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国家令嬢は価値なき俺を三億で  作者: 氷雨 ユータ
valueⅦ お悔み

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国界境、俗々花満ちて

「ほら、これなら私の事は気にならないでしょう?」

 詠奈はシーツを頭から被ると、目だけを出すように衣を丸めて部屋の椅子に寄り掛かった。

「私が星のように輝くと言うのなら覆ってしまえばいいのよ。今は電気が点いているから訳の分からないような場所にシーツがあって浮いて見えるかもしれないけど、電気を消せばそんな事は分からないでしょう?」

「…………」

「………………」

 俺といつもシてるというのは、布団の中で絡み合っているという意味か。二人して潜り込んでいるからこれも同じだと言いたいらしい。そんな訳あるか。獅遠はそこまでしてみたいのかと、恐らく初めて己の主人に呆れている所だ。

「……景夜様。カメラの方が良かったかもしれません」

「もう引き下がらないぞ詠奈は…………ま、まずい」

「どうかしましたか?」

「興奮出来る気がしない。見られてるのが恥ずかしくて死にそうだ」

 当たり前だが俺がその気にならないと何も始まらないし終わりもしない。だけど詠奈が直ぐ近くで様子を見ているというだけでもう恥ずかしさでそれどころじゃない。事情を知らなければ良かった。それはそれで獅遠はモヤモヤしていたかもしれないけど、指示を達成できるかどうかという話ならそっちの方が良かった。

 お風呂上がりの獅遠はいつものクラシカルなメイド服からシンプルな寝間着に着替えており、こんな事になるとは思ってもなかった為におよそ色気のある服装とは言い難い。

 せめてもの努力かボタンは上から二つ目だけを留めて他は全て開放されている。少し視線を下に逸らすだけで薄いピンク色の下着が見えるしパンツに至っては隠せていない。それでも獅遠は最後の抵抗で腕を組んで俺の下心を遮ろうとしていた。それが時間稼ぎと分かっていても、やめられない。お互い、こんな状況では踏み越えられない一線がある。

 心拍数の上昇、そして理由の明白な動悸。微かな吐息のすれ違いすら煽情的に感じられる。詠奈は置物に徹している為何もしゃべらない。だがあまりにもその存在は……暗闇のヴェールが掛かっても尚、気にしてしまう。

「へ、変ですよね。私達はもっといけない場所でもしたのに、こんな閉ざされた場所でする事が恥ずかしいなんて」

「それは……そうだけど。で、でもやるかやらないかと言われたらやるし。もうちょっと話すか。うん。気分が―――大事だから」

 そうそう。雰囲気は大切だ。ベッドに来たからじゃあやろうかという事は殆どない。最初は二人でなんとなしに会話をしてムードが良くなってきた時に気づけば始まっているのだ。自分で改めて言葉にするとその流れからもう恥ずかしいが、でも過程を踏まないといつまでもお互いに進められない。

「獅遠の過去は知らないんだけど……こういう事になった経験ってあるか?」

「ございません。詠奈様に買われる前の話でしたら、あまり縁はなかったように思います。どちらかと言えば聖が好かれていたかと……」

「聖。ああうん。何か分かるよ。気が弱そうだもんな。押したらワンチャンス行けるんじゃないかって考える気持ちはうん、分かる」

「景夜様も、妹の方が好みでしょうか」

「それ、どういっても角が立つな。お前の方が好きって言っても信じてくれるのかな?」

「…………さて、口では何とでも言えますからね。こちらも理由なしに決めつけている訳ではございません。聖の方が詠奈様の煽情的な肉体美に近いからです」

 二人の裸を見た身で言わせれば近いかどうかと言われると微妙な所だ。多分獅遠は聖も詠奈も胸が大きいという意味合いでそう言っている。詠奈が部屋に居る手前砕けた喋り方に戻れず、苦し紛れにこうなったのだろう。


 ―――コンプレックスなんて事はないよな?


 この屋敷に住むメイドが獅遠を除いて全員が巨乳だったならまだしも、思いつくだけでも春や季穂、八束さんが居るし。下働きの子まで含めたらもう一々名前を挙げるのもどうかというくらい同じ人はいる。

 獅遠の肩を組んで、抱き寄せる。

「詠奈に近いなんて奴は居ないよ。獅遠には獅遠の良さがある。俺は、お前の控えめな大きさも大好きだよ」

 肩を組んで、肩越しに手を身体の前へ。

「景夜様…………お、おやめください。そのような世辞は」

「お世辞とかじゃないって。どうすれば信じてくれる?」

「それは…………その。わた、私にはとても口に出せません」

「そうか。じゃあ獅遠の身体に聞こうかな。身体は正直って詠奈も言ってたし」

 ここまでは獅遠も俺も、半分芝居に近い。とにかくその空気を作る為にも全力だったが。



「ごめん獅遠。普段敬語で俺と喋ってくれないから、今、凄いゾクゾクしてるかも」



「え、え? し、しんじられ…………あっ♡」


















「おっす景夜~どうしたんだよ今日はやけにげんなりしてるな」

「おー…………流石に眠いなって」

 せっかくまともなクラスメイトに話しかけれても大した反応をしてやれない。頭をぐりぐり押されても、机に潰れた顔が本当に酷くて笑われても、やっぱりどうする事も出来なかった。全ては夜中に行われた長時間の性交渉のせいである。

「景夜が疲れてんのってあんま見た事ねえかもな」

「帰宅部が疲れる訳ねーだろ! どうせゲームだろ」

「分かる~後一戦、後一戦、勝つまでやる、負けたら続ける、負けたらやめる、後一戦ってやってたら時間が過ぎるんだよなー。俺も眠いよーふぁあああああ」

 獅遠のお腹がまだ膨れておらず体調も優れているからって激しくなりすぎた。彼女は映画のキャストではないが参加者集めに携わった関係で暫くはこの学校の一般JKとして振舞わないといけないのだが、流石に今日は休んでしまった。妊娠しているから、ではない。勿論それも理由にしていいと思うけど。


『詠奈様も登校するなら、絶対校内でもエッチしろって言われるよね! さ、流石に今は……か、勘弁して……景夜さんお願い。今行くと普通を装える気がしないの!』


 仮にも獅遠が休むなら俺も休んだ方が良いかとも思ったが、今日は業務の引継ぎをしなければいけないからと当人に言われてつい登校してしまった。まだまだ臨月がどうと心配する必要はないにせよ気掛かりだ。

「なあ…………妊婦に接するのってどういうやり方が正解かな?」

「は? 親戚にでもいんのか?」

「俺等に聞くなって! そうそう都合よく妊娠してる人がいねえよ」

「うちの姉ちゃんそうだけど、すげえ遠くにいるからわかんね~ははは!」

 クラスメイトは当てにならない。


 ―――いや、聞き方が悪かったかも。


「じゃあお前等、詠奈を妊娠させたらどうやって接する?」

 

 普段の俺はこんな質問をしない。詠奈とはお友達以上でもそれ以下でもなく、多くを語らない事で勝手に関係を誤解してくれるならそれでいいと満足して口を噤むような男だ。

 本当に疲れている。乱心している。どうして敬語一つでここまでハッスルしてしまったのか今となっては不明だ。詠奈が傍に居るからと敬語を崩さない獅遠にいじらしさは感じていたが、今はとてもそんな気分になれない。

 さて、質問の仕方を変えた事でクラスメイト達は彼らなりに色々と教えてくれたものの、他にも詠奈を狙う男子も巻き込んで最終的に出た結論が『妊娠した詠奈は絶対エロい』では何の収穫にもならない。

「あ~経験者~」

 ちらりと詠奈の方を一瞥する。相変わらず市井の出来事には一々興味なさげだが、対面で楽しそうに話す友人? にはしっかりと相槌を打っていた。あの詠奈が手を握る事を許可するなんて、いじめられっ子から随分出世したらしい。命琴の瞳には生気が宿り、輝いていた。

「詠奈ちゃんもどう!? 一緒に食べない!」

「そうね。放課後までに考えておくわ」

「やったー!」

 俺は、死んでいるかも。

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