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過去も未来も関係なく、あるのは只今

 連れ出したのは俺であり、詠奈に目的がない関係上俺が楽しませないといけない。それがデートという物だろう。困った。こっちこそ連れ出す事になったのは見切り発車だった事情もあって何も考えていない。どの店が面白くてつまらなくてとか、判断しようにも材料がない。

 モールの端から入店したのは幸運だった。元々買い物なんて奴は必要な物を買って帰るよりも見て回る方が楽しいと聞いた事がある。その実感は決して沸かないけど、でもそれが楽しいと言うならやるべきだ。

「特に予定とかを立てないデートって嫌われるらしいな」

「そうなの? 私はそこまでよ。その手の事を言う人が立てるプランなんてタカが知れている……いえ、大体想像出来るのだけど。無計画ならその心配もないから。ああでも、その人の行動範囲から絞り込めてしまうわね」

「……じゃあ普段お前に束縛されてる俺は想像もつかないって事か」

「だって、景夜が居ないと寂しいのよ」

「理由になってないぞー」

 タイムスリップしたかのように真新しいお店が並んでいる。俺が楽しむものでもないのに気になるお店が次々見つかって視線が散っていってしまう。今のモールにはこんなお店があるのかと思ってしまう。

「な、なんか……妙な気分だな。普通に歩いてるだけなのに緊張する。何でだろ」

「大丈夫よ。他人は思うより他人に興味ないから。おかしな風には見えていない」

「視線を感じる! これは……何故だ?」

「気のせいよ。強いて言えば容姿端麗な人間に目を引かれるのは当然の事というだけ。私の傍にいるのはこれが初めてじゃないんだから、慌てない慌てない」

 詠奈は自分の立場も踏まえると自信のある発言をするより暗殺の心配をした方が良いと思う。それとも彼女なりに俺を気遣ってくれているのだろうか。あんまりにも命の心配をしない彼女に呆れて、少し緊張が和らいだ。

 歩いていて、視線が止まる。

「…………そう言えば、お前がたこ焼き食べてる所って見た事ない気がする。高級食材じゃないからか?」

「庶民的な料理という点は否定出来ないけど、単にその機会がなかっただけよ。タコが苦手という訳ではなくてね」

「ちょっと見てみたいかも」

 興味本位に口をついて出た発言は、しかし確かにその瞬間、彼女の顔を顰めさせた。発言の何処にも地雷要素はない。まさか詠奈が五十音の内特定の音を嫌うような特殊な思考を持ち合わせている筈もない。

「―――いいけど」

 凄く不本意そうな顔に思わず俺の方が遠慮しそうになったが、彼女は自ら俺を引っ張ってたこ焼き屋の受付に並ぶ。身体と心の一致しない行動は必然詠奈に奇妙な動きをさせており、ちょっと面白い。俺と店とを交互に見ていて、どちらにしても上目遣いだから凄く可愛い。

「苦手なら無理しなくてもいいんだぞ。俺は興味があっただけだし」

「それだとまるで私がたこ焼きに嫌な思い出があるみたいじゃない。違うと言っても証拠がないから、ここで逃げてしまったら君はずっと私をたこ焼きから逃げた女として見てしまうでしょう。引くに引けないわ」

 引くに引けないとか逃げるとか言っている時点で語るに落ちている事には気づいていないらしい。本当に何があったのだろう。今までの余裕とはかけ離れた怯えぶりだ。

 幸い今日は平日でそこまで混んでいない。たこ焼きを注文して、少し待てば出来上がる。受け取る時に大した問題はなかったが、開いた机に向かい合うように座ってから詠奈は視線をたこ焼きに奪われていた。

 美味しそうと思っているなら良かったが、どう控えめに見てもそうは思えない。素人目にも拒絶反応が窺える。

「おい、どうして頼んだ?」

「それは、美味しそうだからよ」

「そんな顔してないぞ。この食べ物には毒が入ってますみたいな顔だ……まあでも、確かにあれか。店員がお前の暗殺を企んでる可能性はあるか。それなら毒味した方がいいか」

 詠奈と自分のを交換しようとすると、彼女はすまし顔に戻ってサッと自分のを引き上げた。


「これは、私の」


 強情であった。

 下手な親切は逆効果になりそうなのでもう先に食べてしまった方が良いか。爪楊枝を刺して掬い上げると、口を大きく開けて放り込んだ。

「ほふはふへふ………………冷めてても美味しいっちゃ美味しいけど、やっぱり熱い内に食べる方が上手いよな。毒はないと思う。多分」

「毒なんて気にしていないわ」

「猫舌?」

「いつも熱い料理を食べてると思うけど。余計な心配はしなくても大丈夫。大丈夫大丈夫……」

 恐る恐る爪楊枝を握って、詠奈は丸ごとではなく、部分を齧るように口に入れ―――

「あづっ」

 直ぐに落とした。

「……………………詠奈?」

「待って、違うの。今のは違うから。部分的に食べるのが良くないのよね。たこ焼きのフォルムから言って一口で食べる事が想定されているわ。つまり一口で食べなかった私に落ち度がある」

「俺が冷まそうか?」

『お言葉に甘えたらどうですか詠奈様』

「獅遠。せっかくのデートなんだから喋るなんてどういうつもり?」

 あまりリアクションをしないから忘れそうだが、獅遠とは朝からずっと電話が繋がっている。詠奈を連れ出してからは空気を読んで喋るのを控えていたのだが、特別何か取り決めはしていないので、喋るのは彼女の勝手である。

「大切な人を主人に奪われているんですから、喋るくらいは許していただきたいものですね」

「言うじゃない。その生意気な口を今は許しましょう。他にも喋りたい事があるなら聞いてあげるわ」

『詠奈様。私に喋らせてたこ焼きが少し冷めるのを待つのは幾らなんでも見苦しいですよ』

「そうなのか?」

「違うから。待って景夜君、勘違いしないで。今から食べるわ。猫舌なんてあり得ない事を教えてあげるから」

 勝手に乗せられた詠奈は勢いのままにたこ焼きに楊枝を刺すと、今度は丸ごと一つを口に頬張る。

「あふ、はふ、おぉ、くぶぶぶぶぶぶ…………!」

「詠奈!?」

 熱すぎて悶絶している。どう振舞おうと根本的な教育の質か食べるまでは品を感じるのに食べてからが酷い。机に向かって突っ伏して、今にも口から吐き出しそうな勢いだが絶対に吐き出さない。

 死に物狂いで咀嚼して何とか飲み下したかという頃、詠奈はようやく顔を上げた。その表情は珍しく無愛想とは言い難い程に歪んでおり、目には涙が浮かんでいた。

「あつぅい…………」

「何で強がったんだ…………」


















 好きな人の前では見栄を張りたくなるとの言い訳を頂戴したが、詠奈に張る見栄があるのだろうか。ステータスで彼女にかなう人は居ないし、単に容姿として見ても張らなくても別にというくらいには高いと思う。

「美味しかったわね」

「あんな詠奈初めて見たよ……今度家でたこ焼きパーティとかしてもらおうかな」

「君は好きな子に意地悪するタイプだったのね。初めて知ったわ」

 口を尖らせ不満を漏らすものの、特別不機嫌にはなっていない。やはり心と体の行動が一致しておらず、詠奈の事が少し分からなくなった。続いてペットショップの中身が気になったので、立ち寄ってみる。

「そう言えば家にペットって居ないよな。欲しいって訳じゃないんだけどさ」

「すると世話係が必要になるわね……そればかりは特に理由なんてないわ。うちの子で動物嫌いは居ない……八束なんて殆ど野生動物みたいな境遇だったし。飼いたいなら誰でも飼えばいいと思うけど……あれ、梧って子は違ったかしら」

「人間はペットとしてカウントしません! ……状況が落ち着いたらいいかもな。今はほら、俺達学生だし、なんか政治的にも変な事起きてるじゃないか下働きの子に任せたらそりゃいいかもしれないけど、買ったのは俺なのに無責任になる」

「因みにだけど、君は大きな犬が好き? それとも小さな犬が好き?」

「どっちが好きだからどっちが嫌いって話でもないけど、あんなに広い庭があるなら大きい犬が欲しいかもな。昔は夢だったんだ。大きい犬に乗るの。今は流石にやらないけど」

「…………………そう。覚えておくわね」

 

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