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奉ル歴史ヲ知ルベカラズ

「有難う、車動かしてもらっちゃって」

「い、いえこれくらいは全然……仕事、飽きてた所でして」

「洗濯はまあ、毎日やってたら楽しくはないものな。冬古とうこが免許持ってて良かったよ。少し待っててくれ。すぐ戻るから」

 ランドリーから人手を引っ張ってくるなんて初めてだったが、幸い彼女達は朝から働いており、多少なら自由を利かせられるようになっていた。一人動かしたいが為に後で時間を取って皆と遊ぶ事になったが、それはデメリット足り得ない。気心の知れた女の子に囲まれて本気で遊ぶのは楽しいから。

 目的と手段は逆転していないが、心残りがあったら楽しめないのもまた事実。学校ではまだ文化祭の準備をしているようだ。一部の部活を除いて文化祭の準備期間は殆どが部活と同じくらい時間を使って遅くまで残っている。俺みたいにデートで抜け出した挙句に一時帰宅するような不良生徒はここには居ない。それを言いだしたら帰らない詠奈はもっと不良だけど、ここには偽物が居るから誰も気づいていない筈。


 ーーー俺の事はどう言い訳してるんだ?


 自意識過剰みたいになるが存在感はある方だ。今は命琴が居るけど、それまでは詠奈が親しくする唯一の存在だった。連れ出した嘘の理由だって告白の伝書鳩だったし、詠奈だけが帰ってきて俺が帰ってこない事は、流石にクラスメイトなら気にしていると思いたい。

 恐る恐る昇降口から入ってみたが、早々にドヤされる事はなかった。教室に戻ると、何人かが俺の存在に気づいて―――特に男子は、気の抜けた笑い声を上げながら俺の肩を掴んでくる。

「おー景夜! お前も大変だなっ。詠奈の友達ってだけでさ!」

「え…………え? な、何が」

「詠奈から聞いたんだよ俺等ぁ。なあ?」

「フラれた奴を慰めてたんだろ? お前、自分が詠奈に脈なしな上にそんな役回りまで押し付けられるとかツイてないな。ちょっち時間かかりすぎだけど、いやまあ、気持ちは分かる! 一世一代の勝負みたいな感じでやんねえと詠奈に気持ち伝わんなそうだもんな」

 よくよく考えると無理やりすぎる理屈なのだが、自称姉を名乗る偽詠奈が言ったのなら信じるしかない。彼女は告白に呼び出されただけで、そこで嘘を吐く理由なんて傍からは想像も出来ない訳だし。

 ただサボりはサボりなので男子に絡まれながらも作業に戻される事になった。ふと教室を見ると、とある人物の不在に気が付く。

「命琴。ちょっといいかな?」

「え? 何?」

 イジメの首謀者がすり替わってすっかり解放されてからというもの、彼女はやっぱり明るくなった。怯えてるよりは、こっちも話しかけやすい。あのままだと、まるで自分が悪い事を仕掛けているみたいで。

「詠奈は何処に行ったんだ? アイツに指示を任せてたよな」

「あ、うん。圀松君って人に呼びだされてたよ。なんか、詠奈ちゃん個人で出し物やるよね? その事で話があるみたい」

「あー…………あー?」

 映画の話なら事実だし、その為の試写会だってあった。ただ有志の出し物の話をするのは文化祭実行委員会の領分であり、十郎は違う。だって委員会の人間なら俺が名前を知らない訳がないし。建前だろう。


 ―――どういうつもりだ?



 十郎が国内秘の文書を持っていたのは? 図書室から見つけ出したと考えられる。

 千癒が何処かから持ち込んで、しかし眠気に抗えず俺の所までは持ってこられなかったのをアイツが代わりに引き継いだ。十郎は俺が詠奈の歴史の事を調べているなんて事情は把握していない。そんなアイツが本を家に持ってきたのなら、それはきちんと俺のお願いを聞いてくれたという事だ。

 では次の疑問。何故家に持って帰ってきた?

 十郎は護衛に支障を来すから大人しく作業をしてくれと言った。俺はそれを破って……厳密には偽詠奈の気遣いを無碍にしたくなくて……外でデートをした。クラスも違うからアイツは俺の事情を把握出来ていない筈。だから何か見つけたら俺の所へ持ち込むなり、呼び出そうとするなりした方が自然である。

 これは……国内秘という文字に従ったという事も考えられるが、もっと確実に考えられるのは中身を読んでしまった可能性だ。十郎に絶対読むなと言った覚えはないし、探したからには自分も多少中身は見る権利があると考えても不思議じゃない。大した内容じゃなければそのまま黙って俺に渡せばいいだけの話だから。

 読んだならその内容のまずさが理解出来て、学校で渡す訳にはいかないとわざわざ家に帰る意味も生まれてくる。獅遠の所には絶対に戻ってくるから、わざわざ探し回らなくてもいいという利点だってある。


 ―――ただ。


 内容を読んだ仮定で、詠奈を呼び出したというのは不穏だ。あそこには王奉院の罪が書かれている。十郎は俺が詠奈を連れ出してデートしていた事を知らないなら、呼び出した詠奈を―――偽物と知らず、本物と勘違いしているという事だ。つまり本物に用事がある。

「何処に行ったか分かるかっ」

「え? さあ……詠奈ちゃんなら屋上じゃない? 沙桐君の方がそういうの詳しいんじゃないの?」

「分かった。実は……ちょっと実行委員会に用事があった所だ。丁度いいから行ってくる。ほら、分かるだろ。あれだよ!」

 同じ映画の出演者として命琴に伝われば後はどうでもいい。彼女だけは事情を知っているから、もしクラスメイトにこの不自然な動きを怪しまれても味方してくれるだろう。はやる気持ちを抑えきれず、階段を三段飛ばしに駆け上がっていつもの屋上へ。前後の状況から推測するに、あまり良い予感はしてこない。いや、予感というものはこの手の理屈付けをすっ飛ばしたその人の嗅覚だ。だからこれは予感ではなくて、確信。少なくとも楽しい事は起きていない。




 屋上に上がると、十郎が偽詠奈に向かって剥き出しの仕込み杖を突き付けていた。偽詠奈はブレザーを開け放ったまま悠然とベンチに座っている。




「―――景夜君。貴方にこんな所を見られたくなかったわ」

「沙桐。何でここに? 告白してきた奴を慰めてるとか何とか聞いたが」

「それは……何でもいいだろ! 何してるんだよ十郎。お前……詠奈を殺す気か?」

「見れば分かるだろ。その通りだよ。理由は聞かないでくれ。今ここでこの女を殺す事がこの国の為になるんだ。止めるなよ。お前は一般人だから殺したくない」

「…………やっぱり十郎。お前、あの秘密文書を読んだんだな」

「やっぱりって……家に帰ってたのか。ああ読んだよ。それで、別に殺すつもりなんてなかった。聞きたい事があっただけなんだけど、こいつは舐めた答えを口にしやがってな」

「舐めたって、秘密文書を勝手に読んだ癖に随分な言い草ね。王奉院の歴史はこの国の歴史。聞かれたからって簡単に答えられる訳ないでしょうに」

「詠奈も、やめろって!」

 その人が偽物だったとしても死んでほしくはない。仕込み杖を側面から掴んで、二人の間に割って入る。

「……殺されたいのか?」

「そんな脅し怖くないよ。心を無にすれば何も怖くない。八束さんが教えてくれた事だ」

 イメージするのは剱木八束に切り刻まれんとするあの夜の世界。殺されるイメージを保てば、目の前の現実に意味なんてないと悟ってしまう。

「俺はお前の事何も知らないけど、人を殺すのは良くない事だ。お前は全部買われた訳じゃないんだろ。だったら捕まるぞ」

「まるで偉ければ許されるような言い草だな沙桐。いつも誰かを見殺しにしてるのに、どうして俺の権利は止めようとする。主人だからか?」

「ああそうだ。当たり前だろ。主人でもあり、好きな女の子でもある人を殺される時に黙って指をくわえて見てろって?」

「その権利とやらを私が直接止めてもいいけど、私って慈悲深いからそんな事はしないの。殺したければ殺せばいいわ。ただ、貴方が王奉院の歴史を知る事は出来ないけど」

 偽物は、まるで人狼ゲームの狂人の様に、自らを的に殺意を引きつけている。これは詠奈を守るための共同作業だ。偽物だと悟られてはいけない。

「…………何で家に帰った。俺はお前に友人として一応気を遣ったつもりだ。文化祭の作業が終わる頃には殺すにせよ聞き出すにせよ終わってた。家にさえ帰らなきゃお前はここに来なかったのに」

「とりあえずそれをしまってくれよ十郎。お前、殺されたいのか? 謀反を起こしたと知れば真っ先にお前を斬りに来るのは八束さんだぞ」

「そうなったら仕方なく戦うよ」

「俺に剣を教える約束を反故にする気かよ。八束さんといいお前といい、死生観がおかしいのはもういいけどさ。俺を巻き込まないでくれ。友人だって言うならせめて約束を守ってから好き勝手してくれないか?」

 十郎は深く溜息をついて、それでも剣を降ろさない。

「王奉院詠奈さんよ。正直に答えてくれ。十年以上前にあった女性の行方不明事件。そっちが攫ったってのは事実か?」

「貴方には関係のない事―――」


「関係あるんだよ! 俺は姉ちゃん連れ攫われてんだぞ!」


 動いた切っ先に対して何の予測もままならず、しかし咄嗟に体は動いた。脱力の姿勢から不意に突きだされた一突きは―――偽詠奈の眼前で、俺の掌を刺し貫いて停止。

「ううぐ…………!!」

 殺されるイメージ。切り刻まれる。身体を。何度も。殺される。切り刻まれる。殺される。何度も。何度も。何度も。身体を。

 詠奈は飛散した血を顔に受けても、何食わぬ顔で足を組む。

「…………ああ、そうなの。確かにそれなら関係者ね。成程、それで貴方は私の交渉に応じてくれたのね。あれは終ぞ解決しなかった事件。王奉院の力を借りれば犯人が明らかになると」

「詠奈………………! 知りたいなら! 教えてやった方が…………っ」

「同じ事を何度も言わせないで。そう簡単に漏らせないから秘密文書なのよ。それに、知った所で貴方のお姉さんは帰ってこない。景夜君を見殺しにしている人と認識しているのだから、貴方だって都合の良い結末は期待していないのでしょう?」

「…………殺したのか」

「そう言って欲しいかのような誘導尋問ね。そっちこそ誰の入れ知恵かしら。八束ではないなら、国から子供を取り戻す会にでも接触された? いや、それはあり得ないわね。あれは口だけの団体だから……少し飴を上げるだけでどうとでもなる。最大の悩みの種は排除されたし」

 入れ知恵?

 そう言い切るのはどうかと思ったが、事件自体が十年以上前で警察を信じるなら行方不明で捜査は打ち切られている。それでも諦めきれないという人は居るだろうが、じゃあ王奉院を頼ろうなんて考えには中々思い至らない。春を除いて俺は侍女達の様々な事情を聴いてきたが、王奉院の存在とその力を知った上で服従を選んだ人は一人も居なかった。断る選択肢が無かったり、お金を積まれたからだったり、至って単純な状況だった事しかなかった。

 王奉院も王奉院でその人が欲しいからと自分の力をPRしたみたいな話は……あったかもしれないが、それなら誰か一人くらいその話をしても良いと思う。そして事件の解決と引き換えに服従しているならこんな騒動にはなっていない。

「………………子供作ったんだろ。それは誰だ? 何処にいる? 姉ちゃん死んでも、子供は生きてるだろ」

「…………さっきから繰り返すようだけれど、それを知ってどうするの? 真実を知っても貴方はムカついて殺すだけではないかしら。どれだけ質問を言われても同じよ。この状況、この状態。何がどうあっても貴方は私を殺したいだろうし、私も答えるつもりはない」

「詠奈、もう黙ってくれ! これ以上刺激するなああああ……!」

 掌を刺されて痛くないなんてあり得ない。アドレナリンで誤魔化されているだけで、痛いものは死ぬほど痛い。殺されるイメージを維持しろ。まだ死んでいない。やれる。

「…………そうか。じゃあ分かったよ。そんなに答える気がないなら、せめて沙桐を殺して、同じ気持ちを味わわせてやるよ」

「十郎!」

「約束を守らないのは俺が悪いけど、一番悪いのはそいつだろ。沙桐、お前は女の趣味が悪いな」

「…………」





「――――――そこ」






 偽詠奈はブレザーの内側に隠してあったリボルバーを引き抜くと、素早く手で反動を抑え込むように発砲。弾は十郎の胴体に命中し、彼はその場に勢いよく崩れ落ちた。

  



 

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