表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/175

共同作業に一刀す

 獅遠の様子がどうしても気になったのでたまたま近くに居た春に頼んでパソコンを繋げてもらった。カメラ越しに見える部屋は当人の部屋であり、獅遠の他には妹の聖が隣に控えている。

「おはよう景夜さん」

「おはよう獅遠。昨日はごめん。本当に、うん。その。途中からお前が妊娠してるって事忘れてたかも……」

「ああ、いいのいいの。お互い何事もなかったんだし……仮に何かあっても私に拒否権なんてなかったでしょ。私も景夜さんも人生全部買われた身だよ? 真面目に体調不良があってもあの時はするしかなかった。だから気にしなくていいよ」

「そ、そうか…………俺が学校に行った後の体調はどうだ? 本当に悪いんだったら放課後と言わず今すぐ帰るんだけど」

 聖は流石に姉の体調が心配だから傍にいるのだろう。俺との会話でさえ不安そうな様子を見せながら背景になっている。本当は俺がそうするべきなのに負担を押し付けているみたいで心苦しい。やはり詠奈に物申してでも残るべきだったのか。

「それも大丈夫。彩夏さんがお医者さんの代わりに合間をぬって見に来てくれるんだ。あの人が調合した薬で今は落ち着いてる。景夜さんはちゃんと学校生活を送ってきてね」

 何故に彩夏さんと思ったが、程なく答えを見つけて一人で勝手に頷いてしまう。あの人は一度見た人の顔を決して忘れない。顔を見れば心が分かるを地で行く観察力を持った人だ。目に見えない不調は理解されがたいが、彩夏さんなら過去との相対評価で気づけることが多い。

 誰がそんな人選をしたかは不明だが、事情を知っているならまず誰でも選ぶと思う。この屋敷で最も忙しいと言われる厨房を仕切りながら他のメイドの手伝いをして、尚も笑顔を崩さない鉄の女。全く完璧な医者役である。

「それで景夜さんは私に何か用?」

「いや、用らしい用もないんだけど……単に心配だったんだ。彩夏さんがついてるって知らなかったし」

 じゃあ知っていたら連絡を取らなかったのかと言われたら答えはノーだ。流石に昨日は悪い事をしたという罪悪感、たとえ自己満足と言われようと拭いたかった。自己満足で何が悪い。今はそうでもないっぽいが妊娠最中の女性は精神的に不安定になりやすいと聞く。そんな時にやれ自己満足がどうとかやれ父親としての姿がどうとかと俺が悩んでいたら彼女を支えられない。

「何もかも出来るって訳じゃないけど、困ったらすぐ俺に言ってくれ。助けるから

「あはは、ありがとう景夜さん。でも困ってるのはそっちなんじゃない? 詠奈様の事調べてるんでしょ?」

「え……誰から聞いたんだ?」

「あんなに屋敷動き回ってたらみんな気づくよ。ねえ、私は暫く仕事ないし手伝わせてよ。詠奈様の事実はよく知らないの。動き回るのはちょっと辛いんだけど、景夜さんが本持ってきてくれたからそれを読むくらいは出来るから」

「みんなに詠奈の事聞いたら調べてるとは言えないって思って避けてたけど、獅遠は知らないのか」

「私っていうか、誰も知らないと思うよ。八束さんがどうかなってくらい……かなあ。詠奈様の正体とか真実とか関係ないもん。だって私達は買われたんだし」

 八束さんは……確か俺が来る前は付きっ切りで詠奈の世話をしていたのだったか。だったら事情を知っていても不思議ではない。裏を返すとそれ以外の人は何も知らないのか?

「なんだ、じゃあ俺の取り越し苦労だったか。そこまで言うなら協力して欲しいけど、一番大切なのはお前の身体だから。無理はしないでくれよ」

「へえ? 私が大切なのに昨日はあんなに」

「ごめんって!」

「あははは! 暫く景夜さんを弄れそう!」

 獅遠は屈託のない笑顔を浮かべて身体を揺らす。パソコンのカメラに手を広げて、自分の顔を隠した。

「…………色々言ったけど、妊娠したからには暫く景夜さんと一緒に居られるし、私は嬉しいよ。帰ってきたら一番に顔を見せてね」

「―――ああ」

「色々不安はあるけど、貴方との子供が出来て幸せだよ。景夜さん、大好き。昔貴方が守ってくれたから私は生きてるみたいな所もあるし…………詠奈様に感謝しなきゃ」

 チャイムが鳴って、昼休みが終わりを告げた。ここは屋上だが詠奈は珍しく同伴していない。彼女は命琴と一緒に昼食を食べているらしい。教室でそんな会話を聞いた。

「じゃあ、また」

「うん、またね」

 パソコンを閉じて画面に入らないように配慮してくれた春に諸々の機材を渡す。会話に割り込まないでくれたのは彼女の気遣いだ。頭を撫でて欲しいとばかりに首を下げるので、取り敢えず撫でる。そんな子供を相手にするような年齢差ではないと思うけど、春は何かにつけて頭を撫でられたがる。

「夫婦の会話って感じがしちゃいました! 私も景夜様とこんな会話がしたーい!」

「夫婦……な、なんか間違ってないけど微妙に語弊のありそうな言い方かも、な。ていうかほんと、どうするつもりなんだろう。獅遠だけならいいけど、時期的に他の子も……詠奈、考えてるよな」

「詠奈様はケアも完璧ですから心配ないですよっ」

「うーん自分のケア程は完璧じゃないような気もするけど……」



「まあそれはそれでいいじゃないですか。私達の人生には、元々価値なんてなかったんですから!」
















「え、獅遠って人が妊娠したから早く帰りたい?」

 協力者の梧には知らせるべきだと思って放課後に共有した。学校の図書室にめぼしい情報はないような気もしているが、彼女自身が死なない為にも授業以外の時間はほぼ入り浸っているようだ。

「おめでたじゃない! 何、遂に彼氏だった人とゴールイン的な事?」

「えー、あー、うーん。うーん。まあそんな感じ……かな」

「誰と結婚したかって言える程事情を知らないけど、有名な人だったりする?」

「あーいや。有名では……うーん」

「歯切れ悪ッ」

 協力者だからって教えない方が良い事もある。成り行きで生きているだけの同級生だ、まさか俺が孕ませたとは知る由もなければ想像する筈がない。まともな教育を受けているなら……というか保健体育を受けたなら想像するべきではない。

「まあ、分かったわ。こっちで勝手に調べておくけど……因みに。因みにね? 逃げるとかじゃなくて、私の監視役は居るの?」

「…………」

 梧が告発すれば詠奈の暗躍は終わらせられるなんて事はないだろうが、不安要素は確実に増える。俺も誰が買われていて誰が買われていないかを全て把握している訳ではない(全部買われたた人は価値ノートに記載がある)から完璧に答える事藻出来ないが、すぐそこで友人と静かに駄弁っている十郎が自然な様子で何度もこちらの様子を確認している。彼はクロだ。

「俺、そこまで事情は知らないんだよな。だから分からないけど、お前を孤立させる理由がこっち側にはないと思う。変な事考えない方がいいぞ。俺だって死んでほしくないんだから」

「……分かったわ。じゃあね」

 


 梧と別れた後は直ぐに車まで向かった。



 同乗者がいないので珍しくカーテンを開いて外の景色を眺めていると、詠奈を見かけた。あの詠奈が護衛も連れずに命琴と二人で流行りのスイーツを買いに行っているなんて。


 ―――大丈夫かな。


 近くに居ないだけで護衛自体は用意している筈だが、命琴の方が心配だ。巻き込まれなければいいが、詠奈を狙う勢力はあまりに多い。だから町中にデコイが居る訳で…………

「母親が近くに居たら絶対絡むもんなあ……」

 とても心配だ。幾ら強くても彼女はやっぱり女の子だし。詠奈には傍に居て欲しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ