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えいなの愛情

「詠奈……居るか?」

 道中に出くわすようなトラブルは起きなかったが、それはそれでコソコソ動いているみたいで申し訳ない気持ちがあった。まるでそんな事はないのに懐かしい感覚を携えて部屋を訪ねると、ぬいぐるみを抱きしめてぱたぱたと足を動かす詠奈の背中が見えた。

「…………詠奈?」

「……! 景夜。ノックもせずにレディの部屋へ入るなんて駄目じゃない」

「いや、したけど……」

「え、そうだったのね……」

 ぬいぐるみを横に置いて、居住まいを正すも時既に遅し。王者としての振る舞いからあまりにもかけ離れた動きにおかしくなって笑いが漏れてしまった。詠奈はむっと目を細めると遠隔で扉をロックして俺をベッドに引きずり込む。

「主人を嗤うなんて」

「い、あ、ご、ごめん! あんまり可愛くてつい……」

「初めてのデートに浮かれていただけなんて、他の子には口外禁止よ。約束出来る?」

「や、約束出来なかったら……?」

「そんな悪い口は、私が塞ぐしかないわね」

 キスをされた事に気づいたのはもう間もなくの頃だ。詠奈はつい先ほどまでぬいぐるみが引き受けていたであろう愛情を注ぐように、ゆっくり。しかし味わうように唇を離さない。

「んぐ、ん、んちゅ…………!」

「…………ん。は。はあ。ほんの少し、貸すだけなのにこんな寂しいなんて思わなかった。デートの時間は本当に楽しくて、夢のようだったわ」

「詠奈……」

 真実を知った所で詠奈に対する価値観は変わらない。相変わらず彼女はただ我儘なだけの女の子だと思う。けれどそれはそれとして、王奉院で何があったかを想うと―――

「お金より尊いモノは確かにある。命に代えられるなら大抵のモノは代えられるけど、これは違う。君の事は買えたけど、過ごせるこの愛おしい時間は……買ってすぐ得られるものじゃない」

「退屈しなかったか?」

「ええ、勿論。さいっこうのデートだった」

「そっか。良かったよ」

 退屈。

 それは彼女が嫌いながらも受け入れてしまった平和の名前。退屈を紛らわせる事が出来たならそれが一番素晴らしいという事だ。彼女が味わった苦痛を、俺は肩代わりなんて出来ない。想像する事も許されない。

 起こりうる全ては非現実的で、常識で語る事を許されない。俺に備わった旧来の価値観では何もかもがつまらなくもおかしい奇妙奇天烈な異常である。


 ―――全部分かったなんて、言わないよ。


 詠奈の影武者に全部聞いたかもしれない。これ以上調べるべき事なんてないのだろう。だが、まだ告げる時ではない。それは詠奈の隠したかった過去であり、穢れた歴史だ。誰がどう思おうと当人がそう思っているならこの認識が正しい。

 だから、きっとまだだ。

 彼女の事を好きであり続けたいなら、もう少しだけ知らないフリを続けよう。軽々しく分かったなんて言いたくない。本当に好きなら―――

「詠奈。未来の話をしよう」

「文化祭の話?」

「もっとずっと先だ。計画なんてきっちりかっちりした物じゃなくてもいい、漠然と……お前がしたい事ってないのか?」

「……私がしたい事は、実を言えば随分前から存在しなかったのだけど。君と一緒にしたい事なら沢山あるわ」

 詠奈は俺の服の中に手を入れると、ぴたっと身体にくっつきながら胸周りを優しく撫でる。

「気づいたのよ。この権力を以てすれば大抵の願いは叶うけれど、そこにはいつも私しかいない。だから退屈で……寂しいの。この渇きが癒えるとすれば、それは君が傍にいないと駄目。ねえ景夜。私は自分が普通ではないと自覚しているわ。権利上、貴方も含めた生殺与奪は全て私が握っているけれど。それでももう一度聞かせて欲しい。どんな答えでも怒らない。何もしないって誓うわ。本当に私でいいの?」

「何?」

「私は―――君に沢山のモノを与えられるでしょう。でもそれが本当に君の求めているモノかは分からない。君は時たま、自分が何も持っていないかのように言うけれど私だって似たような女よ。権力と美貌以外に持ち合わせる物はない。政治への介入は私の手腕というよりも単なる力業に等しくて、人望は御覧の有様。お金の切れ目は縁の切れ目という事で、それを失えば誰も私を見なくなるでしょう。それでも本当に……君は私と結婚したい?」

「…………」

 上体を起こして、詠奈を力一杯抱きしめる。髪の中に鼻を埋めて、それでも足りないというくらいに近く。

「お前らしくないよ詠奈。そんな、言葉を尽くすなんてさ。俺の気持ちは変わらない。出会った時から一目惚れしてる。口先だけなら何とでも言えるって言うなら身体は正直だろ。お前の身体に触れて大分興奮してると思う」

「……ええ、そうね」

「不安なのか? 誰も権力でお前に抗えないのに」

「―――私の勘は良く当たるのよ。ある日全てを失ってしまう様な、そんな気がしてならないの。勿論、杞憂に終わればいいとは思っているから予防策は打っているけど」

「大丈夫だ、俺が守る。お前の身体は、お前の心は。どんな手段を使ってでも守るから」

「景夜…………」

 雄の本能を隠さんとする生地の上を、詠奈の掌が唆すように撫でる。




「ね、獅遠の所へ戻る前に一回だけ…………疼いてきたの。しましょう。しよ? あの子には秘密で……ふふ♪」
















「景夜さん、何かあったみたいだね」

「えっ」

 部屋に戻って早々見破られたかと驚いたが、そうではなく、それまでの騒動の事だ。具体的には国内秘の文書を読んでからのあれこれ。

「私、言われた通り読まなかったよ。どう考えても私なんかが読んでいいもんじゃないって思ったし。景夜さんが警告するなんてよっぽどでしょ」

「大した事がなかったなら、協力してくれたお礼に教えても良かったんだけどあれはな……」

 詠奈はお金で繋がっていると思っている様だが、それは合っているとも言うし間違っているとも言える。幾葉姉妹には選択肢がなかった。裏社会の何処かに売り飛ばされてしまうよりはここでメイドをしていた方が安全だと判断したのだ。そしてここ以上に安全で快適な暮らしが出来る場所は存在しない。

「王奉院が嫌いになるかもしれないから、読んでないならそれでいいんだ」

「へえ? そりゃ凄い事が書いてあるね。そんな本危ないから聖にもっていかせちゃって正解だったね。書庫に入れておいてくれるなら間違いは起きないし」

 書庫……まあ、大丈夫か。

 確かにあれを放置するのは不味いだろうし。

「―――話は変わるんだけど、横に置いてある料理は何なんだ?」

 あの本に関連するような話題は気のせいかもしれないが自然と気が重くなる。話題を逸らすべく俺が注目したのはいつの間にか小皿に取ってあった和食の……何らかの煮付け。

「これ? さっき彩夏さんが持ってきてね。味覚が変わったかもしれないからって口に合う料理を色々探してくれてるみたい。これが一番おいしかったら食べてるの」

「へえ…………彩夏さんとコックさんが文化祭に出店してくれたらお客さんが増えたりしないかな」

「彩夏さんはともかく、コックはまずいでしょ。薪野創玄なんて今でも超有名じゃん。先生とかは絶対知ってる。言っとくけど私達の中で一番下に降りちゃいけないのはコックだからね? だからずっと閉じ込められてるみたいな所もあるし」

「仕事が終わったら専用の通路を通って寝室に帰るんだったっけ。コックさんもよくそんな境遇に耐えられるよな。幾ら自分が買われたからって」

「ありとあらゆる食材が手に入る環境で好きなだけ料理していいっていうのが魅力的なんでしょ? 暇だったから好奇心で調べたけど、コックって色んな国のトップに料理振舞った経験もあるそうじゃん。本当に凄い。料理一つでそこまで成り上がるなんて」

「…………あの人って四〇幾つくらいの年だよな」

「ん? そうだと思うけど、どうかした?」





「コックさんなら、詠奈の父親の事とか知ってんのかなって」

 

 

 新なろう、使いにくいです。

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