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少女の威厳

「ゲームセンターか」

 筐体が沢山並んでいる。知らないゲームばかり、見知らぬ人間がそれぞれの世界にのめり込むように向き合っている。詠奈には遠い世界の話だろう。お金がないと継続的に遊ぶ事は難しいが、大金持ちがこんな所に来るイメージはない。

「知ってるゲームあるか?」

「ゲームは嫌いじゃないけれど、こういう場所に訪れた事はないわね。むしろこういう場所は、君の方が詳しいんじゃないの?」

「俺は……親が行かせてくれる訳ないだろ。こんな場所で遊んだら金の無駄だって怒られちゃうよ」

「物は考えようとも言うでしょう。子供をここで遊ばせておけば他の不測の動きは防げるわ」

 そこまで考えが及ぶような人でない事は俺が一番よく分かっている。荷物持ちである事が殆どだ。子供は親の言う事を聞く、人には親切にする。その二点が俺に許された自由であり、強いられた信条。

 当てもなく歩き回って少し時間が経ったからだろう、他校の生徒の姿も増えてきた。若者には人気……なんて誰目線かも分からない言い方はしたくないが、馴染みのない場所だからどうにもそういう言い方になってしまう。

「少し遊んでいく?」

「腹ごなしにはいいかもな……いや、気分転換か。そういうゲームでも選ばないと腹ごなしにはなりそうもないか」

 よりどりみどり、とは言い難い。人気のゲームには相応に人気な理由があって、順番待ちも当然起こりうる事だ。詠奈の権力を以てすればそれらを無視する事は造作もないが、流石の彼女もそんなみみっちい事には行使しない。

「レースゲームなんてどう? 丁度空いているみたいだけど」

「―――やった事ないんだよな? 俺は良いけど、出来るのか?」

 詠奈は操縦席を模した座席に座ると、俺の心配を一蹴するようにふんと鼻を鳴らした。

「ここだけの話だけど。私、車を運転した事があるのよ」

「無免許運転は良くないけど、お前は咎められないもんな。それが自信の訳か」

「怖いから直ぐ代わってもらったわ」

「うん。今の話は何だったんだ?」

「経験のあるなしは違うのよ。あまり自分の力をひけらかすのもどうかと思うけど、君には私のはしたない姿を見せてしまったし、この辺りで挽回したいわね」

 かなりたこ焼きの一件は引きずっている様子を見せる。妙な上から目線が混じって分かり辛くなっていた発言を要約すると、滅茶苦茶恥ずかしい姿を見せたから、今度はかっこいい姿を見せたいようだ。

 俺はあの詠奈がたこ焼きに苦戦する姿があんまりにもいじらしくてずっとときめいていたくらいだけど、本人までもがそうとは限らない。ここは付き合って花を持たせるべきか。しかし、実力が分からない。露骨な手加減は機嫌を損ねるだろう。

「一応言うけど、詠奈、本当に強いのか? また見栄を張ってるんだったらそろそろやめた方がいいような」

「やはりそう思うわよね。やっぱり逃げなくて正解だった。好きな人からずっとたこ焼きから逃げた女と思われたら悲しいもの。他人の強さを心配する前にまずは自分の実力を把握する事ね。君がたまに集まって皆とゲームをする事は知っているけど、その程度で勝てると思ったら大間違い」

 何だかわからないが凄い自信。見た事ないけれど、これはもしかすると本当に強いのか。

「分かった。じゃあ胸を借りるつもりで全力でやろう」

「そうでなくちゃ。勝負はいつだって全力でなければ楽しめないものね」

 




 ――――――十五分程経過した。





「くだらなかったわ」 

 詠奈は露骨に機嫌を損ねて筐体を後にした。最早結果は慈悲として言うまいが、どうしてあれで自信満々に振舞えたのかは永遠の謎だ。俺がもっと下手だと思っていた? 確かにまともにゲームを触ったのは詠奈の家に来てからだけど、だからって見下される程ではない。

「なあ、ちょっと。ほら、あれやろう。エアホッケー」

 コーナーから出ようとする彼女を引き止めて指を差す。あれは唯一知っている筐体だ。昔からあるような気がしている。筐体自体は新しいのかもしれないがゲーム性は何も変わらない。

「…………やりたいの?」

「消化不良だっただろ?」

「ごめんなさいね、弱くって」

「あ、いや…………そういう意味じゃなくて! 対面だったらもっと楽しめると思うんだ! あれはほら、対戦だったけど、ゲーム画面越しだっただろ?」

 それにエアホッケーなら詠奈にも経験がある筈だ。別荘の遊戯室にこれがあったのを覚えている。まさか一度も触れられていないなんて事もあるまい。

「経験はあるの?」

「ないけどルールは流石に分かるよ。ゲームの中でエアホッケーした事もあるしな。そういう詠奈は?」

「これだったらあるわね。そういう意味では私はきっと楽しめると思うけど、本当にいいの? 景夜君、後悔するわよ。沢山負けて自暴自棄になるかも」

「それはそうかもしれないけど……詠奈。やる前から負ける事を考えるのはないだろ。俺は勝つよ」

『景夜様、私が応援していますね』

「し~お~ん~。貴方は主人を応援しなさい。可及的速やかに」

「じゃ、スタートだ。負けても泣かないでくれよ」

「生憎と泣き虫はもう卒業したの。弱いままじゃいられなかったから―――好きな人との勝負は、きっと楽しいわよね」


















 エアホッケーの中で繰り広げられる死闘は体感にして永遠。実際の時間は三十分と少しくらいだろうか。運動能力に疑問符のついた詠奈が相手だから大した事がないかと思いきや、動体視力の方はずば抜けており純粋に苦戦した。

「やった」

「ずる」

「今のは無しで」

 王奉院の威光届かぬ場所で、詠奈はまるっきり等身大の女の子。やっぱり俺の認識は間違っていない。偉いからって何かが変わる訳ではないのだ。得点に一喜一憂するその確かな表情を見ていると猶更そう思える。普段が無愛想なのは本当に退屈しているだけなのだと―――身体を重ねた時から分かっていたけれど、今度ばかりはハッキリしている。確かに普段から表情は変わらないせいで同じ様に見えるのかもしれない。けどちゃんと違う。喜んだり、悔しがったり、得意気になったり。それなりに付き合いがあるから分かるだけ? 

 今の詠奈は、輝いている。

 語弊を招く言い方をするなら、惚れ直す真っ只中だ。本当に凄く可愛い。世界の中心で愛を叫ぶとはこういう気持ちなのだろうなあと感傷に浸らせてくれる。世が世なら俺だって詩の一つや二つを詠んでいる。それ程に情緒的で……

「流石に私の勝ち……まあ、分かっていたけど? 君とやるんだから柄にもなく全力を出してしまって。疲れたわ。そろそろ出ましょうか」

「そうだな。ちょっと遊び過ぎたか。出るのも良いけど記念にUFOキャッチャーで何か取るのもいい気がしてる。詠奈が欲しい物があったらだけど」

 予算は幾らでも使えるとするなら、どれだけ時間がかかっても全く構わない。手に入れた金額と実際の価値は釣り合わないかもしれないから、本音を言えばすぐに手に入れたいけど。

 詠奈は全ての筐体をぐるりと見回すと、コーナーの外に足を向ける。

「それは帰りでいいわ。何があるのかは全部覚えたから、決まったら君に言う」

「お、おう。そういうもんなのか……」

 そうして再び、歩き出す。また何か引かれる物があれば立ち入るだけの当てもないデートは、当然終わりも迎えられない。ショッピングモールはまだまだ広く、俺や詠奈の興味を引く物が来る可能性は決して低くはない。数撃てば当たる。物が多ければそれだけ足も止まりやすい。

「………………やっぱり気になるのか? 高級品なんてあってないような物だと思うけど」

「高いかどうかではなくて、自分が着たいかどうか、見せたい相手が見たいのかどうかではないかしら。服はいいわね。普段は自分で選ぶけど…………せっかくデートに連れ出してくれたんだし、たまには君に選んでもらいたいわね」

「えっ」

 詠奈は俺の目の前に立つと、くるりと華麗にターンを決めて、スカートを翻した。

「着せ替え人形にしてもいいって事。さ、景夜君。君は私に何を着せたい? 試着室もあるようだし、組み合わせは無限大よ」

「い、いや。せ、僭越ながら俺はファッションセンスとは無縁の人間でして。詠奈に合うような服なんて見繕える筈が」

「私、何着ても似合うから大丈夫。サイズが合っていればの話だけどね。大抵は恰好がつくとは思っているわよ」

 ついさっきまで情けない姿を見せていたとは思えないほどの余裕。満ち溢れる自信。腰を反らして胸を張ると、その勢いでブレザーの上からでもハッキリと分かる膨らみがぶるんっと揺れる。

 王者としての振る舞いもまた、王奉院詠奈の本質だろうか。




 …………もしかしなくても詠奈は、俺のセンスを駄目だしする事で同じ様に辱めようとしている?




 ここまで自信満々だとそう思わずにはいられない。気掛かりなのは、口角を緩ませて見るからにワクワクしている素振りが見えるくらいか。

「も、文句言うなよ!」

「文句なんて言わないわ…………君の好みが、知りたいだけだし」

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