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この世界を生きるコツ

 今となっては俺の日常は偽物だらけだ。映画に関連した人間は殆ど詠奈によって整形させられた全くの別人でありその正体は判然としない。彼彼女達の家族がどう思っているかは不明だが良く思っていなくとも封殺されているだろう。

 ただ、顔が完璧に一致している以外はまるで別人。誰か違和感くらい覚えてくれてもいいと思うのだが、素行が良くなる分には問題ないのか、それとも多少の違和感があってもそれ以外をまるまるカバー出来る程本人の知識を叩きこまれているのか誰もそうはならない。

「ねーほんといい感じだよー! 撮った映画さっき見たんだけどー」

 詠奈に指示されたのだろう。文化祭での映画は期待以上だったと皆でそれとなく宣伝している。興味本位で始まった撮影で殺害され、詠奈に一矢報いる事も出来ず生活を丸々奪われた本人達は何を想うだろうか。

 映画の出来が酷い物だったとは言わない。むしろきちんとした台本を用意した分普通に俺が関わっていた時より面白くなっていたと思う。詠奈本人は無関心を装っているのがセコイというか、彼女は交友関係が広くないので自分がその役目を負うのは不適だと判断したのだろう。

 珍しく傍に居ないのは俺も宣伝すべきだと進言したからだ。交友関係は同じ様に広くないが、詠奈と違って拒絶している訳じゃない。話しかける分には相手してくれるし、俺を軽んじるような奴は全員別人になってしまった。


 ―――騙すみたいで気は引けるけど。


 こうでもしないと梧とは話せない。協力するつもりがあるなら図書室に来て欲しいとは言った。静かな場所で話したいのと、詠奈の屋敷にある書物との比較をしたい。誰か一人同じ事を調べる人が居るだけでモチベーションというか、やろうかやるまいかの優先順位が変わるように思う。自分の性質を見つめ合った上で見つけた対抗策だ。

 梧が来るか来ないかは分からないが、何もしないで時間を潰すのもどうかと思うし本を読むのは嫌いじゃない。読むべき本は歴史に絞って―――それなら教科書でも良いと思うが、教科書に王奉院の事など書かれている訳がない。書かれていたらもっと違う囃し方をされている。

「…………」

 歴史の影に隠れた王奉院の事情は歴史を語るどの本を当たっても存在しない。国立国会図書館でも行けばまた話は変わるだろうか。いや、そこまでする気概はない。誰でも利用出来るとは思うが交通手段の確保に際して詠奈を頼ってしまうだろうし、それは何だかよろしくない。俺は俺の力で彼女の事を知りたいのに。

「…………」

 やっぱり釈然としない気持ちがある事を否定はしない。そういう物かと最初は納得したけど、この国を掌握出来る程の力が……もしくは恩があるなら、猶更言及されるべきではないのか。偉人として祭り上げてもっと感謝すべきではないのか。王奉院は何故ここまで隠れる。誰も逆らえない王様を、何故ひた隠しにする。納得がいかない。システムとして破綻しているような気さえしている。


『…………滅私奉公は趣味じゃないの。国を立て直すのは結構だけど、後続を育てられる気はしないわね』


 誰にも存在を知られないまま国を栄えさせるのは十分滅私奉公の類だと思うのだが価値観の違いだろうか。後続を育てられる気がしないからと言いながら現状には問題があると語り、自分でやる気はないが退屈は感じる。詠奈にしては行動が一貫していない。勿論人間にはそういうもどかしい感性というか、曖昧な状態がある事は分かっているけど。これに違和感を覚えるのは俺くらいだ。詠奈から全く信念を感じない。あの我儘お嬢様の自我は何処へ行ったのか。



「ごめんなさい。遅くなったわ」



「梧。来てくれたのか」

「……まあ、貴方は比較的まともだし。あんな話は信じがたいけど、それより信じられない事が実際起きて、私はこの眼で見たわ……」

「まあ、気持ちは分かるよ。あれは詠奈じゃなきゃ許されないような悪行だ」

「せっかく左京から解放されたのに死ぬなんて嫌っ。私も詠奈がどうしてあんな偉いのか気になるし……でも来ておいてなんだけど学校の図書室なんかにあるかしら」

「一応市井の資料との違いをな。大丈夫、詠奈の家にも書庫があるんだ。お前が春のペットなら立ち入る事は一応可能だと思う。取り敢えず数冊そっちに置くからそれっぽい記述を見つけたら教えてくれ」

「え、ええ」

 詠奈が演出するより余程日常らしい日常を送っている事に気づいてしまって苦笑する。だからって彼女の気遣いが迷惑だったとは言わない。自分がここまで成長出来たのは紛れもなく彼女のお陰であるから。

 訳もなく微笑む俺を見て梧は不気味がっていたが、暫くすると本に視線を落として没頭してくれた。やはり協力者がいると居ないとでは俺の主体性にも関わってくる。これは主体性か?

 協力者が頑張っているなら俺も頑張らないとという圧力が己の中から湧いて出るのだ……主体性ではないかもしれない。

「……本物の左京がお前を不幸をばら撒く女って言ってたのは何でだ?」

「…………大した話じゃないわ。私がおっちょこちょいだから迷惑だったって話」

「言わない約束にする程のか?」

「……」

 言いたくないらしいが、協力するならそれくらいは知りたい。

「気になるんだよ。言いたくないはなしで頼む。じゃないと俺は詠奈を介して同じ事を言わないといけないからな」

「あー! ……ごめんなさい。図書室ではお静かにね。さげまんって分かる?」

「肉まんの味か何かか?」

「一緒に居る男の人を何となく不幸にしちゃう女性の事をさげまんって言うの。私、名前でも分かると思うけどハーフでさ。その、分からない事は頼って来た訳。色んな男の人に。それで成り行きで付き合ってきた人が何人も居るんだけど、私と付き合った途端に上手く行かなくなるっていうか、様子がおかしくなるの。原因は分からないわ」

「…………それは、また」

「こんな私でも好きな人が高校に入って出来たんだけど、左京はそれを知ってたからそれで私を脅したって訳。従うしかなかった。嫌われるに決まってるし。その……アイツが気持ちよくなるための、都合が良い道具としてッ」

 話している内に感情が高ぶった、なんてもんじゃない。梧はぽろぽろと涙を流しており、自らそれに気が付くと机に突っ伏して静かに泣き始めた。気まずく感じているが悪いのは俺で彼女に非はない。余計な好奇心が人を傷つけた。

「ごめん。そういう理由だったんだな。想像以上に犯罪チックで俺も……軽率だった」

「ううううう……! うううううううううううう…………」

「お前の苦しみは俺には分からない。性別も違うし人格も違う。共感とかそういうのは出来ない。でもお前は協力者だから、辛いなら今度は俺に言ってくれ。十分の一でも理解出来たらと思うよ」

「ぐすっ、すん。すん。うん。ありがと…………」

「お前の苦しみに共感とかは出来ないけど、俺だったらきっと耐えられないな。それでも生きていたいって思えるお前はきっと強いよ。だから……大丈夫。詠奈の都合でお前を死なせたりしない。守るよ」

「………………」

「まあ制御出来ないから説得力はないだろうけど。結構俺の言い分は聞いてくれるんだアイツ。誰か一人が死ぬ死なないってくらいなら大丈夫。大丈夫だけど説得力は必要だからな。ちゃんと手伝ってくれると嬉しい。そしたら詠奈も手は出してこないと思うから」

「…………沙桐は、怖くないの。私、さげまんだけど」

「や、俺の人生は詠奈と出会えて最高に幸せだし」






「お前の良く分かんない性質程度で崩れる程詠奈の権力は柔じゃない。自分の事だけ考えてればいいんだ。詠奈が生きてる限り、俺が不幸になるなんて事は絶対にありえないんだからさ」

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 不幸体質‥、ヤバい詠奈ぶちギレ案件発生で 殺される可能性が出てきた。 [一言] 100話♪ 100話♪ 
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