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国家令嬢は価値なき俺を三億で  作者: 氷雨 ユータ
valueⅦ お悔み

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秘密を孕んだ人生

「お待たせって…………何かあった?」

「いや、何でもない……」

 屋敷に放り出されたのは想定外だったが、丁度春達に連れ回されていた梧が戻ってきたのは不幸中の幸いだ。

「景君、ただいま~!」

 友里ヱさんが両手を挙げて緩やかな勢いで俺に抱き着いてくる。買い物をしてきたのだろう、マイバッグの中に沢山の食材が入っている。詠奈と俺に振舞う食事及び食材管理は彩夏さんが行っているので彼女が購入したのは他の子に振舞う用だろう。

「景夜様! お時間ぴったりでしたか?」

「何が?」

「獅遠からみんな予め聞いていたんですよっ。詠奈様にあの子が話す時間とか何となく勘で想定して合わせてきましたっ。ぴったりでしたよね! ばっちしでしたよね!」

「お、おう。マジか……それは凄いな」

 それは詠奈の性格や獅遠の人柄を知らないと計算すら出来ないだろう。問題を解くのに前提となる数字が視えないようなものだ。不幸中の幸いは仕組まれた幸運だったか。だがこの際気にしない。

「有難う春。ちょっと梧に用事があるから借りても大丈夫かな? そっちで使いたいなら無理強いはしない。お前のペットだし」

「はい! 大丈夫でーすっ」

 当の梧は初めて屋敷に来たのだろうか。俺も最初に来た時は似たような反応をしていたと思う。あんぐりと口を開けて声なき声で驚いている。蚊帳の外に置かれている事などお構いなしだ。

「梧。行くぞ」

「…………」

「あーおーぎーりー?」


 


「ぎゃがぎゃ!」




「うわっ!」

 指一本触ってもいなければ声を荒げてもいない。それをしようかどうかという前段階だったのに、突如として梧がぴょんと撥ねて床に激突。その場にのたうち回って苦痛の声を上げる。

「―――ッ。わ、分かった。分かったから!」

「何も言ってないんだけど……と、とにかく来い。いいから!」

「きゅう…………」

 痛みからまともに身動きの取れなくなった梧を抱きかかえると無理やり階段を上って書庫まで移動する。これくらい何てことない。詠奈より全然軽いし、これよりずっと長時間持ち上げていた事だってあるのに。

「大丈夫か? 何された?」

「ふ、太腿の奴が……電気流れるようになってるの。き、筋肉がちょっと……う、動くのたん、んま……」

「いや分かってるよ。動かなくていい。大丈夫だから。もう少し落ち着いてから話そう。な?」

 電流を流された事に驚きはしない。その為の拘束具だろう。だが誰も言及しなかった事に驚いている。春も友里ヱさんも誰も、今から電流を流すよなどと言わなかったではないか。ただ無言で誰かが押した。誰が押したかは正直分からない。あの中の誰かか……それとも監視カメラで誰かが見ていて押したのか。

「か、感電すると身体動かなくなるんだね……」

「やりすぎ……って言いたいけどあんまり俺が守りすぎるのも良くないんだよな。最終的に判断を下すのは詠奈だ。だからアイツに目をつけられたら庇えなくなるし、一番苛烈なのもアイツだ。くれぐれも気を付けてくれ。お前は成り行きで生かされてるだけだから気分でどうとでもなるからな」

「え、ええ。分かった…………」

 手を閉じたり開いたりして痺れを確かめる梧。書庫で一体何をしているのかと言われたら返す言葉もない。千癒は寝ているが前々から言ってある通り関係のありそうな書物は机の上に積んでもらっている。読むのは簡単だ……が。



 二人して隅の机で本に没頭している詠奈の姿が気になっていた。



「ねえ、詠奈って読書が趣味だったの?」

「あれは詠奈じゃないよ。詠奈によく似てるけど、影武者だ」

「影武者って……」

「言ったろ、滅茶苦茶偉いんだよアイツは。ただ影武者が何でこんな所に居るかは分からないけどな……」


「お気になさらず。影武者にもプライベートはあるのよ」


 声も微妙に違う。だがその差異は詠奈と長い付き合いがないと分からないだろう。詠奈の影武者はこちらに振り返りもせずページを捲っている。てっきり詠奈に命じられて俺達が何をしているのか監視させているのかとも思ったが、単にプライベートな時間を過ごしているだけに見える。

 影武者にも影武者なりの生活があるという事か。

「……訳分かんない。本当にこんな所で生活してるんだ」

「慣れればいい所だよ。不自由しない。何でもあるからな。それよりも本を開けるか? ていうか全身に通ってよく死ななかったな」

「弱めだし……大丈夫よ。この中に情報があるの? 他に沢山あるのに、調べなくてもいいの?」

「ここを管理してる子が選んだから問題ないと思う。数が多いって言うけど、多すぎて何から手をつけていいか分からないだろ? ここは別に一般公開されてないんだ。ジャンル分けなんかされてない。管理人に聞いた方が早いよ」

「そう。じゃあ手分けしましょうか」

 図書館ではお静かに。

 私的な図書館と言っても差し支えない蔵書の量。最初から読むべき本が決まっているのは良い事だ。詠奈はまだ獅遠と話しているのだろうか。一度こうなったからにはもう少し読み込みたい所だ。

「…………ねえ。気になる事があるんだけど、メイドの子さ。見た感じみんな結構若いよね。若作りとかじゃなくて……」

「あーうん。詠奈がちょっと同性に対して面食いな所あるかもな。でも別にそればかりじゃない。厨房にはおじさんが居るし」

「そうじゃなくて、沙桐が買われる前から居たの?」

「居たけど……」

「詠奈はみんなの為にこの屋敷を買ったの?」

「それは……違うと思う。話を聞いた限り一括で買ったていうよりはその時点で興味を引いた人に直接取引を持ち掛ける感じだったから、屋敷は買ってないと思う。元々住んでたんだ。じゃなきゃ庭の方に別荘もないし、ランドリーもない。一人二人買った所でこの屋敷は機能しないだろ。だから為にってのは違うと思う」

 梧も気付いてしまったか。この生活環境の違和感に。

 この家には詠奈と俺と、メイドの子しか居ない。いや、これは語弊があるか。詠奈と、詠奈に買われた奴しか居ない。梧の存在は話がややこしくなるから省くとして、そこに例外はなく、俺が来た時からそうだった。それがおかしな話で、屋敷が最初からここにあったなら今までは詠奈が一人で全部管理していたのかどうかという話にもなってくる。

 彼女の性格上、買ってもない人間を立ち入らせないだろうし、影武者くらいはお金を使って用意できたかもしれないが、そもそも影武者の用途はデコイでしかない。自分の顔に整形させて後は無干渉を貫いているのは、仕事も与えていなければ芸も仕込んでいないからだ。存在している時点で役目が終わっているから何もしなくていい……実際、引っかかっている人間が何人も居るから詠奈に整形してしまった人は殺される訳で。

 つまりこの家には元々もっと多くの人間が居た可能性が高い。詠奈に聞けばそれくらいは教えてくれると思うが、それじゃこの時間が無意味だ。アイツは俺が主体的に王奉院詠奈を知りたいと言った事を喜んでくれているので、そういう楽をする姿勢は裏切っているようなものではないか。

「ねえ、ここにある本って関係ある奴なの?」

「さっきそう言っただろ? どうした? 千癒に限って間違いとかないと思うけど」

「いや、物語っていうか……小説があって。出版されてる訳じゃないんだけどちゃんと印字されてるっていうか……」

「タイトルは?」

「『ツキバミの夜』って言うんだけど…………その。描写とか簡素だから、そう言うのじゃないと思うんだけど」

 梧は本で赤らめた顔を隠しながらぼそぼそと呟いた。






「なんか、凄く、赤ちゃん作ってる」

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[一言] ツキバミ!?
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