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忘らるる女王

「本当にこんな事をしていいのかしら」

 困ったように顎に手を当て首を傾げる詠奈の手を引いて、俺達はこっそり学校から抜け出した。幾ら詠奈が権力を持っていても学校に居る間は普通の女子高生だ。他の皆が見ている目の前で無法な振る舞いは出来ないと思われたが、偶然に偶然が重なってそれは可能になった。

『私も無関係です。詠奈様も勘違いなされませぬよう』

 電話越しに獅遠が無関与を表明する。そう、本当に誰も予期していなかったのだ。この時の為に準備なんてしていない。詠奈を少し休ませたらちゃんと戻らないと怪しまれると考えていた。

 偽詠奈が教室に居たのだ。

 詠奈と俺の関係性は学校内に限っては友人であり、それ以上の関係を悟られたくない。まともに学生生活を送りたいならそれが前提条件だ。だから戻る時も俺が最初で詠奈が後から来るように……そうすれば俺は単に顎で使われただけだと勝手に察してくれるから。

 ところが偽詠奈が居ると話が違う。あれは一見して殆ど詠奈と同じだから、本物が戻ってしまうと詠奈が二人いる事になってしまって大騒ぎだ。スタイルはかなり違うけど、それは偽物側の努力でどうにでもなる。まさか本物に近づいておもむろに胸を鷲掴みにする男子など居る筈もないし。

 そんな状況に遭遇した俺は当然焦った挙句に思考停止してしまったが、獅遠からの呼びかけにより平静を取り戻し、慌てて詠奈を外に追いやったのが先程までの流れ。

 詠奈も突然追い出された時は流石に困惑を隠せない様子だったが、今は流石に落ち着き払っている。状況に納得は行かないらしいが、それは誰でもそうだ。

「私が呼びつけた訳でもなければ君が頼った訳でもなく、獅遠は無関係……独断行動なんて許した覚えはないけれど」

「ま、まあいいじゃないか詠奈。実を言うとお前を戻すのはちょっと気が引けたんだよ。だってお前は頑張り屋だから、頼られたら絶対に頑張るだろ。それじゃあ休ませた意味がない。影武者なんだし、肩代わりしてくれるっていうなら甘えようよ」

 自称姉を名乗る偽物の真意はさておき、詠奈の為を想ってやってくれたとは考えている。そこに天罰が下るのは困る。だが舌戦なんて得意でも何でもないし、誰かを丸め込む練習もした覚えがないから、出来る事は感情に訴えかける事だけだ。詠奈を説得する事は……その顰めた顔を見る限り失敗している。俺と腕を組んで、溜め息をつくまではそう思った。

「……景夜君が傍にいるなら、たまにはいいかもね」

「きっちりしてるな」

 ちゃんと君呼びしている辺りが、特に。

「それで、私を連れ出した不良君は一体何処へ向かう気なのかしら」

「あ~はは………………」

 だらしないのは俺の方だったか。

 詠奈を休ませたい事以外は何も考えておらず、計画性など期待するだけ無駄だ。制服姿で出歩いても別に怒られはしないだろうが、いかがわしいお店に入ったりすると流石に気まずいか(俺は行かないけど、詠奈が入りたいと言ったら入る)。

「ショッピングモールで買い物とかどうだ? 多分その……他の学校の奴等とかもワンチャン居るし、普通の学生っぽいだろ」

「それは……君と一緒なら楽しそうね。いいわ、エスコートしてくれる? 素敵な素敵な、私だけの彼氏君」

「さっき不良呼ばわりされた気がするんだけど」

「女性は悪い男に惹かれるのね。火遊びがしたいお年頃なのよ」

 他人事みたいに語る詠奈の足取りは心なしか軽やかに。帝王としての責務を遠ざける様に目を瞑って。

「…………暫くは、頭の緩い女の子でいてあげるわ。せっかくのデート、楽しみたいから」

 そう微笑む彼女の横顔が夕焼けに輝く。ただその景色を綺麗だと思い、愛おしいと感じた男の行動は決まっていた。普通とは、ハードルの低さを示している。普通の恋人でもキスくらいはするだろう。

 詠奈の小さな体を持ち上げる。持ち上げたまま、キスをした。ぴんと伸びた足がギリギリ地面に届くか届かないかという所でプラプラと揺れる。彼女はただ受け入れて、愛しむように俺の腰に足を引っかけた。

「―――へえ。本番さえしなければ、市井の恋人は何をしてもいいのね」

「何なら文化祭の準備中にキスしてる奴とかいたし、も、問題ないよな」

「ええ、きっと問題ないわ。買い物だってきっと、君と選んだものなら何でも必要になりそうだから…………今更かもしれないけど、暫くは主人として見ないで頂戴。今の私は単なる詠奈。世界で一番君の事が大好きな女の子だから」

「それこそ今更だよ。俺は主人だと理解した上で、お前の事が好きなんだから」

「景夜……………」

 詠奈からの信頼を感じている。やっぱり俺は、彼女を為政者や権力者として見る事が出来ない。失礼な物言いを承知の上で畏れみたいな物は抱けない。何処まで行っても普通の女の子だ。

 身体を降ろすと、詠奈はブレザーの乱れを直してまた腕を組んだ。

「私が孕んだら、毎日抱っこしてもらおうかしら」

「それは……また大変そうだな」

「拒否権はないわよ」

「そうなったら仕方ない。俺、えっと……自分の好きな子が自分の子供を産むって思うとその……結構、興奮するから。えっと。うん。頑張る」

「また妙な所で初心にならなくてもいいのよ。自信を持って。貴方は私を抱いた唯一の男の子なんだから」

 詠奈も少し調子が戻ったか。歩いていると運良く前方の信号機が切り替わったので止まる事なく足を動かしていく。他校の人間になら見られても問題ない。いや、学校越しに知り合いがいる可能性も否めないが、そいつがわざわざ話題に出す可能性は低いだろう。『この間めっちゃ可愛い子見かけた』と言われても、それを広げようとする奴は居るのだろうか。それよりも広がりやすい話題は無数にある。その子がどんな子で、どこの制服で、誰といちゃついていたのかとか。

 事細かに聞く奴は一人もいない……と言い切れないのが詠奈の辛い所だ。ストーカー染みた奴は何処にでもいる。まして詠奈は彼氏の噂も聞かなければ処女の建前が通っているのだ。自分が一番にという奴は居るだろうから、この仮定を切り捨てる事は出来ない。

「君と買い物なんて、楽しみね。何が起きるか今からドキドキしておきましょうか」

「……そんな変な事は起きないと思うんだけど」
















 買い物なんて、昔は楽しくも何ともなかった。親の言う事は聞く事と、人には親切にする事。それが俺を形作る骨子であり、詠奈と出会う前の全てだった。買い物なんて荷物持ちが安定で、俺の好きな物は大抵買ってもらえない。無駄遣いだと怒られるからだ。本当に子どもの頃は繰り返す事もあったけど、いつからか時間の無駄だと悟った。

 そんなショッピングモールにまた来る事になるなんて。

「ここには久しぶりに来るの?」

「うんまあ、買い物に付き合う時とかは大抵別の店だしな。久しぶりっちゃ久しぶりだけど、そんな圧倒されもしないよ。見慣れた景色ではあるからさ」

 と言っても見覚えのないお店がちらほらどころではないので少し見て回りたくなる気もしている。ショッピングするなら丁度いい気持ちだと思う。詠奈が外に出歩いている限りは常に暗殺のリスクが付き纏うが、それは俺がどうにかするしかない。もしくは度重なる偽物の出現で向こう側もやる気をなくして、勝手に偽物と断定して見逃してくれるか……それとも俺が気づいていないだけでモールに行くと決まった時点で護衛が何処かに隠れているのか。

「…………」

 詠奈は入り口に入ってからエリア案内図を見たまま固まっている。慣れた素振りはない。

「詠奈?」

「……こういう普通の生活には縁がないから、落ち着かないかも。特に注文はしないわ。君の思うがままに連れ回してくれる?」

 

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