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救済全能我が主

「…………獅遠、貴方、そこまでべたべたするタイプだったかしら」

「ああこれは……その、夫婦としてどうあるべきかを話していたら自然とこうなってしまいまして」

 帰って来た詠奈が様子を見に来た時には、俺は獅遠をテディベアでも抱くみたいに背中から包み込んで、一緒に布団に入っていた。詠奈からギリッという音が聞こえたのは気のせいではないと思う。彼女は寛容に見えてその実かなり嫉妬深いというか……嫉妬と呼べる程の狭量ではない。そんな奴はそもそも自分の屋敷に他の女子なんて住まわせないか関わらせない。

 合っているかは分からないが詠奈の中では別問題なのだと思う。表情は相変わらずの無愛想、一貫して無表情。俺にしか分からない。

「……まあ、いいわ。少し意外に思っただけ。そういう事は彩夏くらいしかしないと思っていたから」

「詠奈。運動はどうだった? 息が上がってないように見えるぞ」

「運動直後でもないから、もう整えたの。これぐらいは何でもないけど……君が傍にいないと寂しいわね。これは我儘な独り言だから気にしないで。獅遠の傍にいるのは正しいわ……獅遠の調子はどう? そんな風に密着しているなら気づく事がありそうなものだけれど」

「それが、あったかい以外の感想があんまりない。もっと妊娠って常に慌ただしい物だと思ってたよ」

 体温が高いのはいつもの事、と言いたいが、今回はいつにもまして高い。分かる変化はそれくらいで、これ以上に詳しく理解しているのは産婦人科の医者か本人くらいではないだろうか。

 詠奈はため息をついて、びしっと俺に向かって指を差した。

「まだ妊娠一か月も過ぎていないのよ。今、何もなければ今後も何もないとは思わないでね。獅遠の汗を拭いてあげなさい」

「え、あ」

 自分から無理やりこういう姿勢になった訳ではないが、身体を正面から見ると確かに汗を掻いていた。慌ててタオルを取って気になる個所を拭き取る。

「景夜。貴方が一番気を抜くべきではないのよ。責任を取るってそういう事。手を出した子全員に同じ事してもらわなきゃ困るんだから」

「は、はい。気をつけます」

「それでいいの。まあ最初はそういう失敗もあるだろうから、気負う必要もないわ。夫としてゆっくり成長していってね」

 物事にはゼロも一〇〇もなく、大抵はその中間。詠奈は怒っている訳でも無関心な訳でもなく、どちらか一方で表現出来るような気分ではなく、俺にはあまり馴染みのない顔を浮かべながら部屋を去って行った。

「…………聖が居たら呆れてたかな」

「あの子はそんな子じゃないけど、私は呆れた。でも仕方ないよね。私も景夜さんも初めてなんだし。ね、実はちょっと腰が痛いかもだから擦ってよ」

「…………もしかして我慢してたのか?」

「我慢……出来ない程じゃないけど、見栄を張る意味は? どうせ妊娠経過が進んだらろくに隠せなくなるのに一時的に誤魔化してもどうにもならないよ」

 

 その後は戻って来た聖のサポートも受けつつ、獅遠に付きっきりで夜を過ごした。まだ動くには問題ない範囲なのでしっかりダイニングルームには足を運びつつ、動けなくなったらいつでも彩夏さんのサポートを受けられるように手配する。


「任せて下さいね~ふふふっ。急に産気づいても私が何とかしますよー!」

「彩夏さん、そういう資格的なの持ってるんですか?」

「いいえ?」

「何でこの話した?」

 誰が一番獅遠の妊娠に浮かれているかと言えばそれは彩夏さんであり、いつ何がどう起きてしまうのかワクワクが止まらないなどと完全な他人事として協力の姿勢を惜しまない。それは非常に有難い事なのだが―――

 彩夏さんの愉快そうな笑顔を見ていると、ちょっと尋ねにくかった。



 同じように妊娠してしまった時、彼女の扱いはどうなるのだろう。



 立場が立場。赤羽彩夏の代わりを務められる人間は存在しない。そこだけが凄く不安で、他人事では居られない。孕ませたのは他でもない自分自身である。

「沙桐君? どうかしちゃいましたかー?」

「あ、いえ―――彩夏さんはまだ妊娠、してないんですよね」

 こんな不安は抑えられない。勇気を出して聞いたつもりだ声も多少は荒れる。彼女はうーんとわざとらしく考え込むそぶりを見せながら、それとなく身を翻して厨房の方へと帰って行ってしま。

 その前に。

「沙桐君は男の子と女の子どっちを生んで欲しいですか~!」

「…………………は、はい?」

「私は沙桐君に逃げようとするところを抑えつけられて追い込まれて唇を―――」

「だー! 聞こえてますって! どっちがいいとかって、決められないでしょ! 強いて言えば、女の子が良いと思いますけどね!」

 俺の好みとかそういうのではなくて、合理的な理由がある。ここには殆ど女性しかいない為、性別が女性であった方が確実に生活しやすいというものだ。同性の友情の固さという物は理解しているつもり。子供まで詠奈の従者になるとしたら、やっぱり性別が同じであった方が仕事もしやすいだろう。

 俺のアンサーに対する返事はなく、そろそろ眠る時間だ。お風呂は既に済ませた。元々混浴だった為に悩むまでもなく一緒にお風呂へ入れるのは確実に非常識が生活上のメリットをもたらしていたと言える。

「ありがと、景夜さん」

「いや、いいよ。夫として当然の事だから」

「ふーん。周りの裸見て本気で興奮しちゃってたのにそういう事言うんだ!」

「生理現象! 生理現象! 大体仕方ないだろ! 何回入ってもやっぱりさ…………えっち、だなって思う……から」

「だから詠奈様にお世話させてたの?」

「ちーがーう! あれは成り行きで……」

「口ではああ言ってたけど……口、やっぱり良かったの?」

「話を聞けって! よく見ろって! どう考えても先に迫って来たのは詠奈だったろうがああ!」

 あまりに夫の味方と呼ぶには敵対的だった発言の数々に頭を悩まされる。机に突っ伏してその場でぶるぶる震えていると、ベッドの方から幼さの残る笑い声が。

「ははは! 嘘嘘。冗談。 景夜さんがそういう人だって分かってたからついね」

「…………勘弁してくれよな」

「そうそう、気にする事じゃない。景夜さん元々変態だしね。私もそういう人を好きになっちゃったなら仕方ないって割り切る。そうだ、彩夏さんに薬貰ってきてくれない? 睡眠薬か頭痛薬のどっちかでいいから」

 濡れ衣を着させられそうになった一件は煙に巻かれてしまった。少々不服を申し立てたい所だがそうもいかない。部屋を出て厨房に行きかけた所で足が止まった。流石に自室に戻っているかもと考えたのだ。それが一つ目の理由。



 ジリリリリリリリ!



 電話が鳴っていたから止まってしまった。それが二つ目の理由。

 慌てて彩夏さんが部屋から飛び出してきたが、「取っちゃっていいですよ~」と促されたのでおそるおそる受話器を取ってみる。



『こんにちは。用件を一方的に伝えるからくれぐれも口を挟まないように』

『文化祭がもうすぐと聞いているわ。俗世の人の催しにどれだけの娯楽があるかを確認しに行ってあげる』

『……どちら様ですか?』

『口を挟むなと言ったのにまた随分と忠義のない男ね。育ちが窺えるわ。私達とは生きてる世界が文字通り違って、かなりの無能と思いましたわ』

 


 なんだ、この人は。

 女性の声で、詠奈よりは少し低いか。八束さんの口調をベースは敬語に、その圧力だけを宿したらこんな感じだと思う。

『おチビさんに伝えなさい。所詮は口約束と破ってみれば報いを受けてもらうからって。返事』

「は。はい。あの、おチビさんって」

『後は―――そうね。これも伝えなさい。お祭りは楽しみにしてあげるから、失望させないでね』

 


 

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