死んでいたのだろう。話を聞くにオリジナルとやらに可愛がられていたらしい運の良さもあり、そこから状況をひっくり返す力もあった。だから詠奈は今、王奉院詠奈としてそこにいる。

「俺等も客として入りてえのに、これじゃ無理だよなー」

「交代制だからこればっかりは仕方ないと思う。詠奈に限らず接客は女子の方がウケが良いし、他の雑用してる男子も詠奈との距離が近いから変わりたがらないしな」

「つまんねー!」

 これは正直言って誤算だった。これでは詠奈の友達とやらが来た時にどうしようもなくなってしまう。果たして俺と詠奈を恋人として認識してくれるのだろうか。

 

 ―――空気が違うと言っていたっけ。


 俺でも探せるだろうか。

 今は詠奈に接触する事は出来ない。一般公開の時間になれば生徒は各々のクラスの模擬店に集中しないといけないから少しは人も減るとして、それまでに見つけられたら動きやすそうだ。

「ちょっと他の店でも回ってくるかなっと。じゃあな」

 実際、誰が何のお店を開いているかは気になる。詠奈の権力により校則に基づいた堅苦しさはほぼ撤廃された。安全性の担保は不明だが、彼女が大丈夫と言ったら大丈夫なので心配しない様にするしかない。

 気になるのは梧のお店だ。

 イジメの主犯格が別人にすり替わったので平和になったろうクラスが何をするかは普通に興味がある。人の波をすり抜けるのは全く困難だったので特別棟を経由して迂回しようとすると、携帯の通知が鳴った。

『満員御礼』

 詠奈が無表情でピースをしている。わざわざこんな画像を送ってくる辺りがとても可愛い。

「……ふっ」

 こういうやりとりも、恋人と信じさせるには必要なのかもしれない。閉じてまた歩き出すと、とても目立つ人影を見かけた。八束さんだ。あの高身長に加えて染めた訳でもない金髪は、特に何をする訳でなくとも人目を引く。雑踏をすり抜けるのは得意でも、故意に囲まれたらどうしようもないようだ。何やら受け答えをしているが、困っているように見えた。


 ―――助けた方がいいのかな?


 俗世を味わいに来た、というならこれが俗世だ。彼女は一般的には美人の類。あそこまで目を引く要素が揃っているならこうなるのは当然の理だ。ただ八束さんは妊婦である。お腹がまだそこまで目立っていないというだけだ。それを言えば引いてくれるだろうか。俺が孕ませたと言えば―――やめておこう。文化祭とは無関係にややこしくなるだけだ。

 あの人も何かしに来たわけじゃない。それなら巻き込まれる事もないだろう。

「あれ、景君。こんな所で油売ってて良いの?」

「―――友里ヱさん?」

 特別棟にも模擬店はあるが、それは殆ど一般公開に向けたお店であり現在はまだ準備中だ。俺が通った所で客として声を掛けられる事はないのだが、友里ヱさんは知り合いだ。

「あ、それともそういうお仕事?」

「そういうお仕事ではないです。ちょっと詠奈の所が盛況すぎている場所がないので……そういう友里ヱさんこそ明らかに個人的に来ましたよね。車には居なかったし」

 友里エさんは普段軽薄な雰囲気を出す為に髪の毛を遊ばせているが、今度はいつにもまして軽薄そうな雰囲気を見せている。具体的には前を開いたブレザーから見える谷間は、ブラウスのボタンをほぼ胸の中心まで外したから生まれている。校則違反も何のその、ミニスカートも普段見かける丈より更にもう一回り短い。

 ここまで来ると軽薄というか軽装。この季節では寒かろうに、友里ヱさんは顔色一つ変えない。

「……素直に疑問なんですけど、そういうファッション好きなんですか?」

「へ? うーん、夏だったら結構好きかも。でも今は寒いねー。あはは」

「あははじゃなくて、上はともかくそのスカートだけはせめてタイツ履くとかした方が良いと思いますけど……」

「まあ色々訳があるのですよ。ちゃんとした格好するのはナンセンス……だからってちょっと攻め過ぎたかもね。景君、どうしよっか」

「はあ? と、取り敢えず正規の生徒じゃないんだから着替え直し……!」

 友里ヱさんの指先がスカートの裾を摘んで、ほんの少しまくり上げる。ただそれだけで透明度の高いレースの下着がチラリと見えて、俺は反射的に目を逸らした。

「ちょ……俺は真面目に心配してるんですからねっ」

「ふふふ。心配してくれてありがとね。でもこんな格好でもしないと私はまともに下りられないから仕方ないんだよ。一般公開するんでしょ? だったら猶更」

「…………?」

「まあ気にしないで。景君はありのままの私だけ知ってればいいから。私の仕事は至って単純。詠奈様の為にお客さんを集めてくる事。彩夏もやってるよん」

「……所有物として奉仕するのはいいんですけど、今以上に忙しくなったらいよいよ詠奈のワンオペみたいになりそうで可哀想ですね」

 そういう時は多分、詠奈さんが頑張るのだろう。影武者というか、単に雑用係みたいになっているけど、詠奈の友達とやらがいつ来るかも分からない状況では頼りになる。

「そうだ、せっかくだから俺と暫くお店見て回りませんか? 梧がやってる所とか地味に気になってるんですよね。友里ヱさんにまだ仕事があるなら勿論断ってくれていいんですけど」

「ん? 私はいいけど、景君こそ嫌じゃないの? 自分で言うのも変だけどこんな格好、清楚とか真面目には程遠いじゃん?」

「―――事情は知りませんけど、そういう恰好じゃないと碌に表に出られないんでしょう? まあその割には以前はもっと普通の恰好してたと思いますけど……多分貴方が大御門友里ヱって所に意味がありそうな気がしてます。お客さんもそのネームバリューで集めたんじゃないんですか?」

「――――――っ」

 恐らく友里ヱさんは、己の過去を嫌っている。

 その点は詠奈と同じだが、彼女と違って求められればまた利用しないといけない難点も抱えている。八束さんが昔の精神を思い出すように、彼女もまた当世最後の巫女としての仕事を振られたのだろう。

 金の切れ目が縁の切れ目。

 だがそのお金で、みんなは過去と決別して今を生きられている。逆らうなんて以ての外で、どんな命令も従った方が幸せになれてしまうのなら。それでも逆らうなんて人は。

「彩夏さんも多分そうですよね。風俗で身体売ってもないのに一番モテてた人ですもんね」

「身体より心が満たされてないって人は多いからね~。そういう意味じゃ逐一自分の状況を覚えてくれてるあの子は凄く印象に残っちゃうって言うかさ、庇護欲? この人なら自分の事を理解してくれる、包んでくれるっていうの? 覚えちゃう人は多いと思うな~」

「否定は出来そうにないですね。俺も多分、彩夏さんと普通に出会ったら好きになってると思います。免疫とか全然ないし」

 そこは自信を持って言える。俺は女の子という存在に極端に弱すぎる。詠奈と出会うまでの俺に仲良くした経験は少しもないし、優しいとよく言われたけれど優しいだけで人はモテない。免疫など皆無だ、育つ道理がない。

「普通に出会ったら……ね~。景君の人生にそんな経験があるのかな~」

 そんな意地悪を言いながら、友里ヱさんは俺の手を優しく握りしめた。

「じゃ、そんな普通の出会いに感謝をして、デートに乗ってあげる~。詠奈様の目を盗んでデートなんて楽しそう。景君何する気? 何しても良いけどね!」

「何もしませんよっ。こ、公衆の面前では流石の俺もやらないですって」


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