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みにくい此岸の子

「ただいま」

「お帰りなさいませ~詠奈様。お出迎えが私だけなのはご容赦を。み~んな忙しいんですよね」

 家に帰ると、友里ヱさんがお出迎えをしてくれた。この人は普段軽薄な振る舞いが目立つけど、詠奈相手にはきちんとカーテシーをしてまで振る舞いを改める。それはちょっと前まではらしくない行動とも思っていたけれど、元々がとてつもなく真面目な人なら主人と道具の関係はあやふやにしないのだろう。

「今日は楽しかったわ景夜。また遊びましょうね」

「え、ああ。うん」

「それじゃあ、私はこれで。獅遠の所へ行ってあげなさい」

 詠奈は頬に軽くキスをすると、 袋とぬいぐるみを持って部屋に戻ってしまった。心なしか階段を踏む足は軽くステップをしているようで、友里ヱさんも同じ感想を抱いたらしい。横に並んでひそひそと耳打ちをする。話をする口が見えないよう、掌で隠しながら。

「詠奈様ったらちょーご機嫌じゃん。あれ何? 出かけてた訳?」

「あはは……まあそんな感じで」

「そっかそっか。詠奈様がご機嫌だとこっちも楽だし助かるよー景君。でも獅遠を放っておいてそんな楽しい事をして大丈夫なの?」

「それは、大丈夫。もう電話切っちゃったけど、さっきまでずっと電話で繋がってたんだ。朝からね」

「あーそれはまた随分と豪華な……公共料金気にしなくていいって所がこの家のいい所だけどねー。あ、掃除がまだ終わってないや。ばいばい景君。サボってるのバレたら威厳とかなくなりそうだからねー!」

 今度は私とも通話しよー! と言い残して友里ヱさんは館の奥に戻って行ってしまった。獅遠の部屋に戻ると、彼女は相変わらず布団の上で扉を開けた俺に向かって手を振った。机には葡萄が何房か置いてあり、食べた痕跡がある。

「獅遠、ただいま」

「おかえりー景夜さん。大変だったね。親切にも手を貸してくれる人が居てよかったじゃん」

「ほんとだよ……親切な人って居るんだな。身体の調子はどうだ? ずっとほったらかしにしといて説得力はないけど……大丈夫、か?」

「気にしないで。詠奈様の機嫌を簡単に取れるのは景夜さんだけだし。お腹触ってみる? まだそこまでだけど、何となく感触が違うの分かるよ」

「本当か。じゃあちょっと……失礼する」

 獅遠が寝間着を捲り上げると、綺麗なお腹が露わになる。まだ目に見えてお腹は大きくなっていないが、触ってみると妙な出っ張りを感じる。それを気のせいと捉えたい所だが、獅遠の身体の事は良く分かっている。間違ってもそうはならない。

「おお、本当だ…………マジで、子供なんだ」

「何、その反応。私が想像妊娠してると思ってた?」

「そういうのじゃなくて、その……やっぱり実感が湧かなかったんだ。俺は獅遠を孕ませたけど、獅遠が妊娠してる実感が……何言ってるかよくわからないと思うけど、まあ気持ちの問題でさ。矛盾してても大目に見て欲しい」

「……母親になる準備なんて私もまだまだだけど、景夜さんも全然だね。そんな調子じゃあっというまに疲れちゃうよ。誰がどれだけ産むかなんて分からないんだからさ」

「そこは……成長していくしかないよなあ」

 具合はよろしくないと言ってもデートの合間に茶々を入れる程度には元気な獅遠。殆ど一緒に居た様な物だから話す事なんて特に存在しないのだが、夫婦としての時間欲しさに、俺は気になる事を漏らした。

 ベッドの横に椅子を持ってきて、きちんと向き合う形で。

「しっかしさ、八束さんと同じくらいかそれ以上ってくらいの人を外で初めて見たよ。やっぱり背が高くてスレンダーだと見栄えが良いよな。スーパーモデルって言うんだっけか。なんか……凄い高そうな白っぽいレースの服みたいなの着てて、ハイネックの」

「へえ、そんな人だったんだ。電話越しにしか聞いてないから分からなかったけど……そんなに褒めるくらいなんだから、やっぱり見惚れたの?」

「正直、少し。あんな人そうそう居ないだろ。実はモデルとかだったりするのかな。撮影の合間で……みたいな。いやでも、そんな人だったとして俺を助けるのは都合が良すぎるか」

「実は詠奈様の仕込みだったって説は? 景夜さんに負担を感じさせたくないからって裏で色々と手を回しかねないでしょ」

「それは俺も考えたんだけど……」

 ただ、状況を考えて欲しい。このデートが予定調和であるなら、詠奈だって事前準備くらいは出来る。実際はどうだった。本来外に連れ出すつもりがなかったものを、偽詠奈が気を利かせてくれたお陰で叶ったデートだ。俺が目撃した限りは携帯を触った様子もなかった。その状態で彼女が何か出来るとは考えにくい。

「やっぱり都合の良い偶然な気もしてるんだよ。詠奈が携帯触った瞬間って全然なかったし。都合の良さで言えばそもそも外に出た事自体が都合よすぎるっていうか……十郎には悪い事したな。アイツは俺の護衛なのに、勝手に外へ出ちゃった。主人の詠奈が一緒とはいえ……」

「あ、そうだ。その十郎君なんだけど、さっき本を持ってきたよ。私の所に置けば取りに来るって踏んでそこの引き出しの中に入れた」

「十郎は?」

「さあ? 学校に戻ったんじゃない? 屋敷には居ないと思う……コックさんと景夜さん以外の男性に詠奈様が排他的だからさ」

 俺は……ともかくというのもどうかと思うが、流石は美味さで人を殺してしまった料理人だ。コック創玄はその腕前一つで排他的な態度を覆させている。なんだかんだと一番気楽に過ごせているのはあの人な気もしてきた。

 引き出しを開けて中を見ると、『国内秘』と書かれた文書が入っている。図書室で見つけたのだろうか。資料のように封筒に入る形であるならやはり探させて正解だった。他の誰かに興味本位で手に取られても……

「国内秘って何だ?」

「国民には秘密って事なんじゃない? え、何を手に入れたの?」



 文書の中身は、端的に言えば国が王奉院に対して行った尻拭いだ。


 

「………………」

 携帯を片手に調べてみる。日付と事件の概要を入力すれば概ねそれはネットニュースになっていて、何でもない日常のように収まっている。文書曰く、それは王奉院の行動を隠すために行われた犯罪行為。

 例えば五年前に迷宮入りとされた大学生が十人死亡した事件。その真実は王奉院による誘拐及びその下で行われた人体実験の結果である。

 例えば十年以上前に騒がれたとされる、二十代女性が無差別に行方をくらました事件。その真実は王奉院による後継者作りの手段である。母親役については個人情報が詳細に書かれており、備考欄には等しく『処分』とだけかかれていた。

 放火、爆破テロ、銀行強盗、殺人。例を挙げればキリがない。等しくその陰には王奉院がおり、政治家と警察の手によって無実の罪をでっち上げられた人が大勢いるようだ。王奉院が何をしたかったかなんて、それもまた書かれている。放火は当時の政治家が王奉院を引きずり降ろそうとして報いを受けた。爆破テロは警察のやる気を引き締める為に自ら犯罪組織に助言を与えて実行された。銀行強盗ならセキュリティチェックの一環であり、王奉院に認められなかった銀行は経営状態に拘らず倒産させられた。殺人は……『処分』と同義だと思っていい。

 王奉院のやる事なす事全てに国がフォローを利かせているという話が、要するにこの文書の全てだ。何故そこまでするのか。ここまでに調べて来た情報から俺には想像がつく。

 遥か昔から王奉院は国の隆盛を支えてきた存在であり、その政治的手腕、行動力には歴史という名の実績があった。やがてそれは国対人の友好条約として現れるまでになり、実際王奉院は―――敗戦後のこの国を復興させてしまったのだろう。ありとあらゆる業種、業界に手を加えて。シミュレーションゲームで国を育てるが如く改善させて。司法も立法も行政にも手を出して。きっとその時々で確実に結果を出してきた。

 

 国は王奉院に依存してしまっている。それが全ての間違いなのだろう。


 何せ王奉院が国を見限ればその国はもう成長を見込めない。王奉院が正しいなら、王奉院に従えば成長出来るからこそ、その王奉院に見放されれば国は亡ぶ。そんな単純に国は亡ばないかと言われたら微妙な所だ。権力と情報が王奉院に集中する関係上、他国に行かれてしまえばありとあらゆる情報が流出する。だから国は王奉院を守る。

 一方で王奉院側も、絶対的な王様であり続けたいなら依存した国は大事にしないといけない。確かに流出は一大リスクだが、王奉院にとってそれをするのは信用を失う事に等しい。次の国では同じ程度まで依存させてくれる事はなくなるから。ここに例外があるとすれば国が総力を挙げて王奉院を排除しようとした時くらいだろうが、それは終ぞ起きなかった。

「………………詠奈」

 アイツが表立って政治家として独裁をしない理由は……民主主義の建前も勿論あるだろうけど、歴史を知っていると仮定すればこれのせいだろう。彼女は過去の事をまるで教えようとしてくれない。知ろうとする俺の姿勢は評価しても、知られたくないような素振りは見せていた。

 自分の家の歴史を嫌っている、のか。

「景夜さん?」

「―――やっぱり何かおかしい。こんな家に生まれておいて詠奈は優しすぎる。善悪の感覚が市井に近い気がする。何かあった。絶対に何かがあったんだ」

「え、そう? 人が死んでるのを見て何とも思わないのは大分おかしいと思うけど」

「いや、これを読む限りだともっと酷くあって然るべきなんだ。獅遠は……ひょっとしたら読まない方がいいかも。忠誠心とか揺らいだら困るだろうし。少なくとも独裁を避けて退屈な生活を受け入れるなんて考えられない」

 尋ねに行く人は決まっている。

 



 ここまで来たら全てを知りたい。


 














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