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支配と賜杯

「獅遠、ただいま!」

「景夜さん、おかえりなさい。聖、もう行ってもいいよ」

「私は姉さんと一緒に居たいです」

「別に俺はどっちでも大丈夫だよ。聖を邪魔だとは思わない。俺がいない時に頑張ってるんだろうし」

 ベッドの上でクッションを背に座る獅遠。その足先の余白に俺も腰かけると、身体がマットに深く沈み込んだ。本当は椅子に座りたいけど、もう聖が独占してしまっているから。

「本当に詳しくないから一々聞くんだけど体調はどうだ?」

「少し熱っぽいくらいかな。後は……妊娠が判明したからかもだけど、お腹が張ってる感じがする。気のせいかもね」

「気のせいなんて事はないだろ。自分の体の事は自分が一番分かってる筈だ。聖、獅遠はちゃんとご飯食べたか?」

「はい。姉さんはきちんと三食……いえ、まだ二食ですね。食べましたよ。私の目の前で。作った事は彩夏さんに聞いていただければ証言が得られるかと」

「そんな尋問まがいな事はしてない。食欲は大丈夫か。帰りに軽く調べたけど食欲に変化があるとかないとか見たからさ」

「これからそうなるかもだけど……なるようになるよ。今更不安がっても仕方ないでしょ。それより本持ってきてよ。正直仕事から解放されたら暇になったんだ。お願い」

「さっき千癒は出かけたみたいだけど……入れますか?」

「え?」

「へ?」

 千癒が……出かけた?

 聖は不味い事を言った素振りもなく見た物をそのまま言ったような感じだ。だがそれが不自然な事だと俺には分かる。いや、誰でも分かる。彼女の体質はまともに生きるには障害のある物だ。聖が察していないのは何も考えていないだけだろう。

「アイツ、自分でコントロール出来ないのに大丈夫なのか?」

「そもそも何処に行ったんだろ……もしかして書庫は閉めたの?」

「いや、特別な事がなきゃ閉める理由がないと思う。アイツにも俺の捜査に協力してもらってるんだけど、その延長で書庫を使ってるから理由もなく閉めるとは思えないんだよな」

「じゃあ大丈夫だね」

 何も大丈夫ではないが、千癒に関してはケアがあると信じよう。部屋は聖に任せて、速やかに書庫へ。もしも閉められていたらどうする事も出来なかったが開いており、そこにはまたもや先客が居た。

「…………詠奈と同じで、読書が好きなんだな」

「邪魔はしないから気にしないで」

 詠奈の影武者が端の机で本を読んでいる。本の中身は所謂純文学であろうか。タイトルから何となくそう思った。机の上に積んであるものにはラブロマンスやSFもある為、かなり雑食気味に読んでいると窺える。

「本当の名前は何ていうんだ?」

「王奉院詠奈」

「それは影武者としての名前だろ。俺に隠す意味はない筈だ」

「…………残念だけど、本当に王奉院詠奈なの」

 偽詠奈は本を閉じると、俺の方に向き直って本人のしなさそうな笑顔で首を傾けた。

「確かに私は整形して、顔を詠奈に寄せたわ。詠奈のデコイとしていつか犠牲になってもいいようにね。だからって本当の私なんて物はない。私は詠奈の偽物だけど、私は王奉院詠奈。お分かりかしら?」

「……全然分からん。トンチ?」

「難しく考える必要はなくてよ。王奉院詠奈という名前が二つある。たったそれだけの話だから」

「頑なに教えないんだな」

「……信じないならそれもいいけど。王奉院詠奈には戸籍もなければ個人情報もないし。あっても私には用意出来ないから。でも、詠奈と呼べばややこしくなるのも確かよね。私の事は―――お姉ちゃんと呼んでくれればそれでいいわ」

「お姉ちゃん!?」

 と思ったが、そう言えば体育祭の時に詠奈が影武者の事を姉と呼んでいたっけ。ふざけて答えた物だと思っていたけれど、もしかして本当に姉なのだろうか。思い返してみれば詠奈が暗殺対策として用意していた影武者は全員詠奈から離れた場所に放し飼いもとい完全に放置されており、詠奈と同じ顔をしている事を除いてなんら関係性を持っていなかった。

 ところがこの人だけはこの屋敷に居る。詠奈も積極的に関与はしないのでそういう意味では放置されているが、影武者としての運用は……いや、確か()()()()()()()()()()()()()と言っていたっけ。

「本当に姉? 血の繋がりが?」

「血の繋がりは辛うじてあるわね。でも向こうは私を姉とは思わないでしょうね。だから自称姉……になってしまうけど、それでもよろしいかしら」

「ど、どういう事情なんだ?」

「…………それを自分の力で調べるんじゃなかったの?」

「家庭の事情は知りようがない……よな?」

「知りようがないなんてまだ調べ切ってもいないのにいうものではないでしょう。それでも知りたいというなら……教えてもいいけど。今聞くよりも王奉院について調べ尽くした後に聞いた方が味わい深いわよ。まあ、深く知らない方が重く受け止めずに済むという利点もあるけれど」

「…………いつもここに居るのか?」

「書庫が開いていればね。私の普段の扱いは分かるでしょう? 基本的には誰からの奉仕も受けずに自由に暮らしているわ……暫くはここに居るつもりだから、準備とか覚悟とか、するモノは任せるけどそういうのが完了したら声をかけてね。教えてあげるから」

 

















 自分の話をするのは控えて欲しい(詠奈に伝わったら怒られるから)と言われたので、書庫に積んであった本を持って帰ってくるだけで、幾葉姉妹に影武者の話はしなかった。

 姉の癖に影武者で、年上の威厳なんてものもまるでないが妹の事は大切に思っているようで、ただその一点で俺は従った。“王奉院詠奈”については教えてくれなかったが、どうして影武者をしているのかという事だけは。

『もしも王奉院詠奈が死ななければいけないなら。私が姉であの子が妹なら。死ぬのは当然、私であるべきだから』

 そんな風に言ってくれた。ああいうのを姉妹愛というべきなのだろうか。姉弟兄妹の居なかった俺にはさっぱり分からない。ただ一つ分かるのは、詠奈が愛されているという事だけだ。きっとその愛情は彼女に伝わっていないだろうけど、愛されているという現実が大切だ。

「ほー……やっぱり王奉院の歴史は書庫の中にだけある感じなんだ」

「学校は梧に調べてもらってるけど収穫はないんだろうな。でも歴史の差異とかそういうのが明確になるなら無意味なんて事はない。そっちはどうだ?」

「どうも何も、これかなり古い本だね。終戦後の手記? 中々壮大な事書いてあるじゃん。王奉院ガ継グベキ歴史だってさ」

「は? 何?」

 そんなあからさまな本を俺は今まで無視していた? あり得ない。最初に書庫を訪れて後に千癒が用意してくれた書籍の中にそんな物はなかった筈だ。あったら流石に気づいているどころか真っ先に読んでいる。俺が本を積んでいていいと言ったから誰かがこっそり積んだ。誰がそんな事を…………



 ………………



 明らか、とは言えない。二人の内のどちらかだ。どちらにも実行する理由はある。彼女が出かけたのも一口に説明する事の出来ない事情があったのだろうか。あんな厄介な体質を抱えている人が理由もなく外出なんて絶対に起こり得ない。

「で、なんて書いてあるんだ?」

「私も気になります姉さん」

「この国が戦争に負けてさ、暫くは占領されてて後々独立したって話は分かるよね。独立までは結構かかったんだけどその独立までには王奉院の身売りがあったって話。身売りってのは語弊だけど、そう書いてある。持ちうる全ての才と財を活かして米国の経済発展に尽力したから……かな」

「へ?」

「そして独立後は……この国の発展に尽力したの。国に恩を売った事で得た権力や恩恵を活用して…………少なくともバブルが始まるまでは王奉院が裏で動いてたっぽい。それで、米国を発展させた功績が密かに知れ渡って王奉院とのパイプを作ろうとする国も増えてきたって書いてある。本当かどうかは分からないよ。これ、当時の王奉院の人の自筆っぽいし」

「虚言癖の可能性ですか?」

「嘘だったとしても、今王奉院が絶大な権力を持ってるのは本当だからな。信じる方が丸いと思うけど」

「……他にもこういう本がありそうだね。読んだ感じだけど、これだけだと脈絡もなく急に法整備に食い込んだりしてるから。しっかし、もうこの時点でやりたい放題だね。一番すごいのはこれ。王奉院は個人で米国と友好条約を密かに結んでいるらしいよ。王奉院が継がれる度に大統領が挨拶に来るんだって。凄い!」

 

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