第3話 調査開始!3
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理科室を追い出された三人は、柏田の目を避けて校庭へ出てきた。
校庭の真ん中では、男子たちがドッジボールに興じている。その邪魔にならないよう、片隅にある鉄棒に寄りかかりながら、佳乃がつぶやいた。
「結局、理科室に姿見があるかどうか、分かんなかったね」
「あっ、ホントだ! ゾウキ君1号にビックリしすぎて、姿見のこと、すっかり忘れてた……」
呆然とする乙女の横で、爽一は落ち着いていた。
「……多分だけど、あの部屋に姿見はないよ」
「ええっ!? どうして分かるの?」
「鏡の鬼を封じ込めてるんだから、姿見自体が強烈な隠気を持ってるはずなんだ。だけど、あの部屋にはゾウキ君1号の隠気しかなかった。確かにオレも油断してたんだけど、それでも、部屋に入っても気づかないくらいの気配しかなかったんだ」
「じゃあ、もうあの部屋は調べなくてもいいのかな?」
「いいと思う。ゾウキ君1号にはもう少しいろいろ話を聞いてみたいけどね」
「そういえばさ、柏田先生に邪魔されちゃったけど、さっき、ゾウキ君1号が付喪神はほかにもいるって言いかけてたよね? この学校の七不思議って、全部、付喪神が関係してるんじゃないの?」
「その可能性はあるね。鏡の鬼の隠気に引き寄せられて、付喪神が発生しているのかもしれない。ただ??」
「ただ?」
「さっきのゾウキ君1号の時にチラッと言ったけど、そもそも20年やそこらで付喪神が発生するなんて、普通はあり得ないんだ。弱い物怪は強い物怪の隠気に引き寄せらるんだけど、だからといって、そんな簡単に付喪神になるわけじゃない。この学校には、鏡の鬼以外にも、物怪を発生させる、何か不思議なパワーがあるのかもしれない」
「そうなんだ……」
乙女と佳乃は、不安を帯びた目で校舎を眺めた。爽一の話を聞いていると、見慣れているはずの学校がお化け屋敷か何かのように思えてくる。
「ねえ、御堂君。おばあちゃんに聞いたら、何か教えてくれるんじゃないの?」
期待を込めて尋ねてみた乙女だったが、爽一は首を振った。
「いや、無理だね。オレが受けてる任務は、『鏡の鬼を封じた姿見』を探すこと。だけど、それに関連する超常現象について調べるのも、当然、任務に入ってくるんだ。ばあちゃんに聞いても、『それを調べるのが、ソーちゃんの仕事でしょ』で終わりだよ」
「そっかあ……」
鉄棒にもたれかかったまま、乙女は空を見上げた。太陽が西へ傾き始め、真っ青だった空が、少し白っぽくなりかけている。
三人が話に夢中になるうち、気づけば男子たちはドッジボールを終わらせ、三々五々、帰路に就きかけていた。
「早く帰らないと、妖怪が出るぞー」
笑い声に混じって、そんな誰かの声が聞こえてきた。
「妖怪なら、理科室でさっき会ってきたばっかりだよ」
乙女が小さな声で言い返す。
「そうだ!」
佳乃が大きな声を出した。
「妖怪っていうか、物怪のことだったら、物怪に聞いてみるのはどうかな?」
「……ゾウキ君1号に?」
「ううん、ほら、もうすぐ夕方じゃない? そろそろ『小さいオジサン』が出てくるころだと思うの。私のことを知ってたぐらいだから、この学校の物怪のことも、詳しいんじゃないかなあ」
「でも、もうすぐ下校の時間でしょ? 校内に残ってたら、また先生に注意されるんじゃない?」
「うーん、見つかっちゃったときは、諦めて帰ればいいんじゃない? 帰るのがあんまり遅くなってもまずいし、今日のところは会えればラッキー、ぐらいでどうかな?」
「好物を使っておびき寄せる、って手があんで?」
「シュテン!」
ランドセルの隙間から顔を出し、乙女と佳乃の会話に割り込むシュテン。慌てて爽一がランドセルを押さえ、シュテンの顔をむぎゅっと押し潰す。
「むぐぐぐぐ。苦しいがな、爽一。大丈夫やって、近くに人はおらんから」
爽一の手を押しのけ、シュテンがボサボサ頭を突き出す。
「小さいオジサンはな、木の実が好物やねん。一番エエのは森から取ってきたばかりのドングリやけど、ミックスナッツとか、ピーナツとかでもエエで」
「そういえば、ちょうど今日の給食のデザートに小魚ピーナツが出てたよね。残り物ジャンケンで、乙女ちゃん勝ったでしょ。あれ、もう食べちゃった?」
「食べてないよー。学校から帰る途中のおやつにするつもりで、大事に取ってある??」
「エエやんエエやん。ほな、それちょっと廊下にバラまいてみよかー」
「ええっ、そんなもったいない! 食べ物を粗末にしちゃダメなんだよ!」
シュテンは爽一のランドセルから飛び出すと、身軽に鉄棒を渡り、乙女の制服の上着のポケットから小魚ピーナツの小袋を取り出した。
「あっ、ちょっと、待ってよ! 私の小魚ピーナツ!!! かーえーしーてー!」
シュテンは小さな足をコマネズミのように素早く動かし、ものすごいスピードで走りだす。追いかける乙女。しかし、彼女が昇降口で靴を履き替えているうちに、靴など履いていないシュテンはさっさと校内へ駆け込んでいた。シュテンは階段を駆け上がり、廊下を奥へ奥へと走り、あっという間に乙女たちの教室の近くまで来てしまった。息を切らせて階段を駆け上がった乙女が目にしたのは、キラキラと輝きながら(小魚ピーナツが輝くはずはないのだが、乙女の目には、そのように見えていたのだ)廊下にまき散らされる小魚ピーナツだった。
「あああああっ!」
絶望の声を上げ、がっくりとうなだれる乙女。シュテンは呑気に、
「枯れ木に花を咲かせましょー。ホイホーイ」
と歌いながら、無造作に小魚ピーナツをばらまき続けている。
「わ……私の……小魚ピーナツ……」
(これで、小さいオジサンが出てこなかったら、私のオヤツ、ばらまき損じゃない!? 許さないからね、シュテン! 食べ物の恨みは恐ろしいんだから!)
ギリギリと奥歯を噛みしめ、恨みの炎を目いっぱいに燃やしながらシュテンをにらむ乙女。もしもいま、この怨念を目からビームにして放出できたら、『魔法少女ベジーティア』の敵、メタミートだって黒こげにできるんじゃないか。そんなことを、チラリと考えた。
「……乙女ちゃん、早いよー。食べ物のことになると、本当にムキになるんだからー」
「あーあ、シュテン、こんなに散らかして……」
佳乃と爽一がようやく追いついた。廊下中にまき散らされたピーナツを見て、爽一が軽く頭に手を当てる。
「み、御堂君……。小さいオジサン、これで本当に出てくるよね? ね? ね!?」
「お、落ち着けって。近い、顔が近いから……」
乙女は爽一にすがりつきながら尋ねた。爽一は少し顔を赤らめながら、両手で乙女を引き離そうとする。
「いくらなんでも、そんな、すぐに出てくるわけじゃないって」
「でもでもっ、私の小魚ピーナツだよ!? あんなふうにまき散らされて、ヒドいよー」
「あーもう、分かったって。ばあちゃんに頼んで、何か代わりのもの用意してもらうから」
「ホントに!?」
乙女の表情がパッと明るくなり、爽一から手が離れた。
「……ったく、どんだけ食い意地が??」
爽一がボヤキかけた瞬間、
「コラッ! 廊下ニ食ベ物ヲ散ラカスンジャナイ!」
どこからか、甲高い声が響いた。